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煽り性陰陽師は自由のために追放されたい

「やあやあ、みんな! 待たせてしまったかなぁ! いやあ、人気者ってやつは辛いねえ!」


 その声に、立派な日本庭園に集まっていた男女が一斉に振り向いた。


 やってきた男は大柄な体格の上に童顔を乗せ、青みがかった長い黒髪を背中で結んでいる。髪の内側は透き通るような青。


 輝くような笑顔はしかし、ねっとりとその場の人間を舐め回すように見つめている。顔にそばかすこそあるものの、異様なまでの美男子だ。


 そんな男が現れれば普通なら女性の黄色い声でも上がっておかしくはない。だというのに今この場ではどうだ? 


 剣呑とした雰囲気の中に、さらにドライアイスでもぶちまけたような非常に冷え冷えとした雰囲気に混じり、殺意、嫌悪、憎悪……ありとあらゆる負の感情とも言うべきものが男に向けられていた。


 端的に言えば、空気が凍っている。


晴彰(はるあき)。なんで貴様が後からやってくる? 遠方から来た他の奴らはともかく、貴様は仮にもこの屋敷の住民だろうがぁ!」

「ああ、それはねえ! せっかく父上にお呼ばれして、みんなに会おうって日だから、お洒落でもしようと思って準備をしていたのさ!」

「貴様遅刻しておいてその台詞かぁ?」

「やだなあ、剣聖の勇者殿! みんなよりは遅れてはいるが、俺は言われた時間の五分前にはちゃんと来ているんだぜ? 普段はもっと遅れてくる俺がだよ? 褒められこそすれ、怒られるいわれはないだろう?」

「死ね」


 言った瞬間、青筋を浮かべた男が斬りかかる。

 しかし晴彰と呼ばれていた『軽薄』を擬人化したような男は軽々と避けてニヤニヤと笑みを浮かべる。


「やだなあ、剣聖殿。勇者同士での斬り合いなんてことほど、不毛なものはないぜ?」

「てめぇを勇者の一人とは認めてねぇ! この場にいる誰もがだ! なんで弟の彰澄(あきずみ)じゃなくて、てめぇが陰陽(おんみょう)勇者なんだよ!」

「それはねー? 俺が頑張っているからだよー?」

「弟を脅して勇者の称号を譲らせたんだろ!? 粋がるな!」


 どんな言葉を吐かれても、ダメージなどないかのように水色の扇子で口元を隠しながらケラケラと笑う晴彰に、男は血管が千切れそうなほどの怒りに震えていた。

 周りの五人いる人間もそれぞれ思うところがあるらしく、己の武器を今にも抜き放ちそうになっている。


 一触即発。

 そのとき、彼らを止めたのは屋敷から出てきた一人の老人だった。


「待て。今日、そやつの処分を決める」

「処分? 処分ってなんでございますか? 父上! 俺はなにも悪いことはしておりませぬ!」

「黙れ」

「えー」


 青筋を立てた男に唇を尖らせて不満そうにする男。


「お口をチャックしましょうね? 晴彰君」

「はーい」


 依然、黙っていた中の一人が彼に声をかけると素直に黙り込む。

 その様子に青筋を立てていた男はますます顔を険しくした。


「皆に朗報だ。我が土御門(つちみかど)家の面汚(つらよご)し、土御門(つちみかど)晴彰(はるあき)を本日限りで、国外追放とす」


 凛とした老人の声。

 その場は水面を打ったかのように静まりかえり、そして、冷え冷えとしていた空気が一気に喜色ばむ。


「え」


 そんな空気の中、短く声を漏らした嫌われ男――晴彰は俯いた。

 その口元を扇子で隠しながら。その、にやついた口元を、その場にいる誰にも悟らさないように。


(や、や)


 そして、その目は驚いたように見開かれる。


(やっっっったぁぁぁぁぁぁ! ついに! ついにこのときがきた! いよっしゃぁぁぁぁ! 苦節十何年! やっとこの家から解放される! 嫌われたかいがあったなあ!)


