第八話 魔法
捕虜を観察し魔法を調べます。
本来野生の動物などを調査する為のラボの部屋ルーム1にこの世界の住人、司祭風の男を閉じ込めると部屋のモニタリングを開始する。
そのうち目が覚め、脱出しようとするだろう。
そこがねらい目。
恐らく先ずは部屋を調べ、それから何とか脱出できないか試行錯誤を始める筈。
部屋の壁や床から天井までを、最初は叩いたり物理的な方法で、そして最終的には魔法を使うはずだ。
ヘビーメックのボディを歪めた程の魔法の使い手だったあの司祭と同じ位の実力の持ち主かはわからないけど、何らかの魔法が使える事は間違いない。
その時の男の生理反応やエネルギー反応を調べれば、魔法に付いて何らかの仮説を立てることが出来るのではないかとみている。
彼らは魔法を使う状態になって、始めて身体に大きな変化が生まれるのだろう。何故なら、男を此処に運び込んだ時にスキャニングした範囲では、地球の平均的な男性のデータとあまり変わるところは無かったから。
男を入れた部屋ルーム1には、人を監禁する為の設備を追加してある。
つまり、ベッドやトイレなど。
それらは備え付けで、破壊は困難な筈だけど、破壊しようとしたり無理な力が加わると直ちに収納される仕組みになっている。
そしてそれらが収納された状態になると、ルーム1は出入り口も窓も何もない状態になる。
こんな部屋に監禁されれば、普通の人ならば数日ももたずに精神が壊れるだろう。
果たしてこの世界の住人はどうだろうか。
部屋はあのヘビーメックのボディを構成していた金属より更に頑丈なマテリアルで作られているから、恐らくは魔法でも簡単に壊される事はないと思うのだけど…。
さて、どうなりますか。
今の時点で再び男をスキャニングしてみたが、やはり変化は無い。
男が目覚めるまでモニタリングはAIに任せ、私はドロップポッド降下地点に建設中の基地の様子を確認する事にした。
コマンダールームのコマンダーシートに身体を落ち着けると目を閉じる。
そしてVR空間へと意識を移すと、そこからさらに建設中の基地へと意識を飛ばす。
途端、目の前に建設中の基地の様子が広がる。
基地の建設はそれなりに進行しているが、まだTier2の工場は完成していなかった。
直ぐにコンソールを開くとビルダー君とギャザラー君の稼働数を増やし、ギャザリングエリアを拡げる。
これで、完成が多少は早くなるだろう。
これ迄Tier2の設備を全く使ってこなかった理由は、必要とするリソースが膨大で設備の完成迄の時間が何倍も掛かるからに他ならない。
しかし、この基地が完成すればTier2の設備を活用することが出来るだろう。
特に、ドロップシップがあれば便利だ。居住性はあって無きが如しだけど、Tier2のメックを指定の地点まで運んで降下させる事が出来るからね。
流石にヘビーメックは運べないから、ヘビーメックをもし使う場合は自動操縦で指定地点まで自走して運ぶか、Tier2のビルダー君をドロップシップで運んで前進基地にTier2の工場を作るしかない。
「宇宙に基地を作るまでには、まだまだ時間は掛かりそうね」
『現時点で衛星軌道上へのアクセスは一週間後を予定しています』
AIが私の独り言に答えを返す。
「デスヨネ」
衛星軌道上に基地を作って、軌道エレベーターを設置して。
宇宙船を飛ばすにはまだまだ時間が掛かるだろう。
それに、衛星軌道上に宇宙船工場を作ったところで、ハイパードライブに対応したエンジンを作れるとは限らない。
あれには特別な希少資源が必要で、何処の星系にでもあるという訳ではない。
この星には無い場合、結局はこの星に分裂して墜ちた私のコルベットを回収するしかない。
最悪エンジンが修復不能な迄に壊れていても資源は回収できるからね。
それに、この星の精密な地図を作るためにも衛星軌道上に偵察衛星を上げないと。
私が思索にふけっているとAIから連絡が入る。
『捕虜がそろそろ目を覚ましそうです』
『わかった』
意識を自分の身体に戻して目を開くと、コマンダールームへと戻って来ている。
身体自体は動いて無いのだけど、気分だけはドロップポッドの場所から戻って来た気分になる。
コマンダールームの一角に捕虜を入れた部屋をマッピングして表示すると、まるでその場に捕虜が寝ているように表示される。
私はコマンダーシートに足を組んで座ると、捕虜が目を覚ますのを待った。
程なくして捕虜は目を覚まし、辺りをきょろきょろと見廻すと、壁を叩いて大声で誰か居ないかと叫び出した。
暫く壁をドンドンと叩き叫んでいたけど、やがて諦めたのか今度は部屋を調べ出した。
ベッドにトイレを確認し、やがてベッドを取り外せないかとガチャガチャし始める。
そのうちイライラしたのか蹴り出したので両方とも収納させた。
