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名将が軍を去るとき

 ベルリンにも厳しい冬が訪れようとしていた。

 冷たい風の吹く大統領府前の広場に、フォン・ブラウンはコート姿で立っていた。

 彼の前には、一人のドイツ国防軍の陸軍少将が立っていた。

「すいませんね、何しろ非公式な話なので、公的な場所での話はできないのですよ」

 ブラウン博士はそう言って、自分より年長の将軍に詫びた。

「まあ構わないよ、我々陸軍兵士は野外に立つのに慣れている。それより君の健康の方が心配だ。風邪でも引かれたら、大統領に顔向けできん」

「いえいえご心配なく、結構丈夫な方ですよ私は」

 そうは言うが、ブラウンの鼻の頭は既に寒風で赤くなってきていた。

「それで、やはり話と言うのは、私に軍を辞めて欲しいという申し出についてなのかな」

 少将が軍用コートのポケットに手を入れたまま、さらっと言ってのけた。

「そうです。空の戦いの目途は、ハンナのおかげで何とかなりそうです。昨日の連絡では、既に三十八名のパイロットが義勇軍参加を決めており、その大半が既にオーストラリアに到着したとのことです。これからは、陸上での亀裂対抗作戦を始めなくてはなりません。閣下なら、恐らくアメリカが寄越す連中ともうまくやれるのではと、大統領は白羽の矢を立てました」

 陸軍少将は苦笑した。

「それは喜んでいい話なのかな。国の指導者に見込まれて、軍を辞めることになる軍人をするしか能のない将軍など前代未聞だ」

「呑んではもらえないという事ですか、この申し出?」

 ブラウンが顔をしかめた。

 だが、陸軍少将は首を横に振った。

「やるよ、あれが世界を滅ぼす存在だと知った今、立ち上がらなかったらそれこそプロイセン軍人の名折れだ」

 ブラウンの顔がぱっと輝いた。

「ありがとうございます、ロンメル少将」

「ああ、それも明日までの呼び名になるわけだな。明日から先は、一市民のエルウィン・ロンメルだね」

 しかしブラウンは首を振った。

「いえ違いますよ、南十字義勇軍陸上部隊司令官のエルウィン・ロンメルです」

「なるほど、司令官か悪くない響きだ」

 ロンメルはそう言って微笑んだ。

「とにかく装備一式、大急ぎで誂えます。部隊の中核には、解体された旧親衛隊の兵士を中心に屈強なものを選抜し、自主的に除隊してもらっています」

「ふむ、実に抜かりなし。如何にも、あの若い大統領らしい手腕だ」

 ロンメルが感心したと言った風に頷いた。

「まあ、とにかく亀裂への接近はどんな危険があるか予想もできません。単なる装甲では役に立たないことは、英海軍が証明しました。私は別角度から、その光線を防ぐ兵器を考察しています。閣下には申し訳ないですが、実際に現地でこれの実験役を担ってもらう事になります」

「まあ、相手が未知の存在である以上、それは仕方あるまい。ところで、私の副官になるという、アメリカ側の軍隊を追い出される馬鹿者の名前は何だったかな?」

 ロンメルに問われ、ブラウンは少し考えてから答えた。

「確か、パット? いや違う、パットンでしたかね」

「ふむ、まあ現地に行くまで顔を合わせることもかなわん相手だ、後で自宅に資料でも送ってくれたまえ」

「わかりました」

 ブラウンが頷いた。

「ところでブラウン博士、あの事前に渡して貰った資料。今回の義勇軍結成にあたっての作戦名、V計画のVは何を意味しているのかね?」

 ブラウンは端的に答えた。

「Verteidigung」

 ロンメルが大きく頷いた。

「なるほど、まさにその通りだ。これは、侵略者から地球を守るための闘い。防衛作戦の名が最もふさわしい」

 だがこの時、ブラウンは意図的にこの名に秘められたもう一つのVのことを語らなかった。

 自分たちが、まだその糸口にたどり着いていない自戒の念から。

 いつか必ず、もう一つのVをあの亀裂に、侵略者に見舞わせる。それがフォン・ブラウンの胸の中に燃え続ける炎であった。

 誰よりも人類を、この地球を守ることに真剣なのがこの男であるのかもしれなった。


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