第一話 ファンタジーな異世界へようこそ
ナノマシーンの身体を持つ主人公の異世界冒険譚の始まりです。
「ケーコ、この後パフェ食べに行かない?」
「パフェかぁ、うーん行きたいけど、今日は用事あるんだ。
ゴメン!」
がっかりした表情を浮かべた友人に手を合わして謝る。
「用事ってなによぉ、もしかして彼氏とか?」
「ないない、そんなのないよお。
ちょっと親と一緒に行かなきゃならないところがあるんだ」
「え?
そうなんだ。
なら仕方ないね。
じゃあ、また明日学校でね」
「うん、次はパフェ行こうね!」
「絶対だよ!」
「またね。また明日」
手を振りあって友人と別れる。
家へ帰ると、玄関の扉を開けて家の中に入る。
いつもの何気ない日常の筈が…。
けたたましい警告音で目を覚ます。
目の前の非常灯が激しく点滅し、ただ事ではないのがすぐわかる。
ここ、どこ?
玄関に非常灯なんてあったっけ?
「え?え?何?
何が起こっているの?!」
混乱する頭で思わず声を上げてしまう。
『コマンダー、目を覚ましてください。
非常事態が発生しました』
コマンダーと呼びかけられて、私はたちどころに意識が覚醒する。
コマンドワードという訳では無いのだけど、長年の生活で自然と身に付いたというか。
どうやら、スリープ中に高校時代の夢を見ていたらしい。
何気ない高校生活を送っていた日常、高校生活はまだ後一年はある。
受験は大変だろうけど、その次は大学生活を楽しむんだ。
そんな風に考えていたあの頃の夢を。
あの後、私は母に連れられ病院で検査を受け難病だと知らされたのだ。
あの頃は軽い自覚症状があるだけだったから、そんな重い病に掛かっているのだとは思いもしなかった。
結局、友人との約束は果たされる事無く、即時入院。
そして、半年間の闘病生活の後、私は余命宣告を受けた。
幸い、家が多少裕福だったのが幸いしたのか、或いは偶々そういうのが流行っていたのか。私は親に説得され未来に運命を託すという選択を選ぶことになった。
半年前は健康的だった私はその頃にはすっかりやつれて、友人たちに姿を見せるのを憚られる程。殆どつききりで看病してくれた母にも随分と苦労を掛けた。
私は闘病生活にも疲れ、親に更に迷惑を掛けてギリギリまで命を繋ぐより、このまま死ぬべきじゃないかと思っていたのだ。
しかし、私はコールドスリープ技術で未来に命を託すことになったのだ。
コールドスリープセンターで眠りにつく最後に見た両親の表情は安堵の表情だった。
それは、私の命を未来に託せたという安堵の気持ちなのか、それとも私の死に立ち会わなくて済んだという安堵なのか、或いはもう看病をしなくて済むという安堵なのか。
娘が日々やつれて行く姿を見ることほどつらい事は無いと、私を説得するとき母親が見せた涙が全てを語っていたのかも。
いずれにせよ、私は冬眠したまま長い年月を過ごした。しかし長い年月の中で、私や同じようにコールドスリープしていた人たちを冷凍保存していた企業は既に消え去っていた。冷凍人体の管理は主に人権問題の観点から継続して行われていた様だけど、同じ境遇の人たちが世界中から集められ、更に長い時間冷凍保存され続けていたのだった。
そして私が目を覚ましたのは、両親の顔を最後に見てから実に千年も後だったのだ。
その頃には既に人類は宇宙へと飛び出し、宇宙の遥か彼方まで短時間で跳べるハイパードライブまで手に入れて、幾つもの植民星系をその版図に収めていたのだ。
その過程で、最初は国家ベースだった宇宙開発も企業ベースで行われる様になり、企業が植民惑星を統治する様になって来ると、地球の過疎化が急速に進み、今なお地球にのみ存在はしているが国家は実質的にその国に一番関わる企業の本社機能と統合され形骸化してしまっていた。
また科学の果てしない探求と進歩の果てに人類はナノテクノロジーを極限までに発達させ、実質的に寿命や病気という物から解き放たれていた。
勿論、生身の人間も居るし私が高校生だった時代に比べればはるかに少なくなってはいるけど、子供の出生も続いてはいる。
人類が科学技術を殆ど神の領域まで発達させたにも関わらず、いまだ実現できていない物が人間を一から作り出す事だった。
それどころか、犬や猫といった動物すら作り出せてはいない。
下等な生物であれば生成されているが、それらは結局高度に発達したナノマシーンが存在するため殆ど必要とされないため、一部の学者がテーマとして継続的に研究しているに過ぎないというのが実態。
人と変わらぬレベルの人工的な知性すら持った人工知能ですら、未だ生身の人間の脳には及ばない。人間の脳をコピーする事は出来ても、一から作り出す事は未だできていない。
その代わり、ナノマシーンのお陰で人は殆ど死ぬことが無くなった。
いや、実質的にナノマシーン化した人間は死なないといっても差し支えは無い。