男は驚いていたが、直ぐに気を取り直してベッドやトイレがあった場所を中心に壁面を調べ出した。
残念だけど、ベッドやトイレが収まっている場所の隙間を肉眼で見つけるのは無理だと思うよ。
結局、何もなくなった部屋を隅々迄調べ尽くしても何の手掛かりも見付からず、壁を叩いて反射音を調べたりするけど、ルーム1の壁はどこを叩いても詰まった音しかしないと思う。
諦めた男はもう一度大きな声を出して、壁を叩いたり蹴ったりするけど、当然無視。
何をしても無駄だと悟った男は、腕組みをして目を閉じて思案顔。
そして男の目が見開かれると呟いた。
「こうなったら致し方あるまい…」
男は身を整えると片方の手を胸に、そしてもう片方の手を何かに訴える様に掲げると、何かを呟きだす。
『いよいよね。モニタリングは万全?』
『勿論ですコマンダー』
「我が神、我が神よ。
偉大なる我が神、ジグリードよ」
そして胸に当てていた手をもう片方の手の様に中空に掲げ、両手を何かに訴える様に掲げる。
「忠実なるしもべたる我の声に応えたまえ」
『エネルギー反応増大』
男が手を当てていた胸のあたりと、掲げ上げる両手が光り出す。
サーモグラフィーモードに切り替えて男を見ると、光り出した手と胸のあたりの体温が急激に上昇していた。
「我に神の怒りを体現させたたまえ。
神の怒りを我が手に」
『エネルギー反応さらに増大』
男の手が拳を握ると、その拳が更に光を強めて光り輝く。
「忌々しい邪悪の徒の壁に神の怒りを。
ゴッドフィスト!」
そう言うと思いっきり壁を殴りつける。
ガン!と大きな鉄槌で壁を殴りつけた様な大きく派手な音が響き渡り、ラボが揺れるほどの振動が発生した。
その瞬間、ルーム1内部のモニタリング機能が壊れたのか、男の映像にノイズが走り映像が消えた。
『うわっ!なにこれ…』
私は驚きのあまり思わず声を上げてしまう。
『ラボの部屋は大丈夫?』
『ルーム1のモニタリング機能が損傷しました。
それに、ルーム1の壁が歪みました』
『建物自体は大丈夫なの?』
『はい、建物自体は問題ありません。
現在、修復中です』
『捕虜は眠らせて。
データは取れた?』
『モニタリングデータは既にコマンダーの手元に届けてあります』
『うん、ありがとう』
私はデータを開くと、記録した映像を何度も繰り返し再生しながら、その時点でのデータを様々な角度から検討する。
結局、私の知識が及ぶ範囲でわかった事は、男が使った魔法のカラクリは、まるで理解不能だという事。
男が魔法を使う時、男の胸のあたりと手の体温が上昇し、光った手の平には発汗が見られた。男の話す声に特別な所は無く、呪文らしい男の言葉に合わせて手にエネルギー反応が発生して急速に力場が形成され、鉄槌で叩いた様な状況が発生する迄続いた。
何もないところに力場を発生させ、まるで鉄槌で叩くような作用を発生させることは、私達の技術をもってしても簡単なことではない。
もしそれを私達に可能な方法で実現するならば、ナノマシーンを使ってハンマーを作り出し、何らかの方法でパワーを乗せて叩きつけるしかない。
しかし、そこには当然何かの素材で作られた物理的なハンマーが存在するし、そのハンマーに加えられるパワーは、何らかの力学的説明が出来る物でしかない。
当然、そのパワーが大きくなればなるほど仕掛けは大掛かりになる。
何も無い所で、我々の技術で作られた堅牢な素材を損傷させる程に拳を硬化させて恐るべき力で殴りつけるなどという事を、生身の身体で実現するとは。
何故そんなことが出来るのかまるで理解不能なのだ。
何しろこの男は、スキャニングの範囲では鍛え方の差異はあっても、普通の地球の男性と変わり無く、身に着けていたアクセサリなども取り去っており、何の変哲もない服しか着ていない。
そう、そんな事がもし可能なのだとしたら、男とは別に第三者がそこに介在して男の代わりにそれを実現したとしか思えない。
『データ、見せてもらったけど私にはさっぱり理解が出来ない。
LM、どんな仮説でも良いからこの現象を説明できない?』
『あくまで仮説でしかありませんが。
我々のナノテクノロジー技術、それの数世代先のテクノロジーならば実現可能かもしれません…。
現在様々な方向に向けてアプローチされているナノテクノロジー研究の一つが実現し、さらに数世代を経た物ならば、この様な事も実現可能になるかもしれません。
それこそ、魔法の様な技術ですが…』
『そんな研究があったんだ。
でも、そんな実現可能かどうかもわからない未来の研究が完成して更に数世代も経ったテクノロジーって、本当に魔法にしか見えない気がするわ』
『恐らくは…』
『それで、それはどのように実現されていると仮定するの?』
