第五話 リビングデッド
戦うキャンピングカーに乗って街道を行きます。
そんなわけでメック完成。
早速と乗り込むとドライバーシートより一段高い位置にあるコマンダーシートに座った。
コックピット内を見回すと、ドライバーとガンナーが足元左右に並んで座り、背後には居住区へと続く扉がある。室内は結構広くて、座席を追加すればコックピット内に更に搭乗員を乗せる事も出来るのだ。
「外部モニター表示」
『了解』
途端、まるで床が抜けたように360度全方向に視界が広がる。
外に有った生産施設は、既に撤収されて何も残っていない。
この手の大型のメックというと死角があちこちにありそうだけど、今は好きな時に360度全天球視界を得ることが出来るので、死角なんてどこにもないのだ。
勿論各種センサーが装備されて居るので、動く物や周りと温度が異なる物など、異常は逐一報告されて画面に表示される優れもの。
私はヘビーメックに問題がないかステータスを確認すると、命令を下す。
「さて、では出発」
『了解しました、コマンダー』
ドライバーが操縦を開始すると15mもの高さのヘビーメックが動き出す。
二脚というと上下に大きく揺れそうだけど、バランサーのお陰で殆ど揺れない。
歩み自体はゆっくりとしたものだけど、歩幅があるので結構な速さで風景が流れていく。
既に、行動ルートは入力してあり、何かない限りは命令を出さなくても勝手にコースをこのペースで歩いていく。
ここより先は恐らく人は避難民すら居ないだろう、と城の兵士達が話していた。
何故なら魔族は人を邪神への生贄にしているから、かなり執拗に人狩りをしているらしいのだ。
「偵察ドローンを三機作って進路上180度を偵察」
『了解しました、コマンダー』
後部に搭載されているドローンハイブでリソースがある限り好きな時に好きなだけドローンを作って飛ばせるのは便利。
とはいえ、敵も使い魔とかそういうのを使えるらしいから、私と同じような事をやっている可能性が高いのだけど。
さて、これで今は一先ずすることが無くなった。
「私は居住区画に居るから、何かあったら知らせて」
『了解しました、コマンダー』
居住区へ移動するとそこは広めのキャンピングカーの様なスペース。
トイレは必要ないから付いて居ないけど、シャワーにお風呂もあるし、簡単なクッキングスペースもある。
勿論、ベッドや端末付の机などの家具も備え付けられている。
真面目な話、ナノマシーンで構成された私の身体はエネルギーリソースさえ確保できれば食事をする必要もないし、身体を綺麗にする必要もない。
何しろ生身の身体だった頃と異なり、自ら汚れる事も無いし外的要因で汚れても服も含めて直ぐに綺麗にすることが出来る。
但し睡眠時間は必要。
生身の身体に比べればずっと長い時間、無休憩で活動して居られるが確実に身体が劣化していく。体が劣化して行けば性能も落ちていくので、睡眠無しで良いことは何も無い。
睡眠をとる事で身体は自動的にメンテナンスされ、ナノマシーンもリフレッシュされ気持ちよく目覚めることが出来る。
しかしその睡眠ですらベッドで横にならなくとも立ったままで可能だけど、やはり人が人である為には人の暮らしを送らないと、色んな所にストレスが蓄積されて最悪自己崩壊してしまう。
つまりこの身体はナノマシーンに置き換えられた人類が想像しうる完全体に近いような身体でも、完全に人を作り出したわけでは無く、人をコピーしてナノマシーンに置き換えただけなので、人を完全に止めることは出来ない。
という訳。
人であれば、やはり人として生まれ育った記憶が誰にでもある訳で、美味しいものは食べたいし、シャワーを浴びてサッパリしたいしお風呂にだって入りたい。
好きな動画だって見たいし、本だって読みたい、ゲームだってしたい。
他にもいろいろ楽しい事を楽しまないと人生じゃないからね。
そんな訳で、居住区画にやって来た私は、シャワーを浴びてお風呂に入ってリラックスするのです。
ナノマシーンの身体だけど、皮膚の感覚は生身の頃と同じ。シャワーが当たれば心地いいし、お風呂は暖かい。
違うのは、痛覚は勿論感覚は全てあるのだけど、それで怪我をすることは無いという事。
