勇者がグレちゃった
「もう嫌だ。僕はこの城を出る!」
「待て、レルグス! なにが不満なんだ。父さんに言ってみなさい」
「父さんのその態度だよ! 十何年も石になってたクセに今更父親面してんじゃねーよ!」
「な、なな、失望したぞ、レルグス。それでも伝説の勇者か!?」
「知ったこっちゃないよ! 父さんはなにかにつけて僕のことを“それでも勇者か!?”っていうけど、だいたい勇者ってなんだよ」
「蒼穹の武具、防具を身に纏い、稲妻の呪文を操る、魔王を倒す力を持つ唯一無二の人間のことだ」
「蒼穹シリーズ? あんなものより父さんの逆巻き蛇の杖のほうが強いじゃないか! だいたい魔王を倒す旅の中で、僕が本当に必要だったことなんて苔の生えたでっかいゴリラみたいな魔物を倒すときに硬化呪文を焼き払ったぐらいだろ! あれだって補助呪文を打ち消す蒼穹の剣があれば持ってるのは僕じゃなくてもよかった! 結局僕なんてなんていらなかったじゃないか」
「し、しかしお前には電撃呪文があるだろう」
「ああ! 電撃呪文ね! 僕だってこれこそが勇者の証だって誇らしく思っていたさ! 使えるようになったときにはどれほど嬉しかったことか。父さんが適当に手なづけてきたライロー (※魔物)が極大電撃呪文をあっさり使いこなすまではね! 魔物に使えるんだよ!? 電撃呪文のどこが勇者の証なんだよ!」
「き、きっとライローも勇者なんだ」
「ふざけんな!」
「お前は間違いなく勇者だよ。父さん達がお前の全体回復呪文と蘇生呪文にどれだけ助けられたと思ってるんだ」
「全体回復呪文と蘇生呪文だってオルクス (※魔物)がいるじゃないか」
「そ、それは、……そうだが」
「そうなのかよ! 否定しろよ!」
「反抗期よ! ねえアベル! 私たちの息子にもついに反抗期がきたんだわ!」
「なんで嬉しそうなんだよ母さんっ! だいたい母さんだって母さんだ! そりゃ僕らは必死になって母さんを助けたよ。美人で優しい母さんが戻ってきたときには散々泣いたさ。でも母さんは石から戻ってお城暮らしを始めた途端にぶくぶく太りだしたじゃないか! 僕が友達に母さんを見られるのがどれだけ恥ずかしかったか。お前なんか僕の母さんじゃない! 母さんの石像を返せ!」
「レルグス! お前、母さんに向かってなんてことを言うんだ! それでも勇者かっ」
「なにが勇者だよ! 僕は覚えてるぞ! 魔王にトドメを刺したのはピルーエ (※魔物)の運命の剣じゃないか。魔王を倒したのが勇者だって言うならピルーエが勇者だろ!?」
「お前ぇっ、言ってはいけないことを! 知られたら外聞が悪いから父さんはそのことを必死に隠し通してきたんだぞ! 心を痛めながらピルーエを冷遇してきたんだぞ! 父さんがどれだけがんばってきたかおまえわかってるのか」
「そんなこと僕の知ったこっちゃないよ! さよなら父さん! 僕は出て行く」
「待て、王子に家出されたなんてしれたら俺の面子が」
「瞬間移動呪文」
「レルグス……」
「大丈夫、きっと帰ってきますわよ。あの子は伝説の勇者で、あなたとわたしの息子なんですもの」