『もはやナノテクノロジーと呼ぶのかすらもわからないそのテクノロジーが実現すると、恐らく私達人類は、私達が可能性としてその存在を想像する高次元知性体の域に至ると思われます』
『研究者が想像する高次元知性体は、文字通り神の如き存在となり、もはやナノマシーンと呼ぶのがどうかもわからない存在で大気を満たし、その物理的な身体は便宜上その場限り現出させるような状態となって肉体から完全に解き放たれ、いわばどこにでも存在するし、何処にもいない、しかし全てを知り、全てを行うことが出来る、と言う様な我々の認識では概念的な存在へと至れるでしょう。
一言で言えば全知全能の神でしょうか…』
『全知全能の神…。
今の人類って限りなくそれに近い存在になりつつはあるけど、その域に至るにはまだまだ果てしない道のりが存在しそう…』
『そうですね。あくまで概念的な存在であり、想像の世界以外でそれが実現できる保障などどこにも無いですけど。
今でもVR空間で仮想的にそれを実現する事は可能だと思います。
しかし、それを現実空間で実現するのは、私の知る知識から推論しても未だ何世代も先の話。
それこそ、その技術は私達から見れば魔法にしか見えないでしょう』
『だから、彼が使った魔法の様な物は魔法にしか見えないのか…』
『ただ、幸いこの世界の住人の技術レベルは私達の世界の中世程度の技術レベルしかなく、彼らの使う魔法が恐ろしく高度なテクノロジーだったとしても、彼らはただの利用者でしかないと思われます』
『うん、そうだろうね。
恐らくその高度なテクノロジーを実現している過去の遺物がこの星のどこかにあるのか、それとも高次元知性体が神としてこの星を管理しているのか…』
『私の推論でもその可能性が高いと思われます。
私達をこの星に連れて来た事を考えると、高次元知性体が存在するか、高次元知性体が残した何らかの意思を実現する高度なAIの様な物が存在するか。
そのどちらかでしょう。そうでなければ私達をこの星に連れて来るという発想は出て来ません。
この星の人々は、この星の外に世界があるなんて事すら知らないでしょうから』
『だろうね。
それに、王国の神官のおじいちゃんが神託があったって言ってたから。
何らかの意思が介在しているのは間違いない。
しかし、魔族と人類が何らかの理由で戦っている所を見ると、その意思が一つだけとは思えない。
高次元知性体が複数居るのか、或いは外来の高次元知性体とこの星に古代から存在する高度AIが存在するのか、或いはもっと別の何かが有るのか。
兎も角、この星で魔法が使われるたびに神の様な存在の高次元知性体が対応しているとも思えないから、そこは何らかのサブシステムが稼働しているのかもしれない。
それは大きなシステムを相乗りさせているのか、それとも高次元知性体ごとに独自のシステムがあるのか。
ただ、高次元知性体は直接この星に関わるという事は避けている様だし、高次元知性体同士が対立し直接戦うという様な事もしていないようだね。
観察者として存在するのか、或いはこの星の住人達を使ったゲームをしているのか。
しかし、過去にも勇者に救われた事があるという事を考えると、そのテクノロジー水準は私達の想像を絶するほど高い可能性もありそうね…』
『恐らくは…。
私達が概念的に想像する全知全能の神の水準まで私達が至れたとしても、異次元であるハイパースペースへの干渉ができるとは思えません』
『なんとも厄介な…。
ただ、その仕組みを理解も想像もできない、中世程度の技術と思考レベルの人達相手の戦いだと考えれば、彼らが超兵器的な魔法を使ったとしても何とかなりそう。
慢心は危険だけど、本気で掛かれば…』
『一足飛びに私たちのテクノロジーをこの世界で再現する事は難しいですが、私達も私達の技術の粋を集めて生み出した超兵器を使うことが出来ます』
『ええ、何とか実現できるように頑張る』
『はい。私も全力でサポートします』
これ以上捕虜からデータを取れそうにもないし、捕虜を抱えたままで居るのも面倒。
メック工場で車両を出すと、捕虜の男を眠らせたまま後方のウェルブルク城へと引き渡した。
城の守将を任されている騎士は敵方の司祭を無傷で連れて来た事に驚いていたけど、とても喜んでいた。
彼らがあの町でやっていたことを想像するとね…。
結局、捕虜の調査で得られるものは少なかったけど、一先ずの推論は立った。
もしかすると、何らかの方法で私も彼らの使う魔法を使えるようになるかもしれないけど、それはそれで負けた気がするのだ。
さて、次はあの宿場町を開放しないとね。
主人公から見ても魔法にしか見えない超高度なテクノロジーを魔法として行使するファンタジー世界の住人。
ただし、その力は借り物で自由自在に行使できるわけではない。