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マキラに立つ。

 日本陸軍の輸送機によって伊丹監督を中心としたオブジェクト撮影隊がラバウルの到着したのは六日前、それから先の行程は文字通り悪戦苦闘の連続だった。

 というのも、オブジェクトの出現する亀裂直下の島マキラに接近するのに、海軍の飛行艇に便乗しサンタイザベルまではどうにかスムーズに移動できたのだが、そこからなんと小型の舟艇での移動が始まったのである。

 これは、日本陸軍が中国戦線でも使用していた発動艇という上陸作戦に使用する箱型の船で、まあ人間なら二十人以上、小型のトラックか装甲車が積める大きさであった。

 しかしこの舟艇、いわゆる平底船であるから、海を長い距離移動するのにはまったく適していない。

 なんとこれを操船する要員を含め、全員が初日の昼過ぎには船酔いに襲われるという事態に陥っていた。

 とにかく野営で上陸しても、皆食欲は無いし、立っているのもままならず、それでも先に進まねばならないからとにかく休養したら船を出し給油や野営で上陸するとぶっ倒れる、これを繰り返しようやく五日目にマラマシケ島のサウペイーン湾に到達した。

 ここから海峡を越えれば、そこは目指すマキラ島だ。

 今まさに彼らは決死の思いで最後の海峡を渡っていた。

「この付近は既にオブジェクトが日常的に飛行しているそうだ。亀裂もしっかり見えている。カメラはもう回し始めていいだろう」

 伊丹が、もう吐くものもなくなって久しい腹をさすりながら言った。

「念のためだ、陸軍さん間違っても武器は出さないでくれよ」

 黒澤が護衛の兵士たちに釘を刺した。

 オブジェクトは非武装船を攻撃していない。だから、絶対に敵意を向けるなと出発前に調査隊は口酸っぱく言われていた。

「判ってる、上陸した後も交戦を避けるよう指示されてるからな」

 護衛の一個分隊を率いているのは、下士官から将校になった所謂幹部学校上がりの叩き上げ士官だった。中国戦線で夏まで闘っていたという中尉の名前は、中田義治と言った。

「誰のカメラで行きますか?」

 黒澤が聞くと、東宝社員の久留間が手を上げた。

「私が一番船酔いが軽そうだ、陸に着くまでは引き受ける。その先の撮影拠点では、先輩方に主役をお任せしますよ」

 残り二人のカメラマンが両手を合わせすまんと呟く。

 ピッチングを繰り返す船の上で三脚を組み立て、重いカメラを据え付けると久留間はフィルムを回し始めた。

「回し放題なんて贅沢の極みだぜ」

 彼の呟きに黒澤も頷く。船にはびっくりするほど大量のフィルムが積み込まれていた。通常の映画撮影では考えられない量である。

「まったくだ。これが商業映画なら、傑作な画が山ほど撮れそうだ」

 すると伊丹が言った。

「商業映画じゃなくても傑作は撮れる。俺は、ここで世界史に残る傑作映画を撮るつもりだぞ」

 黒澤は舌を巻いた。

 伊丹監督は、この命がけの任務で一本の「作品」を撮りあげるつもりで乗り込んできている。大したというか呆れたというか、根っからの映画馬鹿だ。まあ自分も大差ないからここに居るのかと、黒澤は内心苦笑した、

 カメラは亀裂の記録を撮り始めた。

 この後、延べ一か月以上もカメラを回し続けた彼らの記録は、その後の対オブジェクト及び対亀裂への攻撃作戦にとって、とても大事な資料となる。彼らは、とてつもく重要な決定的瞬間をカメラに収めることになるのだ。

 だが、その瞬間を迎える前に、とにかく島に到達したいという思いばかりが一行の頭を支配しているのが現状だった。

 船はあまりにも揺れすぎていた。


 これより一日前、イギリス軍の調査隊はマキラ島への上陸を成功させていた。

 イギリス陸空軍は危険を最小限に押さえる為、海軍に協力を申し込み、潜水艦によって島の近海まで接近し、ここでゴムボートを使い深夜に上陸を決行したのだ。

 この付近は、サンゴ礁が発達しており、潜水艦の島の海岸への接近はかなり危険なのだが、それでもサンゴ礁のギリギリまで接近しゴムボートを送り出したので、島にはそれぞれのチームは一時間程度のオール漕ぎで到達することが出来た。

「かなり遠いな」

 夜明けに亀裂を仰ぎ見たウィンゲート大佐は舌打ちしながら言った。

「大きいので実際の距離を見誤りそうです。位置的には島の中央よりやや南ですね、あれは」

 三個のチームのうちの一個の指揮と護衛を受け持つホーバート大尉が言った。

「一番東に回るのはフロスト隊か、かなり悪路みたいだが覚悟できてるな」

 三個目のチームを率いるフロスト大尉が頷いた。

「密林は初めてですが、空挺隊の訓練で山越えは年中やってます。移動が困難なのは十分承知してますよ」

 ウィンゲートが頷いた。

「ああ、こりゃあ厄介な作戦だ。敵は空の上じゃねえ。暑さと湿気、そして…」

 ウィンゲートが腕にとまった蚊を平手で叩いてから言った。

「伝染病だ。マラリアとデング熱、とにかくこれにやられないように要注意だ」

 そこで彼は電子機材を点検している技術兵たちに視線を向け言った。

「いいな、俺たちは蚊の攻撃からはお前さんたちを守れないんだ、そこだけはしっかりしてくれよ空軍兵さんたちよ」

 空軍側の観測班をまとめるスイフト少佐が両手を上げながら答えた。

「虫を防ぐ方法は、シンガポールの駐留部隊の士官と豪州軍からもげっぷが出るほどレクチャーされた。大丈夫だ」

「その言葉信じるから、もし熱出してぶっ倒れたら自己責任で何とかしろよ」

 空軍の兵士たちは、顔を見合わせたが、すぐに機材の再梱包に取りっかかった。上陸して無事を確認できた機材は、全部観測地点まで自力で担いでいかなくてはならないのだ。

「さて、無事に全員帰れたら、ラバウルでどんちゃん騒ぎしてやるぜ」

 ウィンゲートは、空の上にでんと居座る不気味な亀裂を見上げて言った。

 この日、亀裂は特に変化を見せなった。

 しかし、彼らは何度もそこからオブジェクトが出入りするのを見た。

 皓は紛れもなく「彼ら」の勢力圏内であった。

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