初めての実戦
ガダルカナル基地を八機のハインケルが離陸したのは、午前九時過ぎだった。
一糸乱れず離陸が果たせるほど、南十字義勇軍のパイロット達の技量は上がっていた。もう最新鋭戦闘機の高性能に振り回されることもない。
地上では全隊員が祈る気持ちでこれを見送っていた。
中でも一番の心配の表情を浮かべているのは、きよ子だった。
「お蝶、無理しないで…」
彼女の担当である空中無線室は、滑走路を一望できる場所にある。彼女のために専用スロープがそこまで作られている。スピードスタージャクリーンの世界記録も見守ったここには、ありとあらゆる観測機材も置かれていた。
そのきよ子の横に、今日はキクと木部も居た。二人ともすぐ飛び出せるように飛行服姿だ。
「大丈夫だよ長山君、馬淵君は強い」
木部がきよ子の肩に手を置いて言った。
「マリーも一緒だし、隊長もベアテちゃんも居る。絶対大丈夫よ」
キクが自分に言い聞かせるように言った。
操縦桿を握る蝶子は正直緊張でガチガチだった。それでも、しっかりマリーの機と編隊位置を取り、右前方のハンナとベアテの二機に的確に追従している。
「こちらミューズ、全機無線は地上で確認したから問題ないわね。ピストでブリーフィングした通り、オブジェクトは恐らく飛行機に過剰反応します。ですから間違いなく飛来し、交戦状態に陥ると覚悟してください」
一同が了解の意味でバンクした。
「この作戦の主役は海上の輸送船での観測です。私たちは言ってみれば餌、囮ですから、無理にオブジェクトの撃破に固執しない。これを忘れないように。無理に突っ込んで被害を受けるのだけは避けて、一昨日も言ったけどこの戦闘機は決戦兵器じゃないのよ、あなた達には来るべき日まで生き残る義務がある。南十字義勇軍のモットーは、しぶとく生き残る。忘れないでよ!」
ハンナはそう言うと、密閉式のキャノピーを敢えて開き、そこから左手を突き出すと、人差し指を突き出して見せた。
必ず戻る、その意味の篭った指サインだ。
他の七人のパイロット達も、彼女に倣い手を突き上げ人さし指を立てた。
「さあ、奴らの周回圏に突入よ」
八機のハインケルは、訓練空域を通り越し、国際連盟が危険水域に指定しているエリアの上空に到達した。
そこに先行していた輸送船一号艦、通称アインからの無線が入った。
「観測隊のパットンだ。現在まだオブジェクトは確認できていない」
「了解、オッペンハイマー博士から要請のあった各種の観測準備は終わったのかしらジョージ?」
ハンナが聞きと、すぐにパットンが返事した。
「先ほど完了したよ。奴らが来ても無理はするなよ、ミス・ハンナ」
「まあ、やれるだけやって逃げます。では、そちらも頑張って」
無線を切ったハンナは亀裂の方向を睨む。まだこの位置からだと、亀裂は小さくしか見えない。
「あの仮説が正しければ、来るのは一機多くて二機…」
ハンナはごくりと唾を飲んだ。
ドイツでは、二度の海戦の状況を分析し、ある仮説を現場に居る南十字義勇軍に寄越した。
それは、オブジェクトにとって重要なのは自身の危険に対する排除行動であり、それがつまり戦闘行為にあたり、その危険度に応じて反撃の規模や火力が変化しているというものだった。
現在オブジェクトが最も危険視しているのが、飛行機を多数乗せた航空母艦。次が航空機というのが、V計画の科学者たちの意見であった。
