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最前線に立つ

 ケアンズを発ったハンナ達は、一気に高度5千まで上昇し、雲の無い良好な視界を確保してソロモン海を目指し始めた。

 戦闘を飛ぶハンナの操縦するダグラスDC3型機の操縦席には、きよ子の為に特性の車いすを支える航法士席が作られていた。

「進路間違いなし、現在速度時速300.各編隊異常なし」

 的確に指示を出すきよ子に、ハンナは満足そうに頷きながら言った。

「きよ子、水平飛行なら操縦桿だけで安定飛行できるわ、あなた操縦桿を握りたいんじゃなくて」

 だがきよ子は、きっぱり首を振った。

「もう操縦に未練はありません。私はこうしてまた空を飛べているだけで十分満足です。それに、ただ真っすぐ飛ぶだけでも、いつ突発的な事が起こるか判りません。その時、ハンナ隊長を危険な目にあわせるわけにはいきません」

 ハンナが、ふっと笑った。

「あなたを参謀にして大正解ね。誰よりも冷静にすべてを考え、周囲を見られる、きっと神様は、あなたの足と引き換えに、その注意深く冷静な見識を与えたのに違いないわ」

きよ子はしかし首を傾げた。

「そうなんでしょうか?」

「ええ間違いないわ。だってあなたは既に、とても優秀なパイロットを二人も私に届けてくれた。きっと、この先もあなたは私にとってなくてはならない人間になる。そしてそれは、他のパイロット達にとってもね」

 ハンナの予感は正しい。長山きよ子は、南十字義勇軍にとって文字通り最高の頭脳としてこの先活躍し続ける事になるのだ。

 本人はまだそれを自覚してはいないようであったが。

 各戦闘機を操るパイロット達は、編隊を崩すことなくハンナの機体に追従氏。着実に飛行距離を稼いでいった。

 万全に整備された機体は一機たりとも不調を起こさず、全員が6時間を超える長いフライトを乗り切って見せた。

 まあ、この部隊に集まったものの半数近くは、自力で地球を半周あるいはそれ以上飛んできた猛者なのだ、この程度の飛行でへこたれることなどなかった。

 かつて満州への道のりを競ったキクと蝶子も、快適な密閉式操縦性で、快速ともいえる早さで飛ぶ愛機に満足そうに操縦桿を握り続けていた。

 キクは思っていた。これほど高性能の機体を、恐らく日本の軍パイロットですら乗った事は無い筈だ。自分たちは恵まれている。これが戦場への、死に直結した場所へのフライトであっても、自分の手で飛行機を操り向かっているのだ。何処に不満があるというのだ。

 明日死ぬとしても、自分は幸せだ。キクは心の底からそう思い愛機を飛ばし続けていた。

 そして気付いてみれば、目前には真新しい広大な飛行場を持つ密林に囲まれた島が見えていた。

 飛行場の向こうには低い山が見える。島としては大きな方だ。

 その島の海岸にほど近く、南十字義勇軍の最前線基地は造営されていた。

 きよ子が無線で前期に告げた。

「目標上空、各中隊順に着陸態勢に入ってください。異常がある機体は報告を」

 特に報告は上がって来なかった。

 ハンナが大きく頷ききよ子に言った。

「さあ、みんなの着陸をしっかり見守ってから降りるわよ」

「はい、隊長」

 ハインケルHe112は、整然と中隊の順番通りに見事に着陸を遂げていった。個人によって滑走距離はばらけているが、全機が危なげない着陸で、無事異例の大編隊による長距離飛行を終えてみせた。

 総ての単発機が下りたのを確認し、ハンナはDC3を滑走路にふわっと、まさに神業と呼べる短距離滑走で着陸させてみせた。

 かくて南十字義勇軍飛行隊は、全機無事にガダルカナルに到達したのである。最後まで編隊は一機も欠けず、長距離移動を成し遂げた。まさに快挙ともいえる移動飛行であった。

 ハインケルをあてがわれた当初殆どのパイロットが、その高出力に面喰い、操縦桿を操るのに四苦八苦していたのに、驚くほど短時間で全員が目を見張るほどの成長ぶりを示した。それが、この移動飛行の成功につながったと言えるだろう。

