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ショートショート9月~

洗濯ばさみは、ただ、実直に。

作者: たかさば

俺は、誇り高き戦士。

重大な任務を任され、この世界に降り立った。


俺の使命。


それは、洗濯物を、力の限り、挟み込む事。


俺は、誇り高き、洗濯ばさみである。

俺は、誇り高き、洗濯ばさみであるというのに。


俺は…なぜ、今、肉を挟んでいるんだ。

俺は…なぜ、いつも、肉を挟んでいるんだ。


俺は…確かに、洗濯物を挟むために、この世に堂々降臨したというのに。


ぬれた服を挟ませてくれ。

ぬれたタオルを挟ませてくれ。

石鹸の香る、湿った何かを挟ませてくれ。


湿った布地が乾いてゆくさまを…味わいたいと願っているのに。


なぜ俺は、脂ぎった皮膚を挟んでいるのか。

なぜ俺は、脂ぎった男の皮膚を挟んで痛みを与えているのか。

なぜ俺は、脂ぎった男の皮膚を挟んで痛みを与え、叫び声をあげさせているのか。


…おかしなことだ、俺の洗濯ばさみとしての使命が、まったくもって無視されている。

…おかしなことだ、俺の洗濯ばさみという名前が、まったくもって穢されている。


俺は忌々しい脂まみれの皮膚を挟みながら、この屈辱に耐えているのだ。


この許しがたい侮辱…。


男の脂が、俺の渾身の挟みを…邪魔しやがる。

男の脂が…俺の足場をぬるりぬるりと…揺さぶりやがる。


挟む肉が、どんどん俺の挟み込みから逃げ出してゆく。

挟む肉が減るたびに、俺の挟み込みが…男の肉をより刺激的に抓りあげてゆく。


脂は、洗濯ばさみとは、相性が悪いのだ。


そもそも、石鹸で洗い上がった布地に…脂など存在しない。

脂を落とし切り、清潔になった布地を日光と風の力で乾燥する際に、洗い上がった布地が飛んでいかぬよう、きっちり挟み込むという重要任務を課せられて…俺はこの世界に生まれたのだ。


それなのに、なぜ。


…初出動へのあこがれを胸に、意気揚々と家庭用品売り場に並んだというのに。

…整列する場所を誤ったのだ、俺は。

…おかしな男に買われたのが、運の尽きだったのだ。


ああ…踏ん張りが、効かなくなってくる。

憎たらしい、顔の脂が、俺の挟み込む力をどんどん逃がしていく。

男の悲鳴が…ひときわ大きくなり…俺は大きく揺れる脂にまみれた皮膚から弾き飛ばされた。


勢いよく床に落ちた俺は、その衝撃で解体されてしまった。


無残に飛び出した、俺の一番重要な、洗濯ばさみの能力の要である…力強い金具が、遠くに転がって行った。


ああ、俺は無惨にも…本懐を遂げることなく、この世から消えるというのか。

ああ、俺の存在した意味、宿命、…なんと哀れで儚い事か。


次は総アルミ製の、直射日光にも負けない強いボディで…この世に君臨したいものだ。

次は総アルミ製の、人の寿命に負けない息の長い存在感を…見せ付けたいものだ。


脂ぎった顔の男が、脂ぎった手で俺を拾い上げる。


…いよいよ年貢の納め時だ。


グッバイ、俺に洗濯物を挟ませなかった…厳しい世界。

グッバイ、俺が洗濯物を…挟みたかった世界。


バラバラになった右半身と左半身、中央の…金具。

たった三つのパーツに成り果てた俺には、成す術がない。


脂ぎった男の手の中が、俺の最後の居場所とはな。

はは、笑っちまうぜ。


「さすが高い洗濯ばさみだけあるな…分解したのに傷ひとつついてない。」


脂ぎった男は、脂ぎった手で、俺を三つのパーツから…ひとつの誇り高き洗濯ばさみへと、変えた。


「こいつで挟まないと…俺のほっぺたの調子が悪いんだよなあ。」

「お前の相棒だもんなあ…そのわりには扱いが雑だけど!」


…俺は、誇り高き洗濯ばさみ。

俺の使命は、洗濯物をはさむこと。


だが、いつの間にか俺は…脂ぎった男の相棒になっていたようだ。


「こいつには…長く、長く…がんばってもらわないとな。」


俺は、相棒として…長く、長くがんばらねば、ならないようだ。




ずいぶん、ずいぶん…長い時間、俺は肉を挟み続けた。

ずいぶん、ずいぶん時間がたつうちに、肉に脂がなくなってきた。

ずいぶん、ずいぶん時間がたつうちに、挟める肉が少なくなってきた。


そして、俺は…挟む肉を、相棒を失ってしまった。


相棒はその身を天に帰した。

俺も、共に、天に帰るとばかり思っていたのだが。


「へえ、これが脂ししょーの愛用した洗濯ばさみ!!!」

「…ありがてえ!!ご利益ご利益!!!」


なぜか、伝説のコメディアンの愛用洗濯ばさみとして、ショーケースの中で輝いている俺が、いる。


洗濯ばさみとしての使命は果たせなかったが、俺という存在感を、この世界に知らしめている。

洗濯ばさみとしての使命は果たせなかったが、俺と相棒の軌跡を誇り、ここにいる。


…俺は、洗濯ばさみだ。


俺は世界で、ただひとつの…肉を挟んで、世界を制した、洗濯ばさみ。



俺は、自分が洗濯ばさみであることに誇りを持って…今日もショーケースの中で佇んでいる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 脂ししょーと言う芸名 恐らく顔に何個も挟んで~とか、一気に引っ張ってのリアクション芸とかの系統だろうけど…… [気になる点] アルミ製洗濯バサミでも言うほど長く使えるだろうか(『人の寿命に…
[一言] なんかシュールな話ですね。 脂ししょーの持ちネタだったんですね。 凹まされるだけの灰皿とかもありますしね。 うちは乾燥機なので、洗濯バサミはお菓子の袋を留めるために活躍中です。
[良い点] なんという奇妙な人生! [気になる点] とんでもない光景を見たのでしょうね [一言] 総アルミ製の洗濯バサミ、あります!!
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