なら一度に大量の航空機を飛ばし、オブジェクトの影響圏を飛ぶのは危険だ。彼らは全力でこれを潰しに出てくると思われる。それがつまり、第一次ソロモン海戦からの戦訓。
第二次ソロモン海戦では、戦闘機隊を小規模に絞ったが海上には戦艦が突出したから三機のオブジェクトが飛来したと予想できる。この第一次海戦とのオブジェクトの飛来数の差で、戦艦部隊はオブジェクトから見ると航空機以下の戦力と見積もられたのだと推測された。
戦闘機がオブジェクト一機を撃破したことで、その戦闘行動パターンが変化したのは、オブジェクトの中での危険度が跳ね上がり、航空機とその母艦への徹底排除が選択されたと推理された。
おそらくそこに感情は無く、計算に基づく行動だ。ドイツの物理学者リーフェン教授がそう意見を添えてきていた。
今回のアメリカからの要請で行う作戦にあたり、ハンナが出撃機数を絞ったのはこうした理由に基づいていた。
四機か八機、その数を巡って議論が起きたので会議が三十分もかかったのだ。
ハンナの判断では、四機では全滅の可能性が高いが、八機なら反撃である程度の観測時間と脱出の時間的余裕が稼げると踏んでいた。そこで、オブジェクトの出方を探る、つまり一機来るか二機来るかを見極めたいという意見も踏まえ、最終的に八機に議論はまとまった。
そしてハンナたちはついに輸送船を視界にとらえる位置まで前進した。
この時、蝶子ははっきり感じた。彼女がマイクに叫ぶのとまったく同時にジャッキーも叫んでいた。
「来ます!」
「近くに居る!」
直感としか言い表せない。
だが、その時上空に居た八人のうち六人がはっきりそれを感じていたのだ。
「全周警戒!」
ハンナの指示が飛んだ。
その時、マリーがはっとして視線を動かし、それを見つけた。
オブジェクトは太陽の中に居た。
「この前の訓練と同じ! 目標太陽の中です!」
ハンナもすぐに相手を確認していた。
「一機だけ。でも、他に居ないという保証はないわね」
「やるしかないでしょミューズ、シュバルムを割りましょう」
ビクターが言った。
「了解ティーカップ、アーステル小隊左にブレーク。ミューズ小隊私に続いて!」
ハンナとベアテ、マリーと蝶子は一気に高度を上げ始めた。
その間にワーグナー兄弟とビクター、ジャッキーは旋回で万一もう一機が襲来した場合に備える。
「向うに先手取らせないように、状況をよく見て」
ハンナが指示を出す。
真っすぐ突進してきたオブジェクトは、ハンナ達四機の手前で直角に進路を変えた。
始めてこの動きを見た一同は、正直面喰ったが、これまでに日英の戦闘機隊が撮影したガンカメラの映像を穴が開く程見てきたので、操縦にその影響が出る事は無かった。
「微妙に位置をずらして正面攻撃するわ、シェールのロッテは右からお願い」
ハンナの指示で、急角度で進路を変えるオブジェクトに頭を押さえるよう何とか機首を翻した四機は、微妙に攻撃ポジションをずらし、両翼の十三ミリ機銃と機首上の七・六二ミリ機銃の照準をオブジェクトが転進するだろう予想位置に振った。
ハンナは、勘だけを頼りにカウントをすると命令を下した。
「一斉に撃て!」
この時、オブジェクトの動きは明らかに過去の戦闘のそれと違っていたのだが、これが初陣のハンナ達にはその違いが判らなかった。
ただ結果が目の前に現れただけ。
四機の戦闘機が放った機銃弾のうち、少なくとも十発以上がオブジェクトに命中し黒い破片を空に散らしたのだ。
「当たった…」
