第十八話 カイエンブルク攻城戦 終
カイエンブルク攻略も詰めです。
「ふふっ。見ぃつけた」
ついにここの親玉である豪華黒ローブを見つけた私は、早速ケリをつけに行くことにした。
もう、動く死体をゾロゾロ出してくるこいつらの相手はウンザリなのだ。
『中尉、戦況は?』
乱戦の騒音をバックに中尉の音声が聞こえて来る。
『コマンダー、現在地上階の半分を制圧完了。
夥しい数の敵を撃破しましたが、敵の増援も際限がなく、苦戦中です』
『わかった。
中尉、損害を気にせず敵にさらに圧を掛けて。
私は今からケリを付けに行く』
『了解しました、コマンダー。
陽動任務を全うします。
ご武運を、コマンダー』
「よし、行くか」
私はガジェットとのリンクを繋いだまま、誰も居ない城内を親玉の部屋まで移動を始める。
念のため、戦闘中のボット達のカメラ映像もサムネイル表示させ、地上階の戦況を把握する事にした。
視野一杯にボット達のカメラの映像が表示されていく。
正直、もうそれは地獄としか言えないような戦場の情景だった。
ここまで酷い戦場は、私の長い兵役の間でもそう見た事はない。
〝死兵〟という言葉はあるけれど、現実に死ぬまで戦うなんて言うのはカルトくらいで、殆どは戦闘不能者が多数出れば戦線離脱を考える。
勿論、純粋にボットやメックだけのAI同士の戦闘というのはあり、そういう場合は相手を全滅に追い込むこともあるけれど、それはAIが本当の意味で死ぬことは極稀であり、単に入れ物が壊れるだけだからこそだ。
しかし、このカイエンブルクで私達は文字通り〝本物の死兵〟を相手にしているのだ。
黒ローブの魔法によって操られている動く死体達は最初から死んでいるのだから死を恐れるわけも無く、周りでどれだけ仲間が倒れようと気にすることも無く突進してくる。
その攻撃は、自分が動けなくなる程破壊されるまで止むことは無い。
一方ボット部隊も、動く死体に恐怖する事も無くPTSDに陥る事も無く、敵の動く死体と同じ様に自ら戦闘不能になるまで戦闘行動を停止することは無い。
そんな二つの恐怖を知らない兵士達が戦った結果、見るも悍ましい地獄絵図を、この世界に現出させることになった訳。
相手の黒ローブも大概頭の螺子がとんでそうな奴等だけど、この地獄のような有様を見て精神的に来ることは無いのだろうか。
正直、私はこの城を王国に引き渡したところで、そのまま使われる事は無い気がする…。
私はこれ以上サムネイル映像を拡大してみる気にはなれず、そっと閉じて一刻も早くこの城の惨劇に終止符を打つという決意を新たにした。
この城の構造はガジェットが進んだ部分はそのままマッピングしてあるので、視界に画像として表示させる事が出来る。
だから無駄な経路を通る事も無く、程なく親玉の居るこの部屋の前までやって来た。
ここに至るまでに発見した黒ローブは全員始末したし、このフロアもこの部屋以外は全員片づけてある。
既に銀色球体ガジェット十個全てがこの部屋に入り込んでいて、苛つく親玉の怒号に竦み上がる黒ローブの姿などが手に取るように見えている。
「敵の木偶共はまだ片付かないのか」
「かなりの木偶を破壊しましたが、続々と増援が送り込まれている様で…」
「こちらも相当数のゾンビを送り込んでいる筈だが」
「はい、マスター。
しかし、敵の木偶が思いの他手ごわく…」
「ええい、言い訳はいい。
何とかしろ!
出来ねば貴様もゾンビに変えてやるからな」
死刑宣告を受けたも同然のその黒ローブは、顔面蒼白で部屋から出ようと私が潜んで居る方の扉へと向かって駆けて来た。
私は閉じられている扉の向こうの黒ローブをカービンで撃ち抜くと、扉を蹴破った。
目の前で駆けて来た黒ローブは力無く崩れ落ち、私は部屋に居合わせた黒ローブ達に驚愕の表情で出迎えられた。
中に居たのは親玉の豪華黒ローブと黒ローブが八名程。
いち早く我に返った親玉は私に怒号をあげる。
「何事だ!
…貴様は、城の前の軍勢に居た小娘だな。
どうやってここまで入って来たのか知らぬが、一人で殴り込みとはよほど命が要らぬらしいな!