だが、人が死ななくなると、若いころのライフスタイルの延長上の暮らしが延々と続いていくだけで、子供を産み育てるという要素がライフスタイルから消えてしまうという社会現象が起きた。
しかし、人類すべてがナノマシーン化する事は無かった。
理由は単純でナノマシーン化するにはそれなりの資産が無ければ難しかったのだ。
つまり、余り裕福ではない人は部分的にナノマシーンの恩恵は受けているが、普通に人としての生を送り、人として生を終える。
だが、企業というのは果てしなく利益を求める物で、ナノマシーン化が購買可能層に行き渡ってしまうと、新たな顧客を探した。
そこで見つけたのは、それ迄希望してもナノマシーン化が困難だった余り裕福ではない人たち。彼らにナノマシーン化をそれ迄とは比較にならないような長期ローンで販売を開始したのだ。
わかりやすく言えば、ナノマシーンの身体を無料で手に入れる代わりに、契約期間企業の所有物になる。人権とある程度の自由はあるけれど、所有企業の命令を契約期間が満了するまで聞かなければならない。
企業は所有権のある人には契約期間を満了してもらわなければ丸損になるため、比較的大事に扱われるし、企業の所有物で居る間は身体のメンテナンスは無料。
必ずしもデメリットばかりじゃなかった。
それもあって、更に子供を産まない人たちが増えていき、最終的にナノマシーン化を否定した人たちしか子供を産まなくなってしまったのだ。
そういう人たちは、地球や特定の植民星でコミュニティを形成し、ナノマシーンに補助されつつも昔ながらの暮らしを送り、世代を繋いでいっている。
そうなると、新しい人が増えなくなるわけで、困るのは次々と植民星系を獲得し版図を広げていっている企業達。
そういう人たちが次なる顧客と働き手として目を付けたのは、忘れ去られていた数万体にも及ぶ冷凍保存された昔の人たちだった。つまり、私の様な。
人類は千年後には核融合やさらに上のエネルギーを開発する事で、実質的にエネルギー問題を解決してしまいインフラの整う地球上には無尽蔵とも言えるエネルギー供給があった。
だから、コールドスリープを長い期間維持していても経済的に大した問題にならず、それよりも人権問題で問題になる方が大問題だったのだ。メンテナンスもある時代からは全自動化されていた為、本当に私達は忘れ去られていた。
企業はコールドスリープした人たちを次々と復活させた。ただし、長期間のコールドスリープのせいで生物的に身体は駄目になっていて、解凍したところで蘇生は不能。
どうしたかというと、コールドスリープしていた人をスキャニングしてナノマシーンで再構成したのだ。
そうする事で、私は千年後に目を覚ましたわけ。
結局、難病は直してもらえることも無く、元の身体はそのまま廃棄されてしまった。
ナノマシーンの身体で目を覚ました人は所有権のある企業の専用の施設で適応訓練を受けて、その際に適性も調べられてそれぞれの職場へと割り振られていった。
私の場合は、何故か配属されたのが企業の軍だった。
企業の軍の任務は企業所有の植民星系の危険な原生生物の排除や司法部門で処理しきれない場合の軍事出動。あるいは、他の企業と軍事衝突があった場合の出動など。
施設を出て、私がこの身体の所有権を手に入れる為に課せられた契約は任務を二百ミッション達成する事。
軍の場合は期間では無く一定の任務数をこなす事でノルマ達成となる為、通常より短い期間で身体の所有権を手に入れることが出来る。理由は簡単で軍の任務は当たり前だけど危険であり、最悪の場合消滅、つまり死んでしてしまう場合もあるから。
所有権は企業にあるけれど、ある程度の人権が保障されて居る為、本人が申し立てをすれば部署移動が可能。
だから、危険な軍務にはそれなりの餌が無ければ誰も参加しない。
そんな訳で、私は先日の任務達成で目出度く自分自身の所有権を手に入れ、今後は所属していた企業に残る事も出来るし、フリーランスの傭兵として今度は報酬を得て継続的に軍務に就くことも出来る。
勿論、他企業へ移る事も、或いは一人あての無い旅に出ることだってできる。
文字通り、自由なのだ。
私は満了時に支給される諸々の特典や、新たな契約の相談をする為、久しぶりに地球へと戻ろうと愛機のコルベットを自動航行モードにしてスリープに入っていた。
ハイパードライブでの連続のジャンプは推奨されて居ないため、都度のメンテナンスを挟んで数回のジャンプで二週間も掛からず地球の衛星軌道上で目を覚ます筈だったのだけど…。何故か、このけたたましい警告音と非常灯の激しい点滅だ。
『船体に深刻なダメージ。
再度のジャンプは不可能。エンジンにもダメージがあり近くの惑星へと降下中。
緊急事態対応の為、ドロップポッドでの脱出を推奨します』
一体どういう事なの…。
一人でも乗れる小型コルベットとはいえ、軍用の戦闘艦。
そう簡単に墜ちるわけないのに。
「LM、どうしてこういう事態に?
