甘さと甘えと
「ち、違います、心配してません。魔石で出したクルミには効果がないので……本物のクルミの話なので……」
というか、髭は生やして欲しくないです。グレイルさんの顔は今の状態が完璧です。
いえ、髭も似合うと思いますけど、形によっては。でも、私は髭フェチじゃないので。と、私の好みは関係ないですよね。
「あ……」
グレイルさんが森に視線を向けました。
これ、今にも森の中に行ってクルミの木を探してクルミを取ってこようってことですか?
「グレイルさん、さっきも言いましたけれど、食べすぎは駄目です。5個くらいにしてください。じゃないと毒になります」
あれ?魔石で栗を出して食べすぎて皮膚病説……おかしくなってきましたよ?魔石で出した複製品に本来の栄養素ではなく魔石の栄養素が取れるなら、いくら食べても問題ない?……ってことは栗で皮膚病になった人は本物の栗を生で食べすぎた?
んん?もしかして、魔石で出したクルミなら食べすぎとか気にせず食べても大丈夫?チョコレートも食べすぎると鼻血か出るとかニキビができるとかそういうのも気にしなくていい?ポテチも太らない?
もしかして、魔石ってすごく素敵な存在なのでは?!
ケーキも食べ放題!……に、なるには何百年かかるんでしょう。ケーキは300円はしますよね。私が食べた一番安いケーキはコンビニのケーキでしょうか。
ケーキを食べるには……。
作るしかありませんよね。この世界で、食べたいものを食べるには……作るしか……。
「ああ。分かった。食べすぎないようにだな。薬を飲みすぎるような馬鹿な真似はしない。5つだな」
薬?いえ、クルミです。毛生え薬ならぬ、髭生え薬じゃないですからね?
「あの、もし本物のクルミを探しに行くのなら、栗も見つけたら欲しいです」
しまった。つい頼み事しちゃったけれど。
「ご、ごめんなさい。あの、またグレイルさんが私に会いに来てくれる前提の話でした。忘れてください。その、ご迷惑をかけるつもりなんてなくて……頼るつもりも甘えるつもりもなくて、その……」
グレイルさんが動揺してぶんぶんと首を大きく横に振り続ける私の肩をつかんだ。
「甘えてくれ」
「え?」
顔を上げると、グレイルさんの端正な顔が私の顔を覗き込んでいた。
「もっと、俺に甘えてくれ」
「あ……の……」
「俺ばかりが、リツに甘やかされている」
ん?私、グレイルさんを甘やかしたつもりはないですよ?
「リツを住んでいる世界から無理やりこの世界に連れてきた……その世界の人間の俺は恨まれ憎まれても当然なのに。恨み言一つ言わない。森に一人で放り出したというのに……そのことすら許してくれる。女性だと気が付かなかった俺を責めることもない。そればかりか、いろいろなことを教え、俺の身を案じて食べすぎては駄目だと助言までくれる……許されていることに、俺は甘えている……」
グレイルさんがちょっと寂しそうな顔をしました。
「俺ばかりが甘えている……頼む、リツも、俺にもっと……わがままを言って甘えてくれ」
……私をこの世界へと召喚したのは陛下だと知っています。
追放しろと命じたのも陛下だと知っています。
それでも、グレイルさんは罪の意識を持っているんですね。
全然グレイルさんのせいではないと私は思っているのに。この世界が悪いと。自分もこの世界の一端なのだから同罪だと。自分を責めているのですね……。
責任感が強い人です。
人に甘えるのは苦手です。ですけど……もし、私がグレイルさんに甘えたほうが、グレイスさんの気持ちが楽になるなら……。
少し、甘えてもいいでしょうか……。
もしかして一番安いケーキって、回転寿司かもしれぬ……(._.)