お前たち、いつ迄呆けている!
この小娘を殺せ!」
親玉の怒号に我に返った黒ローブ達は、私に向けて魔法を掛けるようなそぶりを見せる。
私は慌てることなく、部屋に忍ばせていたガジェットを使って一斉に黒ローブ達をニードルで貫かせた。
黒ローブ達はほぼ同時に串刺しとなり、僅かに痙攣すると崩れ落ちて絶命した。
「ふふっ、他愛無い」
親玉は驚き声をあげる。
「き、貴様!
一体何をした」
「こうしたのよ!」
そう言いながら私は、今度は親玉に向けてガジェットのニードルを一斉に突き出す。
しかし親玉が串刺しになる事は無く、ニードルは派手な音を上げてシールドに阻まれてしまった。
「くっ、なんだこれは。
金属で出来たスライムか?
だが、その程度の攻撃など儂には通用せんぞ」
私も今までの経験から、この程度であっさり片が付くなんて思っていない。
銃器の類も効くとは思えないけど、折角持ってきたし撃ち込んでみる。しかし、やはりシールドに阻まれた。
「でしょうね」
「次はこちらから行かせてもらうぞ。
死人共よ起き上がり我が敵を倒せ!」
親玉が杖を振るうと、先ほど殺した筈の黒ローブ達がゆっくりと立ち上がる。
生き返ったという訳ではなく、どう見ても皆死んだ顔だ。
「ゾンビどもは生前に持っていた魔力が強いほど強い力を発揮する。
このゾンビは、有象無象の死体から作り出した今までのゾンビとは別物だぞ」
というと親玉は口角を吊り上げた。
でも、シールドで護られていない限り、死体は死体に過ぎないんだけどね。
黒ローブから作られた動く死体が、一斉に私に向かって両手を振り上げて襲い掛かってくる。
私はガジェットを回収すると私のミラーイメージに変化させ、ハーモニックブレードを装備させると動く死体たちを動けなくなる程細かく切り刻んだ。
ハーモニックブレードの斬れ味をもってすれば、物理防御シールドでもない限りは人体など豆腐を斬る様なものなのだ。
黒ローブの動く死体をあっという間に肉塊に変えて見せると、親玉は顔を青くする。
実はこいつはメンタル弱い人なんじゃないか。
「なっ、なんだと!
お前、ただものでは無いな…」
私の見た目に騙されて侮っていたという事かな。
何やら能力を使っているのか、私の身体を舐めるように視線を這わせて来る。
「お前…、一体何者なのだ。
人の姿はしているが、人の暖かみを持たず、魔力が全くない。
ゴーレムであったとしても少しは魔力が感じられるはずだ。
これではまるで死人ではないか…」
「さて、何者でしょうね。
多分、あなた達には想像もつかないでしょう」
「くっ、馬鹿にしおって。
お前が何者でも関係ない、ここで殺す!それだけだ!
黒き神の力をもって、汝の血は沸き立つ。
血液沸騰!」
おおぅ、昔みたいに全身に血液が流れていたらゾッとする魔法だ。
しかし、今の私の身体には血液なんて一滴も流れてない。
私はわざとらしく、可愛く首をかしげてみせる。
「ぬっ、何故なんともない。
ゾンビであっても効くというのに、まるでその身体には血が通っておらぬ様では無いか。
だが、骨が無くては身体は保てぬ!
黒き神の力をもって、汝の骨は爆発する。
骨爆発!」
骨が有ったら大変だ。きっと腕が吹き飛んだりした筈だ。
しかし、私の身体に所謂人の骨は無いな。
更にわざとらしく、首をかしげてみせる。
「ぬぅぅぅ、何故だ、なぜ効かぬ。
黒き神の力が及ばぬなど考えられぬ。
貴様の身体には血も通わず、骨も無いというのか。
もしや、強力な魔法防御か!」
「さてね」
「余裕かましおって。
その貴様の油断が死を産むのだ。
我が神、黒き神よ、我が弟子たちの命を全て捧げます。
この者の心臓を潰し賜え!
心臓圧壊!」
なにそのおっかなぃ魔法…。
でも、心臓も無いな…。
『コマンダー、地上階の敵指揮官が何故か全員死亡し、動く死体も全て行動を止めました。
指示を願います』
『待機を。それと破壊されたボット達の回収を行っておいて』
『了解しました』
「なんともないけど」
親玉は顔面蒼白。焦燥感で今にも倒れそうだよ。
これ迄相手にした親玉の中でも一番弱いんじゃないかなこいつ。
「おのれ、おのれ!
