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出撃、南十字義勇軍飛行隊

 その日、本来なら行うはずだった訓練の中止が南十字義勇軍飛行隊のパイロット達に朝一番で知らされた。

「何かあったみたいね」

 エミーが司令部前に貼り出された報せを見て、英連邦所属の女性パイロット達、つまりビクター指揮下のA中隊のメンバーに言った。

 ちなみにビクターの中隊、男性は一人も居ない。結局英国からの女性参加者がビクターを入れて六名になったので、英連邦出身の女性がちょうど十二名になったのだ。英連邦出身のただ一人の男性である豪州人の航空会社の定期便パイロットを辞して参加したジャック・ケインは、ジャクリーンのB中隊に所属した。

 ちなみにB中隊の男性は三人だけ。残る二人はブラジル人のフォッセとフィンランド人カコネンだ。

「あなたはどう思う、クリス」

 エミーに訊かれたのは、スコットランドから来た英国貴族の血を引くクリス・ハーマイン・アーチボルト。まだ二十二歳のダークブロンドの娘だった。

「やはり例の電波による監視がどうとかと関係あると思うのよね」

 カレッジで工学を学んでいたクリスが言ったのは、二日前に行われた会議でハンナが全員に発表した、オブジェクトの行動に関する発見の報告で導きだされた推論についてであった。

「あたいには、よく判らなかったけど、オブジェクトは結局目で見て敵を判断してないってやつの事ですよね?」

 ジャッキーがクリスに訊いた。

「ええ、そうよ。でも、訓練を中止するってことは、ハンナ隊長は何か行動を起こすつもりってことなのかしら」

 クリスが言うと。オーストラリアから参加した三人の女性パイロットのうち最年長のマーサ・メイが言った。

「ビクター中隊長は、朝一番でハンナ隊長の宿舎に入って行ったわよ、カレンが見たって」

 すぐ横に立った小柄なカレン・サリュートが頷いた。この二人は、農場に種や肥料を撒く飛行会社のパイロットで豪州東部を転々と飛んでまわっていた仲間だ。もう一人の豪州人女性サリー・マーカスは郵便飛行パイロットを辞しての参加だった。

「そう言えば、スピードスター中隊長もさっき入っていきましたね、ハンナさんの宿舎」

 ニュージーランドから参加した二人の姉妹、エミリーとウィルマ・ハッチンソンのうち姉のエミリーが言った。

「どうやら本当に何か作戦を起こすみたいね。ほら、マリーさんも来たわ」

 英国人女性パイロットで一番背の高いスージー・ブライトンが言った。

 マリー・ヒルズはA中隊の面々に軽く手を振ってハンナの部屋に消えていった。

 すると、そこに日本人女性パイロット達ときよ子もやって来た。

「おはよう、A中隊の素敵なレディーたち」

 木部が投げキッスをしながら言った。

「じゃあ、私は呼ばれているから」

 長山きよ子が、そう言って自分で車椅子の車輪を漕いでハンナの部屋に入って行った。

 エミーが、蝶子に訊いた。

「お蝶、あなた何か聞いているんじゃなくて指揮官たちがハンナさんの所に集められてる件について」

 蝶子が頷いた。

「きよ子に簡単には聞いたわ。今日、飛行隊で亀裂に強行偵察を行うらしいわ」

 一同が急に騒然となった。

「それ、オブジェクト確実に出て来るんじゃないの?」

「実戦が不可避じゃない!」

 皆が目を丸くした。

「も、もし、それ本当なら、誰が行くことになるの? どの中隊?」

 B中隊のスペインからアイルランドに亡命していたアマンダ・ファレーニャが周りを見ながら誰にともなく聞いた。元スペイン海軍の観測飛行兵だったが、革命で国を捨てた一人だ。

「それを決めるために行ってるんでしょ、みんな」

 答えたのは、B中隊最年長のオランダ人アリー・クリンスマン。オランダ人女性飛行家で唯一職業飛行ライセンス、つまりイギリスのランクBに相当する上級ライセンスを持っている人間だ。

「だけど、偵察でしょ。一個中隊丸ごと行くのかな?」

 チェコから来たリリアン・シュメダが首を傾げながら言った。彼女は、チェコの航空機メーカーのアビア社でテストパイロットをやっていた。だから軍用機の操縦にも慣れていた。