 それが嬉しさから来るものだとは、誰も知らない。




 ◇




 さてこの男、土御門(つちみかど)晴彰(はるあき)は猫被りである。

 それもこれも原因は彼の実家にあった。


 土御門家。それは古くから伝わる『ヒノモト』の陰陽師というエリート集団の家である。魔物や妖怪が蔓延(はびこ)る世界で、大きな街だけでなく小さな村まで赴いて結界を張り、人間達の安全を守るのが仕事のお家だ。


 魔物や妖怪から成る複数の『魔王級』を殺すことで、人は『勇者』と呼ばれるようになる。その勇者を幾人も育成し、野良勇者の後ろ盾となった由緒ある系統なのである。


 土御門晴彰は、この良家の次男坊(じなんぼう)なのであった。


 ……とまあ、ここまで自分のことをモノローグ風に言ってはみたものの。この遊びにも飽きてきたことだし、場面にでも集中するかなあ。


 俺の認識としては、要するに土御門ってやつは面倒な家なのだ。

 逃げ出したくなるくらいに、自由などない。


 俺は自由が好きだからねえ。家の事情なんてスッパリ捨てて、一人冒険の旅にでも出てみたかったのさ。


 そのためには無能で、愚かで、みんなから嫌われるような人格でいなければならない。追放してもらうためには嫌われなくてはいけない。だから、わざとみんなを煽っていたのだけれど……おかしいよね! 誰もそんなことに気が付かないんだ! 


 俺みたいなやつの演技にコロっと騙されてしまうなんて、みんな頭がよろしくないのかもしれないねえ。魔物を倒す力だけは強い、筋肉馬鹿や術式馬鹿ばっかりだもの! 


「父上、国外追放……とはいったいどういうことでしょうか? 俺には理解ができかねまする」


 パチン。

 口元を隠していた扇子を閉じて、はらはらと涙を流す。


 先程までテンションが爆上がりしていた『晴彰(はるあき)』が突然涙を流し出したことにも、周りの勇者達は我関せずだね。うんうん、『俺』が情緒不安定なのはいつものことだものね。分かる分かる。関わりたくないんだね? 


 この対応には俺もにっこりだ。


「泣いても無駄だ。貴様ほど役立たずはおるまいに」


 あ、ごめんなさい父上。この涙、術を使って空気中の水分を集めて涙っぽくしてるだけなんだ? さっき扇子をパチリとやったときに術を使ったのだけれど、分からないんだね? ご老体で目でも悪くなされてしまったのだろうか? 


「そんな……俺、俺は!」

「貴様がなにをしてきたのか分かっているのか? 魔王を一匹倒したからといって調子に乗り、次に挑んだ妖魔王に負けて下僕にされているではないか! 貴様みたいなものがいるというのは、もはや土御門の面汚し!」

「そんなっ」


 うんうん、調子には乗ってたね? 

 でもね父上、俺が妖魔王の下僕になったんじゃなくて、俺が妖魔王を式神という名の下僕にしてやったんだよ? 


 そんな主従関係すら見抜けないだなんて! やっぱり目でも悪くされているとしか思えないね! 腕の良い治癒術士でも紹介したほうがいいのだろうか? 


「それから、貴様の行動は目に余る。同じ勇者同士の不和を招いておる」

「ええ、そんなことは」


 うん、不興買ってるのはわざとだから仕方ないよね! 

 でもみんなが俺を敵視しているから、かえって俺以外のみんなの連携が上手くいくようになったと思うんだけれども、不和、とは??? 


「それにだ、貴様はその仕事の大半を双子の弟、『彰澄(あきずみ)』に押し付けているであろう! あやつはあやつで、健気に兄を慕っているというのに……! 貴様はそれすらをも利用しておる!」

「利用なんてしていませぬ!」


 だって、同一人物だもの。


 みんなさあ、服装と髪型と口調をちょこっと変えただけなのに、どうして分からないのかな? 『晴彰(おれ)』の軽薄な印象が強すぎて、ただ大人しくて優等生な演技をしているだけで別人だと思い込んでくれちゃうんだから!


 いやぁ、単純すぎるよね。ま、分からないお馬鹿さんでいてくれたほうが、俺としてはやりやすくって大変ありがたいのだけれども! 


 しかし、そもそも父上は一番騙されてはいけない人だよね? 

 次男の俺に双子の弟なんていないのに、父親がそれを覚えてないってどういうこと? 


 他の兄弟や長男にばっかりかまけてるから、そーんな簡単なことも忘れてしまうんだよ! うーん、健忘症だろうか? やっぱり心配だなあ。医者に見せたほうが良いのだろうか? 真剣に悩むよね!