ベアテが呆気にとられた顔で呟いた。そんなに簡単に命中弾が出せると思っていなかったのだ。
それは他の者も同じだった。
あまりに容易に出た命中弾に誰もが目を疑った。
「ブロック切り離したわ!」
マリーが落ち着いて報告する。
「反撃来るよ、ブレーク!」
ハンナの指示が出て、フットバーを四人が踏んだ瞬間、確かにオブジェクトは光線を放った。
だが、それは彼女たちと全くかけ離れた位置に向け突き進んだ。
「え?」
ハンナがそれに気付き振り返った時、無線機に叫び声が届いた。
「こちらアーステル被弾した! 発動機をやられた脱出する!」
「ツヴァイテル被弾! 主翼をやられた、操縦不能脱出する!」
なんと、オブジェクトは遥か離れた位置に居たワーグナー兄弟の機体を攻撃したのだ。
「どういう事なの?」
目の前で二機の仲間が撃破され、茫然とするビクターにジャッキーが叫んだ。
「ジャギュアよりティーカップへ、僚機がロストしたんだから、うちら離脱しないと! それとミューズ小隊、オブジェクトの機動に一定の特徴を発見、反転直前に下側ブロックに振動が見えてる! 目安にして! 本当に微かです見逃さないで! 健闘を祈ります!」
この戦闘で、ハンナ以上に度胸が据わっていたのがジャッキーだという事実にこの時全員が気付いた。
ハンナは慌てて無線に叫ぶ。
「輸送船アイン、脱出した二人の救出を要請。ジャギュア的確なアドバイスありがとう! 帰ったらご褒美ものよジャッキー!」
「そんな事より敵です、後はよろしくミューズ! 残りブロック4、敵の戦闘力は全く落ちていません」
実戦の場で頭角を現す、ジャッキーはまさにそのタイプの人間であった。
輸送船からも返答が飛ぶ。
「救出は引き受けた。二個のパラシュートを確認、着水点は近い。オブジェクトへの観測は終了している、全機脱出してかまわんぞハンナ!」
パットンの声が響いた。
「了解、でもティーカップロッテの脱出を優先させます。もう一度攻撃してそのまま全速で基地へ逃げましょう」
ハンナの指示で、四機は態勢を立て直し、再度オブジェクトの進路に立ちはだかった。その間にビクターとジャッキーはぐっと高度を下げガダルカナル基地へ向かう。
「同じ手は通じないと考えるべき…」
ハンナは頭を巡らせ、すぐに指示を出す。
「ロッテ単位で連携攻撃します。動く方向は勘に頼るしかない。私たちは上に、シェールたちは下に、もし左右に飛ばれたら、そのまま突破して遁走します」
「シェール了解」
「パピヨン了解」
オブジェクトに正対位置に入ると、四機は一斉にスロットルを開きオブジェクトとの距離を詰めた。
ハンナは相手を睨む。そして、ジャッキーが指摘した兆候を自分の目で確かめた。
オブジェクトの最下部のブロックが細かく揺れた。
「動く!」
瞬間的にハンナは操縦桿を引く、何も言わなくてもベアテは追従する。ハンナの動きはすべて彼女に読めているのだ。
ほぼ同時にマリーと蝶子も操縦桿を押していた。
上下に別れたハインケル、そしてオブジェクトも動いた。
オブジェクトは下に移動した。
「行きます!」
マリーが叫び、目の前に飛び込んできたオブジェクト目掛けトリガーを引く。
半呼吸の間をおいて、少しずれた位置から蝶子も発砲する。
またしてもオブジェクトが破片を散らした、命中弾多数、二人が放った銃弾はオブジェクトを的確に捉えていた。
黑い飛沫を散らしながらオブジェクトがブロックを分離した瞬間、四人は感じた。
攻撃が来る!
