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彼女たちの決意、ジャッキー・ソロール

 イギリスの首都ロンドン、イギリスが誇る王立空軍の総司令部前で背の低いブルネットの髪の若い女性が地団駄踏んでいた。

「お呼びじゃないってどういう事よ! あたいを誰だと思っているわけ!」

 空軍省の建物に向かって中指を突き立てたこの女性は、ジャッキー・ソロールというまだ二十一歳になったばかりの乙女であった。いや、乙女というには少々見た目も気性もあれなのだが…

 まあそれはともかく、彼女はただの女性ではなかった。

 南アフリカに生まれた彼女は、この春までその生まれ育った地でプロの、つまり旅客路線パイロット資格を得る女性第一号を目指し連日飛行訓練に励み、ついに念願かなってこの夏イギリス本土の上級飛行学校に入学したのだ。

 英連邦の飛行ライセンスは明確に二つに分けられている。

 Bライセンスという職業飛行が可能なライセンスは英本土でしか得られない。

 現在までここを巣立った女性はまだほとんどいない。そもそも入学が難しい。無論南アフリカ人女性の合格者は彼女が一号だ。

 ほんの十年前まで女性はBライセンスを取ることすらできなった。それを覆させたのが、この上級飛行学校の経営にも関わるメリー・ヒースという女性だった。彼女がイギリス人女性のBライセンス取得第一号なのである。

 ジャッキーはその彼女の拓いてくれた道を使い、旅客機の機長になるのを夢見てロンドンの来たわけだ。

 だが、その矢先にあの亀裂をめぐる事件が起きた。

 飛行学校の学生たちは続々と空軍や海軍に志願し、戦闘機パイロットを目指し始めた。

 このころには、ジャッキー自身も戦いたいという気持ちが強くなっていた。というのも、そもそも彼女が空を目指すきっかけとなったのが、南アフリカ空軍の戦闘機乗りたちのせいだったのだ。

 当時まだ十四歳だったジャッキーは、家から自転車で十五分ほどの場所にある戦闘機基地へ毎日がたがた道を尻を浮かせ全力で走り、戦闘機が飛ぶのを見学しに行っていた。

 自由に空をかける飛行機に魅入られてしまったのだ。

 来る日も来る日も自転車を立ち漕ぎ悪路を通う少女の姿は、飛行場で働く人たちにとって、たいへん目立つ存在だった。

 パイロットや整備士と仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 やがて彼女は格納庫やエプロンという駐機場に招かれるようになり、パイロットたちと親しく話し込むようになり、ついにその後部座席に乗り空を体験するほどまでになった。無論、上官に内緒の無賃乗機、離陸するとき小さな彼女は複座練習機の後部座席にすっぽり頭まで潜り込み、上官たちの目を逃れたのであった。

 空は素晴らしかった。

 自分も飛びたい! 自分の手で飛行機を操りたい! そう強く願ったジャッキーだが、イギリス連邦の法律では飛行免許は満十七歳にならないと試験を受けられないと知り愕然とした。

 それからの二年半は彼女にはとてつもなく長かった。

 飛行学校に通いだしたのは十六歳を過ぎて間もなくだった。

 初操縦飛行の事は今でも覚えている。

 緊張しがちがちのジャッキーは、教官が伝声管で伝声管で訊く飛行手順の確認に小声で答えた。

「イエッサー……」

 すぐに教官の声が飛んで返ってきた。

「なんだって?」

 ジャッキーは、腹の底から響く大声で叫んだ。

「イエッサーであります!」

 またしても教官の声が飛ぶ。

「でかい声出すな! 耳がつぶれる!」

 まあ、そういう性格の娘なのだ。とにかく反骨というか負けず嫌いというか。

 その後、彼女は着実に操縦の腕を磨き飛行時間わずか十二時間でついに単独飛行にまでこぎつけた。

 いつも後部座席にいた教官が、まず最初の飛行場の周囲の旋回の後着陸すると座席を降り告げた。

「さあ、離陸して定置旋回をしたらもう一度着陸し、私を拾って再度離陸だ。いいな」

 ジャッキーを親指を突き立て怒鳴った。

「了解であります!」

 ジャッキーは、慎重にスロットルを開き、操縦するモス練習機はついに地上を離れた。

 高度が上がるにつれ、ジャッキーの中に何かが込み上げてきた。気付いた時、いつも教官がいて緊張していた彼女が、心底込み上げてくる嬉しさに大声で叫んでいた。

「飛んでる! あたい飛んでる! 一人で、自由に!」

 きっちり旋回し、彼女は見事に着陸し教官に拍手をもらった。

 その日から、彼女の飛行機への熱量はすさまじいものとなり、ついに十七歳の誕生日の三日後にランクAの飛行ライセンスを取得した。

 しかし、この一般飛行免許では商業飛行は出来ない。

 上級飛行学校は英国にしかない。しかも、その入学料は千ポンドという法外なものだった。

 ジャッキーは諦められず、地上で働きながら必死に貯金を始めた。

 彼女はパイロットを商売にしたかったのだ。その一生を飛行機と共に過ごしたかったのだ。

 だが、その道のりはあまりに遠く無為に時間だけが流れていった。

 背中を押してくれたのは母だった。

「はい、ジャッキーこれがロンドンまでの船のチケットよ、それと入学料の千ポンド」

 そう言ってある日突然母は、彼女にイタリアの客船の乗船券と現金を渡してきたのだ。

「母さん、このお金とチケットどうしたのよ!」

 驚くジャッキーに母は言った。

「私の結婚指輪がね高く売れたのよ。あの飲んだくれが置いていった唯一の物、さっさと処分したかったからせいせいしたわ。さあ、これであなたの夢をかなえなさい」

 母に抱き着きキスの雨を降らせたジャッキーは、喜び勇みイギリスに乗り込んだ。のだが、その矢先に起きたのがあの事件だったわけである。

「あたいも行くしかない、南太平洋に!」

 続々と志願していく同級生たちを見て、ジャッキーも勇んで空軍省に向かった。

 だが、あっさりこう言われた。

「我が軍では、基本的に女性の戦闘機パイロットは採用しない」

 門前払いである。

 こうして空軍に断られたジャッキーは、その足で今度は海軍に向かった。しかし、結果は同じであった。

 女性お断り。

 失意に打ちひしがれ、テームズ川の岸を見下ろす公園で肩を落としていたジャッキーは、風に乗って飛んできた新聞が自分の足に絡まり、舌打ちしてこれをのけようとした。

 だが、その手はすぐに止まった。

「ちょっと、何この広告?」

 そこにあったのは、南十字義勇軍のパイロット募集の広告であった。

「こ、これ、あたいでも行けるじゃない!」

 新聞をつかみ、ジャッキーは立ち上がった。

 行こう、この義勇軍のある場所へ! 一瞬のうちに彼女は決意した。

 だが、すぐジャッキーは首を傾げた。

「ところで、このケアンズって何処にあるの?」

 残念ながらジャッキー、地理の知識は乏しいのであった。


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