ハニー
「どうしたんじゃ、ボーとして」
ワーシュさんに声を掛けられハッとする。
「すいません、ちょっと考え事を……」
漫画のネタを考えるときもそうですが、考え始めて別世界に行ってしまうことが時々あります。反省です。
「あの、誰かパンを出してもらえますか?」
「お安い御用じゃ」
「俺も出してやるぞ」
なぜか皆が張り切ってパンを出してくれました。
並んだパンの形はそれぞれ少しずつ形や厚みが違う。とはいえ……。
「ワーシュさんの国でもパンはこういうものなんですね……」
どのパンもナンみたいなペタンコパンだ。ピザにするにはいいけどね。
「では、えーっと、そうですね……ハニーチーズピザもどきなんていかがでしょう」
作りたてのカッテージだかリコッタだかわからない、発酵させてないチーズをパンに乗せ、はちみつを少し垂らします。
皆がまねをしてパンに乗せていく。
完成した後、皆の動きが止まったままです。
あ!そういうことですね!毒見が必要ですよね!
「温めてもおいしいですが、このままでも食べられます」
とろけるチーズだったら圧倒的に加熱したいですが。とろけないチーズは加熱してもとろけないので……。
ピザというよりは、クラッカーにチーズとか乗せて食べるあれみたいな感じでしょうか。
口に運ぶ。
うん。チーズはくどくなくてとてもさっぱりしています。少し塩を加えたほうがよかったでしょうか。はちみつの甘味とうっすら感じる酸味とで、なかなかのお味です。
「え?もうこれで完成だったのか!」
「料理って、乗せただけでも作れるもんだな」
そ、そういうことですか?
信じられないくらい料理に関するあれこれが発達してないです。いえ、衰退しています。
……あー、でも、初めてスマホを触る高齢者みたいなものなのかもしれないです。すごく難しいものだと、自分にはできないものだという強い思い込みがあるとか。そう、例えば私は株がそうでした。株なんて私には難しくて絶対できないものだと。いえ、私だけでなくて周りも似たようなものでしたが。NISAが始まってからぽつぽつ始める人が出てきて、やってみたらそんなに難しくないと知れ渡って。
……この世界では料理はそういう「自分にできるわけがない」こと……なんですかね。人が料理しているところを見る機会もないですし……。
さらには、唯一料理を受け継いでいるのが神殿……となれば、神事のようななんだか本当に特別なことだと思われているのかもしれませんね。
魔石から出せるから楽で、わざわざ料理をする人がいないというだけではないかもしれません。
確かに私、魚を3枚におろすことはできますが、フグで毒のない部位だけを選んで調理なんて無理です。この世界では免許がなくても違法にはならないと言っても、やりたいと思いません。
……そういえば、毒だぞという話をちょくちょく耳にしました。玉ねぎも毒だとか。栗も毒でしたっけ。
フグの毒が怖いように、この世界の人も毒だと言われたら怖くて食べない……と言うことなんでしょうね。
そうして、いろいろな要因が重なって料理をしない世界が出来上がったのでしょう。
食材が売ってないと完全に自給自足をしなければなりませんし。麦を育てて野菜も育てて魚や肉も自分で取ってなんてとてもではありませんが無理ですよね。
「これもおいしいわ!」
マーリーさんの目が輝いた。
「いやぁー、生きててよかった。食事にそんなこと感じることなんか今までなかったが、おいしいものを食べると幸せになれるんだなぁ」
手伝ってくれたお客さん……中年の男性が、異世界でお風呂に浸かった日本人みたいな満足そうな表情をしました。