直感が運動神経に勝手に作用した。
四人は同時に操縦桿を動かしていた。
その瞬間に、オブジェクトは四本の光線を放った。のだが…
「遠い…」
一瞬で駆け抜けた光線の輝跡をハンナは見切った。だが、それは四人のハインケルの元居た位置からもかなり離れていたのだ。避けずとも命中はしなかった…
何かがおかしい。
ハンナは感じたが、それを今ここで検証するのは無謀すぎる。
彼女は叫んだ。
「全速で退避!」
こうして南十字義勇軍の初陣は、敵オブジェクトのブロック二個分離、被弾損失二機、脱出二名含め全員生還という結果に終わった。
そして、この戦いこそが、彼女たちが対オブジェクト戦闘におけるもっとも重要な要素になる事が判明する端緒となったのだった。
戦闘はまだ長く続く、その中でこの日の戦闘が光明なのだと判るには少し時間が必要だったが、その結果は確実に海上に居た輸送船の甲板で記録されていた。
この時、空の状況をずっと見ていた観測隊員の一人ベッゲナー工学博士は、もう一つのオブジェクト攻略の大きな手掛かりを掴んでいた。
「なるほど、電磁波か…」
亀裂に向けて引き揚げていくオブジェクトを見ながら彼は呟いた。
人類が初めて、オブジェクトの解明に一歩踏み出した瞬間であった。
地球そのものの運命を賭けた戦いは、この日から事実上第二ラウンドを迎えるのだが、人類側はそれを認識するのに手間取る。
侵略者の正体を探るという作業は、まだ取り掛かったばかりなのだから仕方がなかった。
悪魔の海は、まだ人類の兵器を寄せ付けぬ海域であることに変わりはなかった。
そこに真理があると気付かぬ人類は、更に泥沼の戦いに引き込まれていくのであった。
そして、悪魔の海はより多くの血の代償を人類に要求するのであった。
第二部 ガダルカナル攻防戦に続く
作中に登場したキャラクターたちの殆どは実在人物です。
主要な女性たちの史実での経歴を簡単に説明しておきます。
「ハンナ・ライチェ」ドイツ人
眼科医である父とプロイセン貴族の血縁チロル貴族出身の母との間に一九一二年に生まれる。
医師を目指していたがアフリカなどで活躍する飛行機での往診を行うフライングドクターに憧れグライダーを習い始める、ここで飛行熱に取り付かれ医学校をやめ飛行学校に移り(ここで、V2号ロケット開発や後のアポロ計画で有名になるフォン・ブラウンと出会っている)操縦に専念し、世界記録を樹立する。
その卓越した能力によってドイツ空軍初の女性テストパイロットになり、スツーカやドルニエDo17など電撃戦で活躍する名機のテストを行った。人類初の回転翼機フォッケウルフ・アハゲリスの操縦を衆目の前で成功させたのも彼女で、さらには各種のジェット機やロケット機も操縦した。
その中には、無人の無誘導爆弾V1号ロケットに操縦席を取り付けた機体を操縦するなど、命知らずのエピソードも数多い。
ベルリンがソ連軍の包囲された時は、単身でシュトルヒSTOL機を孤立したベルリン市街に着陸させ相当官邸の地下に籠城するヒトラーを救助すべく官邸に乗り込んだが、ヒトラーはこれを拒んだ。総統と共に死を望んだ彼女はしかし、ヒトラーの命令で脱出し残った空軍を託される。奇跡的に強行着陸してきた練習機によって彼女は再び戦場を離脱したという驚くべきエピソードを持っている。
戦後は、十五月間の拘留生活の後、終戦で服毒自殺した家族を弔うと再びグライダー協議の世界にのめりこみ、数々の世界記録を樹立。ヘリコプター競技でも優勝するなど、ずっと第一線で空に拘り続けた。
「ベアテ・ケーストリン」ドイツ人
この苗字ではピンとこない人も多いだろう。彼女の結婚後の苗字でのほうが世界的有名人である。
東プロイセン生まれの彼女は、十九歳で飛行機免許を取ると卓越した飛行技術で、瞬く間に曲技飛行の才能を開花。一九三〇年代ドイツでは唯一の女性スタント飛行パイロットとして活躍し、やがてドイツ空軍テストパイロットになる。そこで出会ったパイロットハンス・ユルゲン・ウーゼに見初められ激しいアタックを受け、ついにこれを受け入れた。しかし、その結婚はハンスが戦場に向かう僅か四時間前という慌ただしい物だった。
ベアテ・ウーゼは夫の出征後、一時引きこもりになるが、ドイツ空軍の輸送部隊で操縦桿を握り、数多くの機体を最前線まで運ぶ仕事に従事した。終戦間際にはジェット機も操縦した。
夫は一九四三年に戦死したが、ドイツ空軍はベアテの操縦技術を必要であるとして、乳飲み子を預ける乳母を政府があてがい、彼女は終戦まで飛び続けた。
彼女を世界的に有名にしたのは、戦後彼女が起こしたアダルトグッズの会社である。
世界で最初に証券所に上場したアダルトグッズ会社が彼女の会社だったのだ!
