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100日後に売れるワニ

作者: 天川 榎

 いやはや、人生とは儚いものだ。人に夢と書いて儚い。昔の人は上手いことを言ったものだ。

 何も考えずに生きていたら交通事故に遭って、人生を終えた、はずだった。

 次の瞬間目が覚めると、体がワニになっていた。

 ワニ、といってもなぜか人間みたいに手足が使えて話すことも出来るようだ。

 一体自分が何を言っているか良く分からないが、いわゆる巷で流行りの転生をしたらしい。

 道端に倒れていた自分は、今まで何を目指していたかを思い出した。

 そうだ、小説家になりたかったんだ。頑張って賞獲って、専業作家で食っていくんだ。


ー売れるまで、あと100日


 プロットが命だ。

 最初に起承転結を組んでいくが、そもそもそれがダメなら物語がダメになる。

 起がダメなら誰も読んではくれない。

 最近流行りの異世界転生でチートキャラで心を掴もうか。

 みんな万能感に憧れがあるからね。

 異世界に行って、チート能力を見せて、ハーレム築いてハッピーエンド。

 これが鉄板。よし、これでいこう。


ー売れるまで、あと90日


 まずはネット小説で有名になろう。

 『小説家になろう』というサイトがどうも一番有名な小説投稿サイトらしい。

 異世界転生でチートキャラというテンプレも「なろう系」と言われている程の知名度だ。

 ここで同じような小説を書けば、有名になれるかもしれない。

 この投稿サイトで有名になって、出版社に拾われて、デビューした作家も沢山いる。

 自分もこの登竜門で鍛えて、日本一の作家を目指そう。


ー売れるまで、あと80日


 作品を投稿したところ、出だしの反応は上々だった。

 続々と評価点やPVを稼ぎ、ランキングにも顔を出すようになってきた。

 あらすじはクソのような生活をしてきた主人公が世界を掌握出来るような強大な力を持つ魔王に転生し、一大王国とハーレムを作るという話だ。

 いきなり魔法を使って200人近くを惚れさせ大奥を作り上げたシーンは軒並み読者に好評だった。

 ちなみにペンネームは「ワニ田ワニヲ」。


ー売れるまで、あと70日

 