 高い士気が、潜在的な操縦技術を容易に引き出したと言えた。そもそもが、空に魅入られた者たちなのだ、飛行機に馴染めばその技術は並の空軍パイロットの比ではない。いや、殆どの者が軍のパイロットより明確に技量が上だと思われた。南十字義勇軍に集ったのは、間違いなく飛行機を操る達人ばかりと言えるだろう。

 それをこの長距離移動飛行で見事に示してくれたのだ。

「凄いものね、十月に此処の上を飛んだときは何もなかったのに、驚くしかないわ」

 DC3型機の上皇扉を開き、きよ子を下ろすための巣ローブを持ってくるよう指示した後、広大な基地を見回したハンナが言った。

 アメリカが送り込んできた土木機械群は、長さ二千メートルの滑走路を既に完成させ、そこに一面に鉄板を敷き詰め全天候に対応できる状況にしていた。

 それに加えて斜めに走るもう一本の滑走路も既に半分は出来上がっている。

 この他に、簡易宿舎のかまぼこ型の建物が数十個密林地帯に面し並んでいた。

 浜辺には大きな桟橋が作られ、アメリカのハワイからやって来た元軍籍の高速輸送船が三隻停泊しているのが見えた。

 これらの輸送船は、ルーズベルト大統領の命令で海軍から切り離され義勇軍に提供されたものだった。この指揮権は地上部隊指揮官のロンメルが握っていた。何と三十ノット以上の快速を出せるこの輸送船は、義勇軍の足として頻繁に各地を結び機材の輸送だけでなく、重要人物の移送にも活躍することになる。

 いや、さらに目を凝らせば、滑走路周辺には何十台もの自動車が見えた。

 殆どがアメリカ製のトラックや小型車だが、土木機械やドイツ製の装甲車も混じっていた。

 それだけではない、偽装されているが周囲の密林には対空砲が幾つも空を睨んでいるのだった。

 これはもう押しも押されぬ巨大軍事基地だ。

 きよ子が地上に降りると、ハンナもゆっくり地面を踏んだ。いや正確にはUSスチール製の穴あき鉄板を。

 戦闘機全機の着陸を見守ってから降りたので、ハンナときよ子の周囲には先に降りたパイロット達が集まって来ていた。。

「今各機はエプロンね。もう格納庫も出来ているという話だから、各自自分の機体を地上半の指示に従って移動させて」

 ハンナが命令し、各自が愛機に戻ると、既に地上部隊の整備士たちが移動のための小型車両を戦闘機に連結し始めていた。

 それは無蓋の履帯式トラクターであったが、これはドイツ軍が再建を決定した時、戦車操縦士を教育する為に作った物で、既に陸軍では余剰になっていたものだ。

 40機の飛行機は、30分もかからずに居並ぶ大きなかまぼこ型格納庫へと収納されていった。

 愛機が翼を休めると、一同は大きく伸びをしたり、身体をくねらせ長いフライトで硬くなった体をほぐしつつ、飛行指揮所の看板を掲げた木造の建物の前に集まった。

「皆さん一糸乱れぬ見事な編隊で、下で見ていて感動しました。さあさあ、これで一息ついてください」

 地上で前期の着陸を見守っていたエーリッヒ・ガルドレーンが、そこで皆を待っており、一同に長いフライトを労い、全員に行き渡るだけの大量のアメリカ製ビスケットとお茶をふるまい始めた。彼は輸送船でここに先乗りしていたのである。ハインケル社の社員だが、彼は操縦はまったくできないから仕方ない。