彼女の博物館が存在するが、その大半の展示物は…未成年者には見せられない代物である。
「ジャッキー・ソローン」南アフリカ人
彼女も結婚後の名前の方が有名である。ヨハネスブルグ生まれの彼女は、十七歳で飛行免許を取ると職業ライセンスであるBライセンス取得のためにイギリスに渡った。そこで、ライセンス取得に必要なスキルをイギリス空軍の援助に頼った。
訓練が最終段階になったところでイギリスは第二次世界大戦に入った。彼女は、他の女性パイロットと共に英国王立空軍に入隊、輸送パイロットとして数多くの戦闘機を遥か北アフリカまで空輸する過酷な任務をこなしてみせた。
戦後は念願かなって南アフリカ初の女性職業パイロットとなり、民間航空会社BOACなどの機長として、世界中を飛び回った。
結婚後の姓はマグリッジ。彼女がジャッキー・マグリッジとして書いた自叙伝「スピットファイアーガール」は英国でベストセラーとなった。
「馬淵蝶子」日本人
正式には戸籍では、馬淵テフ子である。作中にある通り、長山いく子と女学校の同級生で陸軍の航空機試乗から空に憧れ、長山と共に飛行免許を取得した。松本キクと満州までの飛行を競ったのも史実通りである。
身長が百六十八センチもあるので日本人女性として当時から規格外扱いされてきたが、長山が半身不随になってからは戦争で飛行不能になった事もあり、教師として仕事をしながら終生長山の身の回りの面倒を見るという生活を送った。
「松本キク」日本人
彼女も世間的には結婚後の姓でよく知られている。
馬淵と争い勝利しハーモントロフィーを獲得した彼女は、まさに日本人女性パイロットの誉れだった。しかし、他の女性パイロット同様に翼を奪われると、満州開拓団に入りそこで結婚、西崎キクとなった。世間的にはこの西崎姓で彼女は知られている。
開拓団では農業の科学的改革を実践し、戦後内地に戻ってからも農学校などで土壌改良の研究に従事した。
キクは日本人女性最初の水上機操縦免許取得者であったが、彼女は水上機の方が陸上機より操縦を難しいのを知らず先にこれを取得したという。しかしこれが彼女の身を助け、津軽海峡でエンジン故障で不時着を試みるとき、水上機着水の要領で陸上機を不時着水させ無傷で救助されている。
戦後彼女は操縦桿を握らなかったが、日本婦人飛行協会には協力を続けた。
「木部しげの」日本人
まさにLGBTの先駆者というべき女性パイロット。馬淵や松本より先に飛行免許を取得していたが、彼女らと一緒に飛ぶ機会は多かった。
とにかく常に男装で、彼女のプロマイドが浅草で売られると、あっと今に売り切れたというくらい人気があった。
しかし、街中で数人の女性と手をつなぎ歩いたり。女性の愛人をかこい、女中として同居しているという話がゴシップ新聞に載り、いろいろ日本に住みにくくなったのか、中国に移りタクシー会社の経営に乗り出したが戦争によりガソリンの入手が難しくなり会社を売却、その後北京でグライダー学校を開設した。
自分が操縦できなくても操縦熱はおさまらず、戦後ようやく飛行が解禁されると率先して操縦桿を握り、日本婦人飛行協会の設立に携わった。
婦人協会の置かれた羽田空港が、国際空港となると事務所に常駐し、ここで見学者への解説業務を長く務めた。その颯爽とした姿は老いてなお凛として見学者の目を引いていたという。
「上仲鈴子」日本人
馬淵や松本と同時期の天才女性パイロットである。二等免許を女性として当時最速で取得したほどの技量で、試験に落ちた長山は彼女によく操縦のアドバイスを受けていた。
しかし、それが仇となった。鈴子の郷里である岐阜への郷土訪問飛行に長山がどうしても同乗したいと申し出て、その熱意に負けて許可してしまったが、その飛行で墜落事故を起こし長山いく子を半身不随に追い込んでしまったのだ。
