★★かわいいとは失礼だ
グレイル視点
「い、いや、すまん。答えを強要するわけじゃない。言いにくいのであれば無理に言う必要はない……」
やはり、動物の血か。魔石を失い、食べる物がなくなった時には動物を捕まえろと習った。
肉はよく焼いて食え、血は水分補給にもなるから血抜きした血は飲め……と教わった。一度血を飲まされたことがあるが……辛かった記憶しかない。この子供は……その動物の血液をパンに塗っているということか……?
確かに、パンが肉っぽくなるかもしれない……。いや、だが……。美味しくもないはずだ。
しかし、生焼けの肉を食べなれていればそうでもないのか?
かわいそうに。追い詰められて、ろくなものを食べさせてもらえず生きてきたんだな……。
それで……。
つかんでいた手を離すと、少年は残っていたパンを口に含んだ。
顔をしかめるでもなく、平然と噛んで飲み込んでいる。
かわいいな。こんなにかわいいのに、ひどい扱いを受けていたなんてな……。
いや、かわいいからこれまで生きてこれた可能性もあるよな。立派な髭を生やして太く丈夫そうな体格に育ちそうだったら、暗殺されてたかもしれないぞ。どう成長してもひょろっと情けない体型で髭もろくに生えなさそうだから生き残れたという可能性も……。
少年がパンを食べ終わると俺の顔を見て照れたように笑った。
くっ。
かわいいだろう、笑うとさらに。
いや、誉め言葉じゃないのは分かっている。失礼すぎてとても少年に伝えることはできない。男がかわいいなど言われて嬉しいわけがない。
いや、女性もかわいいなどと言われて喜ぶやつはいないな。美しいや綺麗だと言わなければ「子ども扱いする気」と怒られてしまう。
かわいいなんて単語が誉め言葉になるのは10歳までだ。
「少年、これを食べなさい」
いかんいかん。色々と衝撃的すぎて、ここに来た目的をうっかり忘れるところだったぜ。
ポケットから布包みを取り出し、包んであった少量の本物の塩を少年の手にパラパラと乗せる。
「あの、リツです。名前、リツです」
すると、手の平に乗せられた者に視線を向けたと思うと、すぐに顔を上げて俺の顔を見た。
真っ黒でキラキラ丸い目もかわいいな。
って、いや、だから、子供扱いしすぎだよな。10歳は超えてるだろうに。かわいいは失礼だ。うん。
俺だって「髭もまだ生えてこねーのか、いつまでも女みてぇなつるっつるの顔して、子供みたいだなぁ、あははは」とか言われたら締める。何をって、締める。
「あ?リツか。俺はグレイルだ」
名前も知らなかったなと。まるっと1日は一緒に馬車の中にいたというのに……。ろくに話もしなかったもんな。
……いや、何を話せばいいのか分からなかったんだよな。口を開けば謝罪の言葉しか出なくなりそうで。
くそ陛下のせいですまん……と。
少年……いや、リツは泣き言一つ言わなかったけれど、もし何か俺の言葉がきっかけで故郷を思い出して泣きだしたらどうしようとおびえていたのもある。
子供の扱いなどろくに知らないからな……。
しかし、故郷に帰りたいとか、親に会いたいとか……泣かなかったのは、何も気丈だったわけじゃないんだな。
腐った豆や生魚を食べて命を繋ぐようなひどい扱いを受けていたのだから、帰りたいなんて思うわけもない。
そのことは少しほっとする。元の世界に帰してやる術を俺は知らないのだ。
かわいいは正義!な世界ばかりではないようです。