「それで、貴様のしたことと言えばなんだ? 皆の不和を招き、うろちょろと無駄にイラつかせ、指揮を下げるような行いばかり! 弟は可哀想に……お前がいるからこそ、勇者の名を辞退することとなってしまった! あやつのほうが優秀だというのにだ! ……故に、貴様はもはや我が一族にあらず! 国外追放だ!」


 しっかし、さすがに国外追放は予想してなかったかなあ。

 家を追い出されるのはあるだろうと思っていたけれど、目先をうろちょろされるのがそんなに嫌なんだね? 


 国を渡るには双方の国の許可証がないといけない。

 追放後に父上が俺の来訪を喜ぶはずもないので、こりゃ追放されたあとはもう二度とヒノモトの国に戻れないな? 


 うん、それはそれでいいよ。

 彰澄(あきずみ)としての式神は置いていくし、俺を追放したあとの父上がどんの顔するのか見守る術はある。


 あとはどの国に旅行しに行くか決めるくらいかなあ。


「しかしだ」

「はい?」


 んん? 雲行きが怪しくなってきた。

 待って待って、早く決定しておくれよ。


「お前にはひとつ仕事をしてもらう。実はローザニアの者達から、我らの陰陽術を『東洋魔法』として学園で教えられないかと要請が来ておる。しかし我らは日々魔物・妖怪退治で多忙ゆえ、貴様が行くのが適任ということになった」

「え、追放してくれないの!?」

「は?」


 おっと、本音が。


「……どうしたのですか父上? もしや、なにか幻聴でも聴こえているのでは!? ああ、なんということだ! お年を召して、頭だけじゃなくて耳も悪くされてしまったのですね!」

「貴様そういうところだぞ!?」


 煽りに煽れば先程の発言もコロっと忘れてくださる。

 いやー、分かりやすくて助かるね。


「ごほん、ということで、貴様はローザニアにて教師をせよ。そして二度と戻ってくるな」

「そ、そんなあ……父上」

「父上などと呼ぶな! この落ちこぼれめが! 一族の面汚しめ!」


 しかし父上、本当に良いのですか? 

 つまり外交を任せるということだろう、これ。


 陰陽術は『ヒノモト』特有の魔法みたいなものだ。

 そんな特有の技術を他国に売りたくないのは分かる。分かるよ? 

 でもさあ、わざわざ落ちこぼれを(よこ)すってことは、相手の国を舐めていると言っているようなもの。外交問題にならない? それ。


 そんなことも分からないだなんて父上も、耄碌(もうろく)なされているのだなあ。


 ま、もう帰らない俺には関係ないけどね。

 適当に誤魔化して、赴任(ふにん)先の学校とやらでも嫌われて追放されなくては。


 そう全ては、自由のために! 


 こうして、内心大ブィーバーしつつ、表向きは泣きじゃくるという意味不明な行動をとった俺は、その日のうちに速攻で国外追放されたのだった。


 大丈夫、大丈夫。

 たとえ『俺』と『彰澄(しきがみ)』が協力しなくなって、土御門家が没落しようがなんだろうが俺のやることは変わりない。


 俺は優しいからね。

 土御門のお家のことはどうでもいいけれど、国民は俺になんの関与もしていないから守ってやらねば。こっそりとね?


 そちらは弟の『彰澄(あきずみ)』の姿で国を出入りしたり、術で空間を飛んで駆けつければいいだろう。家のことはどうでもいいけれど、俺を慕ってくれる国民は可愛いからね!


 さてさて、『俺』と『彰澄』。二人いるようで、たった一人で回していた大量のお仕事をどう処理するのか……見ものじゃないか!


 それじゃ、本日より我が生家土御門家は終わりですね! さようなら父上! みんな! 頑張ってね!! 俺、応援してるから!!


 さわやかな笑顔を顔に張り付けて、俺は速やかに国外へひとっ飛びするのだった。


 断片です。本当は学園もの書こうかなぁと思っていたものの、手が止まってしまったのでボツ。

 公開せず腐らせるのももったいないので、供養代わりに短編で投稿という形を取らせていただきました。


 面白いぞ!! と思ってくださったかたはぜひ広告下↓↓の☆で評価をお願いいたします!!

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[気になる点] ざまぁぽく書いてるつもりかもしれないけど八割主人公が悪くね?
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