その責任を感じた上仲は、操縦をきっぱりやめて長年習っていた三味線の師匠として生活を再スタートさせた。彼女の生活は、日本舞踊の西川流の師匠福崎によって支えられ、数多くの弟子を持つことになった。
上仲の操縦士への復帰を木部は長く説いたと言うが、それはついに叶わなかった。その思いをせめて作中でかなえてやりたいと思った次第である。
「マリー・ヒルズ」フランス人
フランス語ではHは発音しないので、正確には姓はイルズと発音するが、世界的にはヒルズ嬢で通っておる。
フランス人女性パイロットとしては夭逝したレジヨン・ド・ヌール受賞者エレナ・プーシェの方が有名で霞んでしまっているが、高高度飛行の世界記録に挑み続けた彼女も間違いなく天才であった。
彼女が女性として刻んだ高度一万五千を超えた世界は、それが記録された当時のレシプロエンジンの半密閉式でしかない機体を考えると驚異的な記録だ。
二度にわたる日本訪問飛行も、長距離飛行の記録としては異例ともいえるもので、マリーは本当に日本の虜になったようである。
二度目の訪日の時は、何人かの日本人を同乗させ日本遊覧飛行を行っているが、馬淵はその時一緒に飛んでいる。
とても陽気で人気があり、フランスでは大変人気のある女性であった。
「ジャクリーン・コクラン」アメリカ人
実業家から飛行家、そしてアメリカ空軍士官という異色な経歴を持つヤンキー娘である。
若い頃からおしゃれが大好きで、十九歳で起業してアクセサリー店で成功を収め億万長者になり、飛行学校に通い出し、そこでスピード熱に取り付かれた。
彼女の活躍に目を付けたアメリカ空軍が援助を申し出、その結果女性としての世界最高速度記録を樹立したが、その熱は冷めることなくレースに挑み続けた。
戦争中はアメリカ陸軍航空隊に所属、戦場までの輸送任務を行い、B17爆撃機をイギリスまで運ぶ任務なども経験した。
戦後はジェット機の操縦を行い、ついにアメリカ人女性として初めて超音速飛行を記録した。
退役時は空軍中佐(アメリカ空軍は一九四五年に陸軍航空隊から分離する形で設立されジャクリーンもこちらに移籍した)、彼女に憧れアメリカ空軍パイロットになった女性は数知れない。
彼女たちの他に、ポーランド軍のオシチェシコ隊は、実際にはドイツに攻められた際に空軍司令官命令で最後の作戦任務でフランスへの飛行亡命を命じられたパイロット達が、そのままフランスからイギリスまで逃れ、バトルオブブリテンの際に編成された亡命ポーランド人部隊が名乗った名前で、作中にある通り対ソ戦争の栄光ある部隊の名前で、英空軍もその経緯を尊重しオリジナルの部隊番号である406をスコードロンナンバーとして与えました。
この部隊は、バトルオブブリテンにおける対ドイツ軍機撃墜数で英空軍全部隊中トップの記録を保持するまさにスーパーエリート部隊でした。スカルスキ大尉はポーランド人として初めて英空軍飛行隊の隊長になったポーランド人で第三代のオシチェシコ隊長になります。その前は英国人でしたが、やはり意思疎通が出来ず彼のもとで部隊は真価を発揮したと言えます。
しかし、彼ら多くのエースたちは援護のポーランドがソビエト影響下で独立した為に祖国に戻れませんでした。
現在真の独立を果たしたポーラのでは、彼らの栄光を讃え、戦功章を追賞したうえ記念碑を作りました。
先年には彼らを讃え、英国と共同で映画も作られ公開されています(残念ながら日本では限定公開でしたが)
なお、作中でガダルカナル基地を作っている会社はマンハッタン計画でロスアラモス実験場を秘密裏に作り上げた土木会社です。