攻撃を受けたとでもいうの?」
『原因は不明です。
ジャンプ中、ハイパースペースで何らかの干渉を受けた模様。
外からの力でスリップアウトさせられ、この星系の目の前の惑星の衛星軌道に出現しました』
ハイパースペースでの干渉って何?
そんな事が出来るの?
長かった軍務の間でも聞いたことも無い。
それこそ、人類より更に進んだ存在の干渉でも受けたというの?馬鹿馬鹿しい。
人類が太陽系の外に出てからもう随分になるが、痕跡はあれど未だ異星人と遭遇したことは一度も無いというのに。
『降下中、降下中。
直ちにドロップポッドへ』
ああ、駄目だ。こんな事してられない。
船外モニターはとっくにブラックアウトしていて船内温度が上昇中。
大慌てでメインデッキの真下にあるドロップポッドへと身体を滑り込ませる。
『ドロップポッド射出します。
緊急情報。ドロップポッドにもダメージが発見されました』
「そう簡単にこの身体は死なないから、構わないから射出して。
熱で燃え尽きるのだけは避けないと」
『了解。
ドロップポッド射出』
プシュッという音と共にドロップポッドが船外に射出される。
窓から真っ赤になっている私のコルベットが見えた…。
あの船も私が貰えるはずだったのに、なんてこった…。
『ドロップポッド落下中。
落下地点を表示します』
目の前にドロップポッドの船外カメラから撮ったらしい地表画像が表示され真ん中にマーカーが表示される。
ドロップポッドの内部はまだマシだがポッドの船外温度は急速に上昇中で、このまま地面に激突すると面倒な事になりそう。
『姿勢制御不能、逆噴射バーニアはダメージの為動作不能』
って、ダメじゃん。
やっぱり墜落するじゃん。
「LM、私を射出できる?
外に出れさえすれば何とか出来るんだけど?」
『ドアの強制排除装置故障。
風圧の為、通常動力での開閉は不可能』
なんてこったい…。
『緊急情報。外的要因によりポッドの落下速度低下、姿勢安定』
なん…だと?
「何が起きてる?」
『不明。
地面まであと5,4』
「ちょっと、まってまって。
心の準備が」
『2、1。
激突に備えてください』
「わぁーーーーーーーー!」
激突の衝撃は本来よりはかなり減じられている様だけど、それでも地面に派手に激突し一回バウンドして再度激突したところで地面に突き刺さり、そのショックでハッチが壊れたのか開いた。
そして、私は勢いよく外に投げ出された。
どしんと尻をうち、顔から地面に突っ込んで実に無様。
「痛ったー。
もう、何なのよ一体…。
死ぬかと思ったわよ」
「もしや、勇者様でいらっしゃいますか?」
気が付けば、ファンタジー動画に出てくるような服装の老人が目の前に立ち、鎧を来たおじさん達数名が跪いていた。
この無様な姿を見られただと…。
ああ、恥ずかしい。穴が有ったら入りたいとはこの事か!
私はナノマシーンを起動して身繕いを整えると。
立ち上がって、老人に向かい合った。
「勇者…?
その様な者ではないと思いますが…。
何故、そう思ったのですか?」
老人は微笑むと語り出す。
「この国は魔族に侵略され大変な危機なのでございます。
魔族の大軍の前に国軍は負け続け、後は無く。
悲嘆にくれて神に助けを求めておったのでございます。
すると神から、この場所に助けが訪れるから迎えに行くように、との啓示が…。
これまで神から啓示を受けた事など、歴史の中でも数えるほど。
幻聴でも聞いたかと思いましたが、半信半疑、言われた場所に来たのでございます。
付近にキャンプを張り、待つこと二日。突然空に長い流れ星が流れ、その流れ星からさらに小さな流れ星がわかれ、それが今ここに落ちて来たのでございます。
隕石でも落ちたかと思い、様子を見に参ったのですが、この様に見た事も無い形の金属で出来た棺の扉が開き、貴方様が出て来たのでございます。
それで思ったのでございます。
あなたこそ、私達を救ってくださるお方。
勇者様であると」
なるほど、勇者が来るでは無く、誰かが来てその者が助けになると啓示を受けたと。
だから勇者だと思ったと。そういう訳か。
というか、まんまファンタジーなんですけど、大丈夫か私?
こんな感じで前設定を語り終わり、次回から本編です。