「たぶん選抜になると思うわ、隊長は慎重だから」

 キクが言った。

 一同が納得の頷きを見せた。

 この頃になって、ようやく男性パイロット達もぞろぞろと司令部前にやって来た。

 その一団にひときわ小柄なベアテも混じっている。

「もう全員揃ってるじゃない。テオドールさん手間取りすぎ」

 ベアテが隣のテオドールに文句を言った。

「何故全員で宿舎の前で待ってたんですか? ヴェルナーさんでもフォッセさんでも、皆さんを先に引っ張って行ってくれていいんですよ」

 テオドールが、まだ寝癖の直しきれてない頭に片手をあてながら言った。

「男性は結束が強いのです。諦めなされ」

 フォッセが自慢の髭を捻りながら言った。

「いや、私別に男じゃないけど」

 ベアテがフォッセを見上げながら言った。

「ベアテお嬢さんは、テオドール君のお目付け役ですから別格ですな。隊長から言い付けられてるのでしょう、悪さをしないように見張れと」

「あ、知ってたんだ」

 ベアテの返事を聞いて、テオドールがぶっと吹き出した。

「それ本当だったのベアテ君?」

 目を丸くするテオドールに、ベアテはちろっと舌を出し肩を竦めて見せた。

「知らぬは当人ばかりなりか」

 男性パイロット達がどっと笑った。

「副司令官が最後ですかね、ミーティングの出席者」

 木部がテオドールに聞いた。

「あ、もう中隊長全員集まってましたか」

 テオドールが明らかに慌てた感じで言った。

 そのわき腹をベアテが肘で小突いた。

「ほら見なさい」

「すいません皆さん、では行ってきます」

 小走りするテオドールの背に、レーヒスが声をかけた。

「我々は誰が選ばれても文句は言わない。戦場では技量と運にすべてが掛かる。君は隊長の選択をしっかり吟味してくれよ」

 テオドールは片手を振って応えハンナの部屋に消えた。

「皆さんも、今日の強行偵察に関しての話を聞きましたの?」

 蝶子が男性陣に聞いた。

「昨夜深夜にアメリカから何か情報が来たそうで、基地司令部では何かひと騒ぎあったらしい。それを受けての出撃になる模様だ」

 ハルトマンが頷きながら答えた。

「そう言えば、ロンメルさんとパットンさん、夜明けに車飛ばして何処かに向かってましたわね」

 ハンガリー人のレオスク・エリザベートが言った。ハンガリーでは日本と同じく名字が先なので、ファーストネームはエリザベートだ。

「陸上部隊との連携作戦ですかね?」

 若いマルセイユが首を傾げた。軍事的知識はまだ足りていない、その過程に進む前に南十字義勇軍に引き抜かれたからだ。

「内容は教えてくれたら判る事。あたしたちの興味は、誰が戦場一番乗りに加わるか、そこよ」

 クロアチア人のミナ・ケルビッチが両拳を握りしめて言った。

 確かにそれが、その場の全員の興味であった。

 会議は、およそ三十分ほど続いた。


 やがてハンナの部屋から緊張した顔で指揮官たちが出てきた。

「全員揃ってるみたいね」

 ずっと立ったまま待っていた一同を見回し、ハンナが言った。

 一同は唾を飲み彼女を見つめた。

「もうどうせ話は知れ渡っているんでしょ、概略だけ説明するわ。その場で聞いて」

 ハンナは、そこで一呼吸おいて説明を始めた。

「これから、八機を選抜し亀裂方向に強行偵察飛行をします。これは、アメリカの対亀裂破壊作戦担当のチームからの要請に基づく正規作戦行動です。実戦を想定しています。ですから、メンバーの選定には慎重を期しましたが、基本的にロッテを崩さないという方針でしたので、技量よりロッテの相性を重視して選考しました。この作戦は、地上部隊との連動になります。すでに高速輸送船は、北東方面の海域に出港しています。偵察隊はこの上空に向かうことになります。これは、説明するまでもなくオブジェクトの常時周回圏内部です」

 一同は無言でハンナを見つめた。

 ついに義勇軍が実戦に臨む瞬間が訪れたのだ。緊張しない筈がない。

「では、メンバーを指名します。呼ばれたメンバーは、すぐにフライトの準備に取り掛かって。一番機は私、だからロッテはベアテ」

 ベアテがカチッと踵を合わせ敬礼をした。

「三番機はマリー、ロッテは蝶子」

 蝶子も慌てて敬礼する。

「五番機ワーグナー長兄、ロッテは次男君」

 ワーグナー三兄弟の上二人が敬礼をする、その背中に末っ子のカールが小さく頑張ってと言葉を送った。

「七番機、少し揉めたんだけどビクター、ロッテはジャッキー」

 そうなのだ、A中隊の中隊長の相棒は、何故かジャッキーなのだ。これは、A中隊全体での相性を見る選考で彼女が一番ビクターの飛行に適性が似ていたからだった。

 ジャッキは一度飛び上がってから敬礼をした。

「ごめんよアイリーン、あたし落とされちゃったわ」

 スピードスターが、自分のロッテのカナダ人パイロットアイリーン・メリナに言った。

 アイリーンは肩を竦めて言った。

「次がありますわよ社長さん」

 ハンナがパンと両手を叩いた。

「さあ指名された人はすぐに飛行準備、そして、残った全員も臨戦態勢で地上待機! 救援要請があったらすぐに飛べる状態で待機して。救援が必要になった場合の部隊の編成はテオドールが編んでいるから」

 一同が頷いた。

「さあ、いよいよ実戦よ! 総員かかれ!」

 パイロットたちは一斉に駆けだした。


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