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空のサムライ

 シドニーからポートモレスビーに日英の空母が移動したのは、クリスマスまであと四日という一九三八年十二月二〇日のことだった。

 前日にはシンガポールで補給をしていた英空母カレージアスが先に入港していた。

 日本海軍の空母飛龍の艦橋で勢ぞろいした英空母三隻を見ながら、今回の作戦で日本側の指揮を受け持つ山口多聞少将は、厳しい顔で航空参謀の源田中佐に言った。

「かなり厳しい戦いになるな」

 源田も深く頷いた。

「数が問題ではないと、連合艦隊司令部における前回の作戦の検証で確認できています。恐るべきは、敵の火力と機動力、そして頑強さ」

「英国海軍もそれを再確認したのだろ。だからこそ、敢えてこの作戦を提案してきたと受け取りたい」

「そうですね、そして彼らは最大限の敬意を我ら日本海軍に払ってくれました。それは間違いない。この露払い役は、並の飛行隊では務まりません。我が第二航空戦隊飛行隊を指名してきたのは、英海軍のウェンズリー提督だと聞いております」

 山口が大きく頷いた。

「敢えて、ここは有難いと言っておこう。先駆けは武人の誉れだ」

「では、自分は飛行隊の操縦士たちと作戦の再確認の為、アークロイヤルに行ってきます」

 源田はカチッと踵を合わせ、頭を下げる室内式の敬礼をして艦橋を出ていった。

 残った山口は、じっと空母飛龍の甲板を睨む。

 彼は、航空作戦の専門家として初の日本海軍提督である。

 日本が新内閣に移行した時、連合艦隊司令長官は吉田大将から航空作戦に理解のある山本五十六大将に代わった。

 その山本長官は、前の第一次ソロモン海戦で空母加賀が喪失するという事態に、空母部隊の再建に全力を傾注する覚悟を決め、人事を刷新した。

 さらに、ソロモンへの派遣艦隊の臨時編成を決め、連合艦隊の艦船を大幅に入れ替えた。

 多くの司令交代は、これに伴う新時事だったわけだが、ここにはこれまでにない異例がいくつかあった。

 その代表が山口多聞であった。

 山口は、先月少将に進級したばかり。通常なら何処かの艦隊参謀長に就くのが慣例だったのだが、彼の経歴を熟知する山本の鶴の一声で、二隻の中型空母飛龍と蒼龍を擁する新編成の第二航空戦隊司令の座に就くことになった。

 だが、飛龍も蒼龍もまだ完成したばかり。

 二隻が連合艦隊に正式編入されたのは先月で、それまでは艤装段階にあって、各種の訓練しか行っていなかった。軍艦が艤装段階で戦場に出ることも別段珍しくはないのが、空母だけは例外だ。

 搭載される航空隊が、母艦への着艦に慣熟しなければ空母は戦力化できないのだ。飛行機の発茶館が出来ない空母は、ただの箱、輸送船と変わらないお荷物だ。

 まだ錬成段階の空母を戦場に送るのは、誰が考えても得策とは思えない。

 だが逆にここで山本が注目したのが、第二航空戦隊飛行隊に送り込まれていたパイロットたちの技量なのであった。

 主力空母の赤城、そして沈没した加賀より小さな船体を考慮し、この年の春に先に誕生していた飛龍と蒼龍に乗り込むため集められた彼ら二航戦のパイロットは、海軍屈指の、いや事実上最高の技量を持った面々だったのである。

 そうなのだ、オブジェクト事件が発覚するより前に連合艦隊では、技量抜群の者を優先的に選抜し二航戦に転属を申し付けていたのである。

 大きな船より小さな船の降りる方が難しい。いや、格段に難しいと言って過言ではない。この人選は必然の結果だった。

 つまり、オブジェクトによる侵略が露見する前に、技量優秀者ばかりが選抜されここに固まっていたわけである。

 言ってみれば、番号だけは次席だが、本来は第二航空戦隊こそが真の日本海軍空母部隊のエースとして期待された部隊だったのである。

 まさに不幸中の幸い。あのソロモン海戦に日本軍は、最高峰の戦闘機パイロットを投入いしてはいなかったのだ。

 一航戦の戦闘機隊は事実上壊滅してしまった現在、その艦隊番号など関係なく彼ら二航戦こそが押しも押されぬ日本海軍空母部隊のトップエース集団となったのである。

 空母加賀が失われ多くの戦闘機パイロットが不帰となった今、日本海軍航空隊の威信は、この第二航空戦隊飛行隊が一身に背負っている。

 その二航戦は、必然的に今後の対オブジェクト戦闘に於いても、主力部隊としての期待が高まっていた。

 確かに横須賀に残る空母赤城は大きく搭載機も多いが、まだ新編成の戦闘機隊は技量不十分。戦場に送るのは、死を強要するに等しい。

 この為、山本長官の指示で、飛龍と蒼龍双方の飛行隊から戦闘機の技能優秀者を少数選抜し、これを飛龍に集約させ次期作戦の為にソロモン派遣艦隊に編入したわけである。

 山本はこの派遣艦隊の頭として、艦隊司令の経験のない山口多聞を押し込んだのである。

 戦時特例。海軍省に対し山本はそう言い切って、この人事を断行した。

 そう、今は戦時だ。

 ずっと続いていた対中国のそれではなく、人類対未知の侵略者の戦争。そこに、既存のルールや前例など、何の意味も持たない。

 必要な人材を、的確な部署に配置する。この単純な作業が、これまで出来なかったから対中国戦争は長引いたと言える。

 これを、あっさり為させるほど、オブジェクトへの対応は急務と判断されたのである。

 日本の政府も海軍も、これを十分に理解していた。

 だから山本の断行した組織改革を、右から左にすんなり認めたわけである。

 山本はきっぱり言った。

「第一戦隊の長門と陸奥、二隻の戦艦はソロモンには無用の長物。新造している超大型戦艦も早期にこの建造を取りやめるか、空母への改装を図るべきである」

 この発言は、最終的には日本海軍の正式決定にまで上り詰めるが、それは逆に言えば、オブジェクト戦闘はこの先そこまで追い込まれるという話でもある…


 飛龍の横に並ぶ英空母を見つめたまま山口は呟いた。

「勝てない闘いであろう。我々に求められるのは、前回より多くの情報を得る、その一点だ。犠牲は、これを容認するしかない。武人としてより、武将としての器が問われる戦いになるな」

 山口の表情は暗く厳しかった。

 この戦いに最初から勝機などない。それを分かったうえで彼らは、戦場に向かわねばならないのだから。


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