☆☆頼みごと
神官皇視点
「ミックもあと20年も続ければこれくらいできるようになはずだよ」
「うー、20年っ」
ミックがうへっと舌を出した。それから、半径1mほどの小さなパイナップル畑に私と同じように魔法をかけた。
ミックも希少な緑の手の持ち主なのだ。ただ、パンを魔石で出せないほど魔力が弱いため、魔法が使える範囲もせいぜいが両手で抱えられる程度の範囲しかない。
……今はだ。
毎日魔法を使い続け、魔石を取り込んでいけば20年もすれば教会が頭を下げてお願いするくらいの緑の手の使い手になるだろう。
神官見習いというよりは、神官長見習いだと私は思っている。
いやもういっそ、神官皇見習いっていうことで駄目だろうか。引退したい。
下手にエルフの血が入っているため、50歳とはいえ20代にしか見えない。100歳になっても、人でいう30代……働き盛りと言われて神官皇を続けられさせかねない……。
20年、ミックを立派な緑の手の持ち主にして、パンの作り方や料理の開発ができるようにし、後を継がせてしまおう。
ニコニコとこの先の計画を考えながらミックを見ていると、ミックが私を見て顔をゆがめた。
「神官皇様、何か悪いこと考えてるでしょ?」
「いいえ、ミックの成長を楽しみにして見ているだけですよ?」
「……」
ミックが疑わしそうな目で見ている。勘の鋭い子ですねぇ。
ミックが魔法を施した場所では昨日まで実がなっていなかったパイナップルが実をつけている。
「食べごろになったようですね。何か新しい料理を研究してみましょうか」
私の言葉に、神官がすぐにパイナップルを採った。
「……泥団子……」
どんな味がするのか……。
「神官皇様、泥団子泥団子って、いったい何なんですか?」
ミックが首を傾げた。
「……壁の、漆喰の……食べただろう?」
「はい。すごぉーーーく美味しかったです。もう一度……いえ、何度も食べたいです。壁のやつに甘いの混ぜたら作れますかね?」
ミックが味を思い出して幸せそうな顔を見せる。私も、思わずあの甘くてクリーミーな何とも言えない美味しさを思い出して唾を飲み込む。
「いやいや、漆喰にはちみつを混ぜたところであの味にはならないだろう。いいか、ミック、夜中に壁をはがしてはちみつかけて食べては駄目だよ?」
ミックが目をそらした。
うん、やるつもりだったのでしょうね。もともとミックは、親が亡くなってから何でも口にして生き延びてきた子です。
漆喰がおいしそうに見えるならば、躊躇なく漆喰を食べるタイプです。
……まぁ、大量に食べなければ毒にはならないでしょう。毒で壁が作られていたら、誤って舐めてしまったら死んでしまいますからね。
「あの漆喰のような見た目の物をくれた少年が……泥団子のようなものを見せてくれたんだよ」
ミックが地面に視線を落とす。私も水を含んで黒々としている土に視線を向けた。
色はそっくりだ。
「少年は私の目の前でその泥団子を食べて見せた。毒ではなく、食べ物に違いないだろうが……私は泥団子を食べて飢えをしのいで生きてきたと思ったのだよ……」
ミックが大きな声を上げた。
「えー、壁のやつみたいなのがあんなに美味しかったんだから、泥団子も美味しいんじゃないんですか?神官皇、だいたい、おいらでさえ、泥団子なんて食べなかったんっすよ?泥団子じゃなくたって、食べられるもの……まぁ、全然美味しくないっすけど、毒じゃなくて腹が膨れるものは世の中には結構あるんですから。泥団子を食べるわけないじゃないっすか!」
ミックの言葉は妙に説得力がある。
だけれど、あの時は見た目が泥にしか見えなくて、私の知っているどんな食べ物にも煮たものがなくて思いつかなかったのだ。
「あー、ぜったい、きっと、その泥団子みたいなやつも美味しいやつっすよ。見た目が悪いのに食べるなんてよっぽどですよ?はぁー。神官皇様はなんてもったいないことを……。はぁー」
ミックが盛大にため息をついている。
いや、確かに……。
「泥団子……どんな味だったのだろうか……」
「あっ、もしかして、少年って、神官皇様が教会の外で何か話をしていた黒い髪の人?」
「そうだ。見ていたのか?」
「遠目だったけど、黒髪に黒いズボンだったんでずいぶん特徴的だなぁと思って印象に残ってたっす」
ミックが私に背を向けて駆けだした。
「探してくる!」
作業をしていた神官がミックに声をかけ止めようとした。
「おい、勝手なことをするな!仕事は終わってないだろう、どこへ行く!」
染めようと下神官に声をかける。
「私が、お使いを頼んだのだ。泥団子の少年を探すように……と」
「はぁ?泥団子、ですか?」
神官が首を傾げた。
頼んだわけではないが、頼んだぞ、ミック。
ミックなら必ず私に泥団子を持って帰ってきてくれると信じている。
……どんな味なのだろう。
泥団子……。
はい。神官皇視点終わりまして、次回から本編にもどりまっする。
長かったな、思ったより。