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戦闘訓練C中隊

 ガダルカナル基地では、南十字義勇軍飛行隊が連日中隊ごとに集団戦闘の訓練が行っていた。

「基本的に一個小隊四機は、二機が一組となり必ずその行動を一緒にする。これを体で覚えて」

 ハンナはそう教示したが、この戦術はドイツ空軍が以前から採用している戦術の応用であった。

 ドイツ空軍ではこの二機一組の戦術単位をロッテと呼んでいる。一個小隊の四機がシュバルムという単位となり、ロッテが交互に目標を攻撃する波状攻撃戦術が基本として出来たものだ。

 諸外国の飛行小隊が三機を一単位としているのに対し、この四機で一組の戦法はかなり攻撃力に重きを置いたそれと言える。

 だが、ハンナはこれに満足していなかった。

 一個中隊十二機での波状攻撃。これが南十字義勇軍の標準戦術として確立したい。

 ハンナは、そう言い切ったのだ。

 この日朝から空中訓練に飛んでいたのは、マリー率いるC中隊だった。

 日替わりで中隊ごとに重点的に戦術を覚えこみ、それ以外の部隊は個人技を別の空域で履修するというのが訓練のパターンになっていた。既にAB両中隊の集団戦闘訓練は一回目を終えていた。

 C中隊の全体での戦術訓練はこの日が最初であった。

 これまでは、まずロッテ、続いてシュバルムの連携が訓練の中心だったのだ。ケアンズでは徹底してハインケルの操縦になれる為、一人毎日数時間の飛行が当たり前だったが、このガダルカナルでも天候の影響がない限り、ほぼ毎日全員が空に舞っていた。

 航空燃料は呆れるくらいの量がアメリカから提供されていた。

 C中隊は三個の飛行中隊で最も男性比率の高い中隊である。

 構成を見ると、ドイツ空軍を辞して参加したパイロットのうち本部に行ったテオドールとエーリッヒを抜いた三人に加え、元空中サーカスにした民間飛行家三人、レーヒス、オットー、カールのワーグナー三兄弟、更に元オーストリア空軍所属の予備役士官デレグ・クライフとまだ二十歳の若いアルザス出身飛行家のサルテ・モンツァの計八人の男性パイロットが所属しているからだ。

 女性は中隊長のマリーとその相方となる蝶子、そしてキクと木部のコンビの四人となる。

 この女子四人が第一小隊を形成し、現在中隊の前列を飛行していた。

「こちら中隊長シェール。全員空中無線の状況は大丈夫? 二番から順番にコールお願い」

 マリーが高度四千で水平飛行に移ったハインケルのコックピットから周囲を見回し言った。

 すぐに蝶子の声がスピーカーから聞こえてきた。

「パピヨン良好です」

 続いて木部。

「バウム問題なし」

 続いてキク。

「フルール感度良好」

「了解、第二小隊は?」

 マリーに訊かれ、第二小隊長のヴェルナー・メルダース元独空軍大尉が答えた。

「スピアー問題なし」

 次は二番機のシュメア元独空軍少尉。

「シャリオ異常なし」

 三番機はドイツ空軍の飛行学校主席からの引き抜かれた、ベアテと同い年の若いマルセイユ。

「シュパッツ感度良好」

 四番機はモンツァ、このマルセイユとモンツァのコンビが全部隊で最年少のロッテである。

「ブルスト感度良好。あのお、コールサイン変えたいんですが」

 いきなりモンツァが言い出した。

 ブルストは、ドイツのソーセージである。ちなみに彼の故郷アルザスはフランス領であるが、東側はドイツ語圏。文化もドイツと同じだから、ブルストはよく食べる。このガダルカナルに来ても、アメリカ製ソーセージばかり食べている。それを見ていた周囲から押し付けられたコールサインなのだった。

「賭けで負けたんだ。文句言うなよ」

 マルセイユが言う。そう、カード勝負で大負けしたのでモンツァはこのコールサインを申請させられたのであった。

「ハンナに正式に届けちゃったから、ごめんね。基地戻ってから相談のってもいいけど、今日はこのままで訓練よ」

 マリーが笑いながら言った。

「そうです、コールサインは重要なので勝手に変えないでね。それと私語は禁止」

 これは地上の指令室の長山きよ子からの通信だ。きよ子は双眼鏡で訓練状況を見ながら、数台の無線機を器用に切り替え、状況を把握して訓練の判定を行うのだった。

 一同の笑いをこらえる音が耳に届いた。

「はい、じゃあ第三小隊も」

 マリーの指示で第三小隊を率いるワーグナー長兄のレーヒスが答えた。

「アーステル異常なし」

 続いて次男のオットー。

「ツヴァイテル問題ありません」

 三番機はワーグナー末弟ではなく、クライフ元オーストリア軍中尉が務める。

「シュペルナー感度良好」

 そして部隊一の美男子と評判のワーグナー兄弟末弟のカールが最後。まだ二十一歳の彼は、各国の女子たちが虎視眈々と狙っている模様だが、紳士協定ならぬ淑女協定で抜け駆け禁止が指定された第一号であった。まあ無論女子の方が好きな女子の木部はまったく関心を示していない訳だが。

