俺はどうして
―――ある日、俺は死んだような少女と出会った。
彼女は手入れがされていないであろう、しかし綺麗な黒いセミロングの髪を耳にかけ、冬の寒さで赤くなった鼻をすすると、ゆっくりと俺に顔を近づける。
光の入っていない大きな目には鏡のように俺の顔が映っていた。
俺がそっと口付けをすると、彼女は薄らと笑みを浮かべる。
「好きだよ、桃花」
「私は嫌い」
「やっぱり?」
「うん」
俺が微笑むと、彼女はより笑顔になった。
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古市 誠司は至って普通の人間だ。
特に問題を起こすわけでもなく、目立った才能もない。学校にも基本毎日行くし、友達も一般程度にはいる。
金がないという理由でバイトを始めたり、学校の定期テストが近づけば嫌々勉強を始める。そんなどこにでもいる男子高校生だ。
ただ、一つ異なるとすれば、誠司は他人よりも少しだけ『自分が嫌い』だった。
別に見た目とか、何かができなくてでなく、1人の人間として自分が嫌いなのだ。
最低な人間だと自負していた。
そのせいか、今までずっと他人に依存することで生きてきた。
誰かからこんな自分を認めてほしい、そんな思いから誰かから必要とされることばかりに執着する日々。
……そんな、自分も嫌いだった。
ブーブブ、スマホが振動する。
LINEか……。
誰からだとか、どんな内容だとかはだいたい予想出来ていた。
誠司は一度深い呼吸をするとスマホを操作する。
『今までありがと、さよなら』
そう、ついさっきまで俺の恋人だった人から送られてきたメッセージを俺は一読してすぐにスマホを机の上に置いた。
薄暗い部屋にそこでようやく気づいて電気を付ける。
「3ヶ月か……結構続いたな」
そう呟きながら俺はこの3ヶ月の日々を思い返していた。
やはり、間違いなく俺は幸せだった。
数少なかったけど、デートをする度にお互いの今までで1番を更新していったし、LINEのメッセージはふざけながらも隠れた好意をみつけることができた。
そういえばこんなこともあった。
彼女の誕生日の日だ。柄にもなく誕生日プレゼントをサプライズで渡そうと考え、無駄にデカいぬいぐるみで空っぽのリュックをパンパンにした状態でデートをして、帰り際にいきなり渡した。
その時の彼女は今思い返しても頬が緩む。
普段は悪態ばかりつき、好きな素振りも見せようとしない彼女の顔は真っ赤になって、力のない拳で何度か俺を小突いたあと、小さな声で「ありがと、好き」なんて言うもんだから人の多い駅の改札という場所にも関わらず抱きしめてしまった。
あぁ、楽しかったな。
……しかし、俺は捨てた。彼女を、幸せな日々を。
大嫌いな女の子の為に。
俺はこぼれる涙に驚きながらも、寝ることにした。
身体がだるくて仕方ない上に、この調子じゃ何もできない。
まだ、外は日が沈み切ってはいないようだった。
*******
ブーブブ、スマホが鳴った。
俺は薄らとした視界でスマホ見る。
萌々香―『ねぇ、ひま』
あぁ、早く返信しないと。
俺はゆっくりと体を起こすと、すぐさまスマホを操作する。
チラッと見えた時計は深夜の2時を示していた。
俺 ―『なんかするか?』
萌々香 ―『じゃ、通話』
俺 ―『おけ、かけるわ』
萌々香 ―『ん』
通話をかけると、スリーコール目で繋がった。
すると、馴染み深い声が聞こえてくる。少しハスキーが入ったような可愛らしい声。
この声が俺は好きだった。
この声が俺は嫌いだった。
「もしもし、なんでこんな時間に起きてんの?」
「別に、どうだっていいじゃん」
「んーまあ、俺はいいけどさ」
「ってか聞いて、彼氏できた」
嬉しそうに彼女は言う。
胸が痛くなった。締め付けられているように苦しくなる。
彼女に会うまでは胸が締め付けられるとかは全て物語とかだけの比喩だと思ってたが、実際に自分に起こってみるといい表現を使っていたと、1年半前の俺は気づいた。
「俺は逆に別れたよ」
「あっそ、聞いてない」
「お前のためなんだけど」
「頼んでない」
「お前三日前くらいにより戻してもいいって言ってくれなかったっけ?」
「なに?なんで素直に祝福してくんないの?」
「ごめん」
……言いたいことは全て飲み込むことにした。
いや、違う。飲み込むことが習慣化していた。
「もういい、切る」
「いや、ちょ…」
俺の言葉を遮って通話は切れた。
通話時間は01:30。
俺は目が冴えてしまったので、ご飯を食べることした。
手早くチャーハンとコンソメスープを作り、食べる。
……味がしない、味付けを間違えたか。
水は飲まないようにした。
これ以上涙を流したくなかった。
1話ありがとうごさいました。
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