こうなれば奥の手だ。
ヘンドリック!貴様の出番だ!」
親玉が杖を振るうと部屋の奥から、如何にも業物の様なゴツイ両手剣をもって白銀の全身鎧を身に着けた大柄な騎士が歩み出てきた。
「ふふ、ヘンドリックはこの城の城主。
この王国でも屈指の豪傑だった男よ。
家族への情にほだされてしまい、まんまと我が作品の一つになってしまったがな!
ふはははっ。
今の奴の強さは生きていた頃以上。貴様など一ひねりだ!」
なんて奴。どうせ家族を人質に降伏させたのだろう。
こんな卑劣な奴はここで終わらせなくては。
ヘンドリックと呼ばれた大柄の鎧武者は、無駄のない歩みであっという間に間合いを詰めると、剣で豪快に横一線に薙ぎ払って来た。
私は何とかその剣を受け逸らしたけど、ナニコレ、この剣なにで出来てるの!
ミリタリーグレードの金属すら斬れるハーモニックブレードが折れた!
想定外の事態に思わず驚きの声をあげそうになる。
私はすぐさまミラーイメージにヘンドリックの相手をするように命じると、急いで親玉を始末する事にする。
ビームソードを取り出すと、一気に親玉との間合いを詰める。
そして、ビームソードを親玉の胸に突き立てた。
親玉は焦って悲鳴を上げた。
「ひっ!」
しかしシールドに阻まれてしまい、ビームソードが親玉の胸を貫くことは無かった。
刺さって無かったことに気が付くと親玉は嘲笑の声をあげる。
「な、なんだ、こけおとしか!
派手な光の剣など出しおって、ただの光では無いか!」
「そう思う?」
シールドは無限に全てを防ぐわけじゃない筈だ。
そして、この世界の魔法の多くは瞬間的にエネルギーを発生させ効果を現すが、長期間継続的な物は今のところ見た事は無い。
ひょっとするとこのシールドがそうなのかもしれないけれど、シールドだって破れるのは既に証明済みだ。
一旦ビームソードを胸の前で止めた親玉のシールドだが、ビームソードの刀身が生み出す高熱量に晒され続けると、明らかに削れて行く。
「なっ、なんだと!
あつっ、熱い。
ひぃぃ」
「これ迄の行いを少しくらい悔いて死ね」
ビームソードが親玉のシールドを突き破るとそのまま心臓を貫き、身体に穴をあけた。
「ぐふぅ」
親玉は血を吐くとそのまま崩れ落ちた。
すると、ヘンドリックが剣をガシャリと落とす。
彼は明らかに普通の動く死体では無さそうだったが…。
驚くことに、ヘンドリックが語り掛けて来た。
「ありがとう。
これで私も家族の元にいける。
この剣を王に返しておいてくれ」
そういうと、彼はガシャリと音を立て膝をつくとそのまま動かなくなった。
私はヘンドリックに近づくと、面を上げてみる。
中に見えたのはミイラ化した、しかし威厳のある男の顔だった。
再び面を下ろすと彼の為に祈った。
『中尉、カイエンブルクは現時点をもって攻略を完了した。
作戦終了よ』
『お疲れ様です、コマンダー。
待機命令が続いていますが、ご指示お願いします』
『中尉、引き続きボットの残骸を回収して橋頭堡へ。
それと、可能な範囲で城を含むカイエンブルクの死体を片付けて。
死体は城の前の広場に集めて焼却処分。
それが終了したら、中尉は別命あるまでボット部隊千体を率いてカイエンブルクの守備に就いて』
『了解しました、コマンダー』
『ボット部隊を定数千まで補充、補充が完了したらファウンドリーメックは生産終了。
コマンドメックと共にドロップシップで拠点まで撤収』
『了解しました、コマンダー』
さてと、この剣だけは後で国王に直接届けよう。
その前に、この親玉の杖や豪華黒ローブ等のアイテム、それに書類の類を全て回収してから、生き返らない様に親玉や黒ローブの死体も城の前でまとめて焼いてしまおう。
そして、ヘンドリックの遺骸は別で焼却して埋葬する。
これで、このカイエンブルク攻城戦に関する事は全て終了。
次はいよいよ王都攻略を考えないと。
親玉をぬっ殺して長かったカイエンブルク攻略も終わりです。