ぶつければ痛いし、熱いものを触れば熱い。でも、症状として認知するだけで、直ぐに痛みはひき、火傷にもならず、実際に怪我にはならない。
しかしナノマシーンは火や電気には弱く、許容範囲以上の熱が加えられると死ぬ。電気に対しても同じで許容範囲以上の電気を食らうと様々な障害を起こし、更に強力な電気を加えられると焼き切れてしまう。
つまり、例えば大昔の映画じゃないけれど、溶鉱炉に落ちたらやっぱり死ぬし、普通の人でも即死するクラスの大電流を浴びせられると身体はただでは済まない。
ただ、私の様な軍用のナノマシーンで構成された身体は、一般市民に比べれば遥かに熱耐性は高いし、電撃に関しても幾重にも対策が施されている為、全身に電気が回ってショック状態というのはまず有りえない筈…。
とはいえ、ファンタジー小説で仕入れた情報によると、魔法には極めて高熱を発する強力なスペルや電撃魔法なんてのも存在する。
現実に、この前の魔将の使った魔法、あれは直撃食らうと危なかった。
お風呂から上がると、城の兵士から貰った食材を使って料理を作る。
オートクッカーもあるのだけど、やはり自分で作る料理が一番おいしいからね。
とはいえ、大がかりな物は難しいので簡単に。
何かの卵とベーコンらしきものを貰ったので、ベーコンエッグを作る。
これに、蒸した野菜を添えて、これまた貰ったパンにはさんで食べる。
ベーコンを焼く香ばしい匂いは食欲をそそり、卵を落として卵が硬くなるまで少し待つ。熱を視覚的に見ることが出来るので、適度な硬さに焼くことが出来るのは便利。
パンも温めておいて、ベーコンエッグが出来上がったらパンを切り分けて挟んでパクリ。
うーん、美味しい。
ベーコンの塩加減が丁度いい感じで、束の間幸せな気分を味わうのです。
簡単だけど、食事を終えて動画を見ながらくつろいでいると、ドライバーからの通信が入った。何かあったらしい。
『コマンダー、前方三キロ、千人ほどの兵団がこちらへ進行中』
『わかった』
返事をすると、素早く着替えてコックピットへと戻る。
『敵を拡大表示して』
『了解しました』
目の前にスクリーンがもう一枚出現すると、その兵団が拡大表示される。
『随分みすぼらしい…』
『コマンダー、敵兵団からは熱が感じられません』
『更に拡大』
敵兵士がスクリーンに大写しになる。
長い事軍務に就いてるけど、これを見るのは二回目かな…。
前は人為的に作り出された質の悪いウィルスに感染した人だったっけ。
それは生きながら身体が腐り続け、しかも寄生虫に乗っ取られたかのように操られるという、最悪のウィルスだった。
目の前に映し出されたのは、それに似た光景。
つまり、半分腐りかけた死体の群れ。
生贄にされた人達の成れの果てなのか、或いは?
いずれにせよ、このまま行かせるわけにはいかないね。
『ブラスターカノン発射準備、目標前方の兵団』
ああいうのは焼いてしまうのが一番。
『ブラスターカノン発射準備完了』
ブラスターカノンの射撃サイトが拡大表示された敵兵団に表示される。
『連続射撃、焼き尽くせ!』
『了解』
ブラスターカノンの吐き出す輝く光球が敵兵団へと吸い込まれていく。
超高温のエネルギー弾を直に喰らえば灰も残らない。
物言わぬ敵兵団は光の球を連続で食らいながらも、歩みを止めない。
腐った身体を引きずりつつ、数を減らしながらも歩き続ける。
恐らく、敵の戦闘距離になれば動き出すのだろうけれど、三キロ近く離れた距離から一方的に光の球を打ち込んでいるのだ。
やがて、敵兵団は全て焼き尽くされ動く物は居なくなった。
『コマンダー、敵兵団の消滅を確認』
「うん、ご苦労様。
引き続き行動と索敵を継続」
『了解しました』
しかし、ゾンビの群れを見る事になるとは…。
流石ファンタジー世界というべきか、なんというか…。
ただ、悍ましい。
死者への尊厳も何もない。
改めて、今戦っている魔族と言う相手が理解できた。
私は全てを吐き出すように大きな溜息をつくと居住区へと戻る。
そして、身体を投げ出すようにベッドに横になると癒し動画を心ゆくまで堪能したのだった。
ゾンビはやっぱり実物見ると精神的ダメージが大きいと思うのです。