「ユングスト異常なしです。僕もコールサインはドライツェが希望だったのに」

「残念ね、なぜかそれベアテちゃんが先に持っていっちゃったから。基本届け出は早い者勝ちだったしね」

 きよ子が地上から言った。

「さあ、訓練開始よ。小隊単位で散開。仮想敵は何処から来るか判らないわよ。数も教えてもらってないから油断しないでね」

 マリーが命令し、各小隊は四機ごとの編隊で水平に散る。

 訓練の仮想敵は、本部小隊が受け持つ。何機来るかは、その日ごとに変わる。

 この日の敵側一番手は、ベアテだった。

「C中隊は一番癖が強いから要注意ってお姉さんが言ってたのよね」

 高度なんと九千まで上がっていたベアテがそう呟くと、遥か眼下のC中隊の位置を確認し、巧く太陽が背後になるように回り込み、第三小隊目掛けて急降下を開始した。

「では、サーカス兄弟のお手並み拝見ね!」

 天才とはベアテの為にある言葉の様にも思えた。飛行機の操縦技量全般、特に新しい機体への適応能力ではハンナの方が数段上なのだが、一つの機体を乗りこなすと、ベアテはその極限までの運動性能をいとも簡単に会得してしまう。ハンナがベアテにテストパイロットの適性を見出したのはまさにこの部分なのだ。ベアテは遠慮会釈なく飛行機を限界までぶん回す。

 現在個人の空中機動では、ベアテに適う相手は数人しか居ない。だが、個人戦闘を行わない南十字義勇軍では、これは決定的なアドバンテージにならない。

 それをC中隊は証明しようとしていた。

「フルールより全機! 敵機発見、上方太陽の中です!」

 一番にベアテ機を発見したのは、キクだった。

 その目の良さに、各国の元空軍パイロットたちは舌を巻いた。

「やるねナデシコ」

 メルダースが視線をベアテ機に向けながら、その未来予想位置計算をする。

「敵の目標は第三小隊、第一第二小隊は援護に入るようスピアーより上申」

「了解、ありがとうスピアー。各自小隊長機に従い旋回を開始!」

 マリーの鋭い指示が飛ぶ。

「こちらアーステル、第三小隊はウェーブ旋回機動に入る」

 この動きは、マリーが考案したもので、単純に旋回して敵機を避けるのではなく、微妙に高度を上下させ、目標を固定させないという目的を持ったものだった。

 上空でこの動きを見たベアテが舌打ちした。

「嫌な動きするわね。でも、こっちは最初から的絞ってるのよ!」

 この時、ベアテ機の速度は軽く六百キロを超えていた。ハインケルの水平状態での最高速度は、五百キロに手が届くかどうかだから、かなりの急降下による加速である。その状態でも、ベアテは巧みに舵をあて目標をぴたりと照準器の中に捕え続けている。

