ナイトの誇り
英空母アークロイヤルの艦上には、今回の作戦の総司令部が置かれていた。
一元的にこれを管理するのは、英シンガポール戦隊と香港の中国戦隊を束ねた臨時編成から、大幅に増強され正式艦隊に昇格した英国東洋艦隊司令官のフィリップ提督であるが、空母の指揮の経験がなく、艦隊の指揮全権は英空母戦隊司令官のサー・ヘストン・ウェンズリー少将に一任されていた。
今回の戦いを巡り、英国の海軍に於いてもめまぐるしく人事刷新が行われ、英地中海艦隊から大量の艦艇が引き抜かれ、本国艦隊と共に一時的にインド戦隊に組み込まれ、このインド戦隊が日本と中国の戦争を横目に睨んで編まれていた臨時編成の東洋艦隊に組み込まれる形で、正式な東洋艦隊としてこの十一月に誕生した。
その主力が、この南太平洋に集結した新編英東洋艦隊空母部隊なわけである。
とにかく英国の持てる空母のほぼ全力を送り込む大英断は、日本と同様前回の敗戦を重く受け止めた証拠であろう。
サー・トーマス・フィリップ中将は、その過去に例を見ない強力な航空艦隊新編に伴い。英本国から派遣された初代司令官という事になる。
彼の能力は空母の指揮に適しているとは思えなかったが、その勇猛ぶりで英海軍では比肩しうる者なしとまで言われた勇将であった。
彼は現在、十二月初旬にシンガポールに到着した新たに英東洋艦隊総旗艦となった戦艦ロイヤル・ソブリンに座上していた。
英戦艦部隊は今回まったく出番がない。
故にフィリップ中将もシンガポールを動く予定はなかった。
今回の作戦は、空母艦隊が形成するA戦闘群司令官となるウェンズリー少将が全体指揮を行うことで日英共に了承し、日本海軍もこの指揮下に入っているのだった。
この為、作戦ブリーフィングもA戦闘群旗艦のアークロイヤルで開かれたのだ。
「シンガポールでは、補給拠点としての能力強化のため、セレター基地の拡充が決定した。日本海軍も今後は、ここを利用しソロモン進出の準備ができるだろう」
アークロイヤルのブリーフィングルームには、艦隊司令官のウェンズリーを筆頭に源田や英軍の航空参謀、作戦に参加する英空母三隻と日本の飛龍、さらに護衛の英巡洋艦コンウォール、日本の巡洋艦妙高と那智、そして英豪日の駆逐艦合計十二隻の艦長が揃い、これに作戦の主戦力である日英のパイロット合計四十八名も詰めているから、部屋はぎゅうぎゅう詰めの状態であった。
源田が、ウェンズリーの説明に感謝を述べた。
「ありがとうございます閣下。これまでは、我が国の統治領のトラック島を中継点としていましたが、軍港としての機能が乏しく難儀していました。非常に助かります」
ウェンズリーが頷いた。
「前回も今回も派兵を出来ないと言ってきたアメリカだが、新基地建設では積極的に動いているし、貴国の艦船と航空機がソロモンに向かう際には、フィリピンでの中継に最大限の協力をすると申し出てきた。空母が出てこないのは腹立たしいが、この話は日本にとっては大いに助かるのではないかね。香港を経由するよりは、実用的なルートだ」
源田が頷いた。
「その通りですね。オランダ領などの島々も、中継に解放されました。我が国から南太平洋に至る道は完全に大きな動脈として完成しつつあると言えます。これから先、対オブジェクト戦闘の主戦力は、少なくとも海上におけるそれは我が国が担うのは決定事項ですから」
既にこの頃には、アメリカが日本に空母ヨークタウンを無償譲渡する話は世界中に広がっていた。
口汚い者は、アメリカは日本に汚れ仕事を押し付けたなどと陰口を叩いている。
だが、おそらくそれ以上の何か、すなわちルーズベルトが極秘で進めている計画に、一部の国の首脳たちは気付き始めていた。
この場に居る日英の戦士たちも、その噂は聞いていた。
だから、アメリカの海軍がこの場に居ないことを、それ以上なじることは無かった。
彼らは、彼らの信じる対抗手段に国家を賭けて挑もうとしている。
どの国の情報部もそこまでの話は掴んでいるのだ。
しかし、実際にアメリカが何をしているのかは、誰も探り出せていない。
「この作戦は、自嘲的に言うなら、次の作戦に向かうための繋ぎの戦いだ。決定的な勝利が、不可能なことは百も承知で全員ここに集った」
ウェンズリーはそう言うと一同を見回してから、極めて冷静な声で言った。
「どうか諸君、これだけは心に留めておいて欲しい。死に急ぐな。この戦争は長引く、君たちが戦場で得る貴重な体験こそが、明日へと、きっと勝利へと繋がる。生きろ、まずそれを優先しろ。兵器は消耗品だ、空母でも戦艦でも戦闘機でも、総ては機械だ。また作ればいいのだ」
一同は真剣な眼差しで提督を見つめ頷く。
ウェンズリーは続けた。
「だが、尻尾を巻いて逃げるような戦いはするなよ。我々は、人類を守る戦士だ。選ばれし騎士と侍の末裔である。正々堂々闘い、そして命を守れ。それが、今回の作戦の主題だ!」
ウェンズリーが訴えたことはただ一つ。
誇りを持ち、生きる道を選べなのであった。
何故なら、これは負けるべくして負ける戦いであるからだ。
時に騎士は勝てぬ戦いに臨まねばならない。今がまさにそれだ。だが、それは死地を求める戦いではないのだ。明日の勝利のために必要な敗北なのだ。
ウェンズリーはもう一度大声で訴えた。
「いいな、命令はこれだけだ、無駄死にはするなだ!」
全員が無言で頷き、己に課せられた任務の意味を噛みしめるのだった。




