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月の輝き、求める希望

作者: 影迷彩

 寝起きに早速ギターのチューイングを終え、リプルという三十路のオッサンは窓の外を眺めながら弦を弾く。

 派手でエレクトロリックな音が室内に響き、リプルはギターを弾くと共に気分を高揚させていく。

 それが彼の1日の始まり、灰色の地表で真空な月にポツンと建った家で彼はハイテンションに目覚める。


 リプルの仕事は、月の居住区間を繋ぐレール、その間を通る配達ロボットの点検だ。


 「Mo-18、今日の配達はこれだけか?」


作業着姿のリプルはタブレット画面に表示された配達表をチェックし、目の前の鉄骨のようなロボットに尋ねる


 [yes! 全ての荷物が私達のメモリーに共有され記載しました]

 Mo-18が元気そうな返事をする。それは無機質なロボットに備え付けた機能であり、別にロボットの体調で返事に変化はない。

 仕事が多くても少なくても、ロボットの返事は変わらない。無表情と変わらない。


 「そっか。やけに少ねぇなぁ……誰も頼まねぇのか」


 [居住区にいる8割の人の依頼です]


 このリストの数でこれっぽっちか。リプルは2.3年前の輸送業の忙しさを懐かしく感じた。

 恐らく、全体の月の住人の数が、火星引っ越しによって減ったのだろう。


 「まぁ分かった。荷物確認するぞ」


 [yes! 今日も1日頑張りましょう]


 Mo-18の元気な返事には、リプルは気分が高まらない。窓の外の灰色と真っ黒の景色と同じく、リプルはいつもと変わらず惰性と無関心に仕事を進める。


 リプルは自宅に戻った。仕事は早々に終わり、することもないので早めに職場を出たのだった。


 「所詮、アルバイトじゃこんな感じか……まぁいい、ギターにこうして長く触れられる」


 ギターはリプルの宝物であり、彼が唯一生き甲斐という関心を向けられるものであった。ギターの音程はどんな気分にも奏でられ、哀愁漂う気分にも明日への活力にも変わる。

 リプルはふと窓の外に目を向けた。灰色の地表の向こうから、青と白の鮮やかな星が目に入る。弦から奏でる音楽が哀愁と活力を交えたテンションに変わり、リプルの心情とシンクロしていく。

 地球、リプルはそこに憧れを持っていた。汚れなきクリーンな月や火星の居住区よりも、様々な色がカオスという括りで虹のようにごった煮となった地球に住みたいと考えているのだ。


 「弾きたいなぁ、あそこの地面で、皆に俺の音楽を聞かせて……」


 この居住区でも時々コンサートは行っており、居住区内では中々有名になっている。

 しかし、居住区内で有名となって終わりだ。新たなファンも、興味を抱いてくれる人も居住区内ではもう現れない。

 リプルは寂しさを紛らわすように音楽を奏で続ける。彼にギターを与えたひい祖父曰く、昔は大通りの地べたに座り、誰かが見向きするまで音楽家は奏でてていたらしい。酸素空間に閉ざされたこの居住区に比べて、何と羨ましいことか。

 地球から離れたひい祖父の代、何故ここに居住を、未来への希望を求めたか? リプルには理解しがたいことであった。


 窓の外から地球が消え、リプル目線は室内に戻る。

 ふと目に入ったのは、地球から見たという月の写真。黄金色に輝く月の写真。

 

 「あの人達にはどう見え、どんな夢を持ってたんだか」


 リプルは一人で呟き、ギターを大事に抱き抱える。

 彼の目には、月は灰色の地表としか写らない。昔の人が神秘と美しさに憧れを持った月は、未来人の俺にはただの砂と真空の冷たさしか感じられない。

 

 「火星だって同じだろう。赤砂と氷と、最近出来た緑と……」


 火星移住は今ホットな話題だ。居住区が完成し、人々は新たな希望を見いだし開拓精神と共に月を離れて引っ越しする。

 リプルも火星という新たな生活を見いだせる星に、結構大きな希望がある。少なくとも、何もないこの月よりはマシだろう。

 何もないと思うと、リプルはフッと小さく笑った。直に月自体が田舎扱いされるだろう。俺はこのまま月に残っていいのだろうか。


 リプルはバイト先に退職届を出した。認可され、リプルは作業着に別れの思いを抱きながらロッカーに仕舞い終え、元職場を離れようとする。


 [リプルさん、お疲れ様でした!]

 

 Mo-18の元気な音声が、リプルの背中を見送った。


 「んじゃ、お前も故障するなよ」


 「リプルさん、どこへ行かれますか?」


 「うーん……新天地だ」


 [分かりました、お元気で!]


 こちらにエールを送り振ってるサブアームに、リプルはこのときだけ元気づけられた。


 纏まった金はある。地球か火星かどちらに向かおうか。

 どちらに行っても、案外月での退屈な景色と変わらなく感じるだろう。そして黄金に輝く月を眺め、暮らしやすさへの懐かしみを抱くかも知れない。


 「何はともあれ、歩いてみるか」


 リプルはギターケースを抱え、居住区間のレールを通る。空港に向かう足取りの中、リプルの気分は、未来への不確定な希望に高揚していた。

 今ようやく、リプルは昔の人の、月への思いが理解できたような気がした。

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