 このベアテの目標を最初に見抜いたのもキクだった。

「敵の目標はユングスト! 警戒してカール君!」

「ダンケシェ! キク姉さん! 兄貴、ロッテを別けよう!」

「判った! シュペルナー弟をよろしく!」

「任せろアーステル」

 第三小隊は、二手に別れた。

「こちらシェール、第二小隊そのままユングスト上方に降下してくる敵に対応、第一小隊は全機私に続いて!」

 マリーはいきなり高度を上げ始めた。

 蝶子はすぐにマリーの意図に気付いた。

「パピヨン上空索敵引き受けます!」

 マリーは内心で頷いた。さすが蝶子は以心伝心だわ。パピヨンが相棒でいる限り余分な説明は無用、マリーはそう確信した、

 二人はベアテではなく次の攻撃を警戒し動きだしたのだ。

 そう、マリー小隊は第二の敵の出現を予想。それを上空からと読んで動いたのである。

 その間にベアテ機は間もなくワーグナー末弟の機を照準に捕えたまま射程に入ろうとしていたのだが。

 上昇に転じた第二小隊の各機が進路を確実に妨害して割り込んできた。

「やるわね! ここは目標変更ね!」

 ベアテは進路を変え、目標を第二小隊の先頭に変えた。

 この動きはすぐにメルダースに判った。

「各機判ってるな、挑発に乗るなよ。俺に動きを合わせろ」

 戦闘機乗りとしては最も経験の深いメルダースは、敵の動きを予想するのに長けていた。彼はもうベアテの次の行動を予想していた。

 メルダースはベアテの照準を巧みに外す形で機首を翻す。

 ベアテはすぐに、これに動きを合わせ急降下から一気に旋回しメルダースに空中戦を挑みかけた。

 だが、第二小隊の全機が、このベアテの動きから逃げる感じに逆方向に旋回した。

「あ、こりゃしまったかな。ハンナ姉さんに怒られるわ」

 ベアテが舌を出す。

 そう、徹底して個人での戦闘を禁じられているから、ベアテが挑んだドッグファイトにメルダースが乗ってくる筈はなかったのだ。

 そして、目標を失ったベアテ機に旋回して位置を立て直した第三小隊が襲い掛かった。

「交錯して攻撃に入る。シュペルナー位置を確認したか?」

「問題ないアーステル」

 見事な十字攻撃であった。

 間格差三秒で二個のロッテが、立て続けにベアテ機の前後を横切った。

「はい、ドライツェ機ブロック一個喪失確定です。頑張ってベアテちゃん」

 きよ子の声がベアテの無線に響く。

「了解、今日のあたしの持ちブロックは何個だっけ?」

「残り四個よ」

「よし、無くなる前に最低半分は落としてみせる」

「無理しないでね、もうすぐミューズが参戦するから」

「だからよ、急がないと姉さんに全部持っていかれちゃう!」

 この時、先ほどのベアテ機よりさらに高い高度一万で待機していた戦闘機が降下を開始した。

 操っているのは、ハンナだった。

「さすがマリーの中隊ね。ビクター中隊の時以上にてこずりそうね」

 機体をほぼ垂直に降下させながら、ハンナは着けていた酸素マスクを外す。

「オブジェクトの怖いのは、その動きだけじゃなく攻撃力の強さ。一度照準されたら撃墜確定。それをまず体で覚えてもらうしかないから…」

 ハンナは、既に目標を決め突進していた。

「敵発見! 十二時方向です!」

 蝶子が叫んだ。

 マリーが振り仰ぐと、自分たちに向け真っすぐ突っ込んでくるハンナの機体が見えた。

 咄嗟に計算したが、どのように旋回してもあの速度での降下から照準を外すのは難しいという結論にマリーは達した。

「バウム、指揮を引き継ぎます。ブロック一個と刺し違えます! パピヨン続いて!」

「了解!」

 マリーはぐっと操縦桿を引き、高度を上げつつハンナ機に正対する。

「捨て身!」

 ハンナは、正直いい気分ではなかったが、戦術としては確かに有効かもしれない。

 心を鬼にしてハンナは照準環にマリー機を捉えた。

「撃破確実」

 ハンナがそう無線に告げた直後だった。

 自分が撃破されたと確認したマリー機がブレークしたその影から蝶子の機体が出現した。

 二機がぴったり寄り添いシルエットを重ねていたので、ハンナには蝶子機は死角になっていた。

「あ!」

 ハンナが声を漏らした瞬間、きよ子の声が響いた。

「ミューズ機ブロック一個喪失です」

 蝶子の機体とすれ違う瞬間、ハンナは思わず親指を突き立て、蝶子に祝福のサインを送った。

「やったわね、お蝶。初撃破よ」

 きよ子の声に蝶子は、頷くが、マリーの機体を犠牲にしたこの戦果を蝶子は素直には喜べなかった。

「パピヨン、これでいいのよ。よくやったわ、さあ私たちは一度基地へ戻らなくちゃ、戦力外だから」

「はい、了解ですシェール」

 二機のハインケルが訓練空域を離れる。

 残った編隊は、ベアテとハンナを相手に奮戦したが、結局仮想敵の二機の持ちブロックを撃破しきる前に全機が撃破され帰投することになった。

 訓練を終えて帰投したハンナとベアテが、C中隊のメンバーを前に言った。

「残念でした。でも、今回のスコアは全中隊トップね。私もベアテも三個ずつブロックを失った。これは、もしオブジェクトが単機なら撃破できたかもしれない数よ」

 ハンナの言葉に、しかしマリーは首を振った。

「それでも負けは負けよハンナ。オブジェクトはいったい何機現れるか予想できない。この前の海戦も、最後までオブジェクトの数が増えなかったから撃破が出来たみたいなもの。気を引き締めて訓練を続けるしかないわ。まだ戦術的にカバーできる何かが見つかるかもしれないし」

 ハンナは頷いた。

「確かにそうね。それと、気になる情報がドイツから来ていて、今夜あたり一度作戦会議を開きたいと思ってるの。色々な意見が聞きたいから、全員参加でお願い」

「判ったわ」

 C中隊は、ハンナ隊長に思い思いに敬礼すると休憩所へと移動していった。

 他の訓練に出ていた機体も順次帰投し、ガダルカナル基地は午後の休憩時間に入った。

 ただし、基地を守る地上隊の隊員たちは休む間無しに警戒を続けているのは無論であった。


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