「やった! 甘い物よ!」

 殆どが女性のパイロット達は我先にとビスケットとお茶に群がった。

「なんでコーヒーが無いわけ?」

 文句を言ってるのはジャクリーンだ。ヤンキー女社長は、紅茶をたしなむ習慣を持ち合わせていないようである。

「日本茶が恋しくなってきたわ」

 紅茶を飲みながらキクが蝶子に言った。

「英国茶ではありませんわね」

「まあ、一応は紅茶ですわ。我慢しましょう中隊長」

 ビクターが他のイギリス人女性たちと、肩を竦めながらカップの中身を飲み始めた。

 ハンナは、苦笑いしながら皆の様子を見ていた。そのハンナにガルドレーンが言った。

「陸上部隊の指揮官たちが、お目にかかりたいとハンナさんを待っておりますが」

 ハンナは「判ったわ」と告げると、一回頷いてからパイロットたちに大声で言った。

「陸上部隊の指揮官が挨拶してくれるそうよ。ここの基地のお守をしてくれる大事な人たちよ、全員で挨拶しましょう。では、中隊単位で整列!」

 パイロットたちは、ある者は口にビスケットを頬張ったまま、あるも者はお茶を慌てて飲み込んでから、整列をした。

 南十字義勇軍飛行隊は、戦闘三個中隊と本部小隊で編成されていた。

 本部はハンナとベアテそして、テオドールともう一人の元ドイツ空軍パイロットエーリッヒ・ハルトマンで編まれる。地上で作戦参謀を務めるきよ子もここに割り振られた。

 仮にABCと名付けられた中隊は、ビクターを中心に英国人と英連邦の女性パイロットたちだけで編まれたA中隊、ジャクリーンを中心に多国籍で編まれた男女混成のB中隊、唯一のフランス人マリーを中心に日本人と元軍人を含むドイツ系男子混成で編まれたC中隊という陣容であった。

 居並んだパイロットの前に現れたのは、ある意味よく似た二人の元陸軍少将であった。

 ライトカーキの半袖の戦闘服に、南十字星をかたどった義勇軍のシンボルをあしらった軍帽、これにゴーグルをかけて現れたのが地上部隊司令官のロンメルであった。

「以前にお目にかかったことがあるね、フローレン・ライチェ。私がここの司令官のエルウィン・ロンメルだ」

 ロンメルがハンナに握手を求めた。

「覚えてますわ閣下、ハウレル大統領の就任一周年記念式典の時の閲兵責任者でしたね。あの時私は、アハゲリスでベルリンの上を飛びました。素晴らしい景色でした」

「ああ、あの回転翼機だね。なかなか下で見ていても驚異的な動きだった。オリンピックの時の実験機と違いあれは大きく威風堂々とした航空機だったな」

 そこにもう一人の元陸軍少将、副司令官であるアメリカ人のジョージ・パットンが進み出た。

「君があの高名なミス・ハンナ・ライチェか。私はパットン、ロンメル氏の片腕を命じられた」

 そう言って握手を求めるパットンは、乗馬ズボンにブーツ。そのブーツにはカウボーイが使う拍車がついていた。

 ハンナがその足の踵に着いた物体を奇異に見ると、パットンは笑いながら言った。

「なに、ただの飾りだ。ここに馬を持って来たわけじゃないよ」

 この二人の男を見ながら、居並んだ隊員の大多数を占める婦人たちは囁きあっていた。

「どう見ても二人とも伊達男よね」

「とにかく見た目を気にするタイプだわ」

「ナルシストのようね」

 などなど…

 そんな中、再前列のA中隊の一番端に立っていたジャッキーが呟いた。

「馬…、そう言えばあたいの相棒まだ隊長の輸送機から降ろしてないわ」

 そのわき腹をエミーが肘で突いた。

「ちょっとジャッキー、あの大荷物を隊長機にまで積み込ませたの?」

 ジャッキーはこくりと頷いた。

「うん、だってきよ子が大丈夫って言うから…」

 エミーが肩を竦めた。

「えらい長旅をしたものね、あのトライアンフも」

 そう、ジャッキーがわざわざロンドンからケアンズ、そしてこのガダルカナルまで運んで来たのは、英国製のオートバイなのであった。

 ケアンズへの行き方を探していたジャッキーは、このバイクでロンドン中を走り回っていたのである。

 ジャッキーはケアンズでこのオートバイを走り回らせ、他の隊員たちから雷、つまりライトニングジャッキーと呼ばれていた。誰がどう見てもこれはじゃじゃ馬だ。どら猫を通り越したレベルだったのである。

 その時、ハンナがロンメルとパットンから何かの情報を聞き、大きく頷くと一同に向き直りはっきりとした大きな声で告げた。

「日英両軍は、明日から新規作戦を始動するそうです。我々は、まだ戦力として確立していません。この戦いがいかなる結果になろうと、堪えて見守るしかありません。ですが、戦いが終わった後、救いを求める者がいたら率先してその救助に当たります。我々は、戦士である前に救済者でもなくてはなりません、さあ、覚悟を決めてください。ここは、最前線です!」

 一同は、一気にその表情を引き締め、誰ともなく東の空に視線を向けた。

 そこにあの亀裂はある。

 オブジェクトはそこからやって来る。

 そう、ハンナの言う通り、ここは正真正銘の最前線だった。

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