 ブログや動画サイトなど、ありとあらゆるメディアを駆使し宣伝活動を行う。

 動画で初顔出ししたときは、「これは合成だろ」と散々批判された。

 しかし、その奇っ怪な風貌で話題を呼び、瞬く間にネットで情報が拡散され始めた。

 『話題のワニ作家!ワニ田ワニヲ』というネットニュース記事を見た時に、これは売れたと確信した。

 もうそろそろタイアップとかの話が来てもいい頃かな。


ー売れるまで、あと60日


 遂に広告代理店から声が掛かった。

 話題性も抜群だし、是非コラボグッズやタイアップカフェなどをやらせて欲しいという話が来た。

 自分としては願ってもなかった事なので快諾した。

 すぐさま公式サイトも作られ、様々なメディアミックスの企画が立てられ始めた。

 だが、どうも話の中身を聞いていると様子がおかしい。

 肝心の自分の小説の話は全くされず、自分のこのワニの風貌ばかり話題になるのだ。

 小説の作品が元では無く、自分の風貌を元にしたグッズやカフェを作ろうとしているのだ。

 作品には興味無いのかと、言葉が口から出かかったが、これ程までにメディアミックスをしてくれることは普通あり得ない。

 自分がまず有名になれば、きっと作品も読んでくれる。そう信じている。


ー売れるまで、あと50日


 風向きが突然変わった。

 SNSで『広告代理店が流行りに関わっている』という噂が流れ、自分がたちまち攻撃対象へと変わった。

 際限無く飛び込む誹謗中傷の嵐。『話題作りもいい加減にしろ』『どうせ合成で作ってるんでしょ』『嘘つきステマ野郎』など、1秒に数百件も飛び込んでくる始末だった。

 書いていた小説も感想欄は作品と関係ない、自分への個人攻撃のコメントで埋め尽くされた。

 誰も自分を見ていない。誰も作品も読んでいない。

 ストレスの捌け口を見つけ、サンドバッグのようにひたすら打ち込むだけ。その言葉に魂はない。

 標的なんて、きっと何でも良いのだ。自分より立場が弱く、何か人と違う、逸脱した要素を見つけ、それについてひたすら攻撃する。

 それを繰り返したところで、満足することは一生無い。ある意味飢餓地獄である。

 自分は昔そんなことをやっていた立場だったから、その気持ちが今になって分かる。

 これが、報いと言う奴か。


ー売れるまで、あと40日


 SNS上で家が特定された。

 動画のどこかに住居を特定できる情報が映っていたらしく、連日自分の家に押しかけ始めた。

 一体そんなに平日の昼間から何をしているのかと思えば、家に向かって卵や汚物を投げつけ、家の周りには『死ね」だの『消えろ』だの『広告代理店のワニ』だの、全くもってどこからそのエネルギーが湧くのか分からない程の罵詈雑言の嵐が張り巡らされている。

 引っ切り無しに呼び出しベルが鳴らされ、家の窓という窓を叩かれ、早く出てこいと言われ続けるので、流石に耐えきれなくなり警察を呼んだ。

 警察が駆けつけた途端、蜘蛛の子を散らすように輩は逃げていった。

 事情を話しに警察に会いに行くと、何故か自分が警察に確保されてしまった。


ー売れるまで、あと30日


 当然と言えば当然だが、ワニは許可が無いと『飼って』はいけない。

 突如としてワニに転生した自分を飼う為の許可を両親が取っているワケも無く、そのまま警察に引き渡されてしまった。

 世間ではどうやらSNSで人気だったなろう作家がワニで捕獲されたということで、笑いものにされているようだ。

 自分の生存権は既に死亡しているため存在しない。今はモノとして扱われ、このまま引き取り手が無ければ殺処分が待っている。

 動物園でもワニが人気かどうかを問われたら、微妙な所だ。みんな可愛い動物が好きだしね。レッサーパンダやカワウソとかを見て、ワニは所詮『動物園の添え物』だ。

 多分自分はきっと二度目の死をまもなく迎えるだろう。


ー売れるまで、あと20日


 幸運なことに、引き取り手が決まったらしい。

 ここから遠い場所の、ひっそりとやっている地元に密着した動物園らしい。

 願ってもない事に、自分としたことが嗚咽しながら喜んだ。

 翌日には輸送され、新たな檻という場所にに居を構える事となった。

 既に一部のSNSストーカーの間では話題になっていたようで、連日人がろくに来ていなかった動物園に、少しずつ人が集まるようになっていた。

 更には『人間から転生したワニ』という手記をネット上に公表し、それが更に話題を集めた。

 『言葉を話せるワニ』として、老若男女の関心を集め始めていた。


ー売れるまで、あと10日


 マスコミの取材も次々と来るようになり、自分の存在を知らない者は最早居なくなり始めていた。

 人が閑散としていた動物園は、自分のせいで山ほどの人間が集まる『人間園』となってしまった。

 その『人間』は自分をわざわざ見に来るというのだ。

 何か言葉を喋る度に係員からご飯を支給され、檻の向こうではニコニコ笑ってこちらを見つめている人間達が無数に居る。

 以前にもSNSの晒し者になっていたが、こちらは勝手が違う。別に悪いことは今までもやってはいなかった。

 いずれ、この流行りは消えて亡くなるだろう。

 そうしたら自分は、この世からひっそりと居なくなって、土の餌にでもなりたい。

 もう自分は充分売れたんだから、満足だ。 


 喋るワニとして一斉を風靡した『なろう』は、天寿を全うし死後剥製となり、博物館にその姿を晒され続けている。


<おわり>

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