ハイランドの歴史とわたし
さてさて、ちょいとお国の話をしよう。
ノースラント王国という国がある。
この国は強国だった。
大陸公路をおさえる要衝に興ってより、はや三百余年。
北辺の要害と東西の天険にめぐまれつつも、強力な国軍を後ろ盾にした彼の国は、その力を背景に長きにわたって周辺にある諸国家の頂点に君臨する大国であった。
当然国力は高い。
中央平原は地味豊かで食べるものも豊富。
加えて南部の港でも貿易は盛んで、世界中の産品が手に入る。
およそ、陰りなど知らぬ偉大な国、それがノースラント王国であった。
さて、このノースラント王国は一つの悩みを抱えていた。
中原に位置する全ての国家が抱える悩み事、蛮族の問題だ。
蛮族とは、北の地よりやってきて辺境を荒らしてまわる名も無き諸部族の総称だ。
彼等は極めつけに厄介で、また厄介者扱いされるだけの力を持つ存在でもあった。
ノースラント王国もまた、ひっきりなしに襲来する蛮族との戦いに明け暮れることになった。
ところでだ。
蛮族の側にも言い分はある。
だれだって美味しいご飯は食べたいし、凍える夜を過ごすより暖かい土地でぬくぬくと暮らしたいと思うもの。
そもそも、中原の諸国家だって文明国を気取っちゃいるが、蛮族より先にその場所を押さえたってだけの話なのだ。
後から来た俺たちにだって、その土地に住む権利はある!
だから勝負だ、土地寄越せ!
とまぁ、自分流の流儀をふりかざし、豊かな土地をもとめて、蛮族は南下を繰り返すのである。
蛮族はこの論理で王国にも侵攻した。
そしてその都度、蛮族達は強力な王国の反撃に直面してボコボコにされ、領域外へとたたき出されることにあいなった。
とにかく王国は強かった。
私の先祖は、そんな蛮族の一部族であった。
お猿と人間の中間のような風体をしていた彼等は、しかし性懲りもなく襲撃をしかけては壊滅を繰り返す他部族よりも、幾分か知恵が回ったようだ。
その目的地に王国の周辺でも人気がない王国東部の山岳地帯を選んだのである。
ちなみにこの「人気」には「ひとけ」と「にんき」をかけている。
どっちで読んでもらっても問題無い。
東部山岳地帯は、中原とちがって豊かでも暖かくも無かったが、それゆえに王国人の関心も薄かった。
少なくとも、出会い頭にぶん殴られたりすることは無かった様で、私のご先祖様は無事入植に成功した。
まぁ、うちの先祖も分際をわきまえていたんだろうね。
既に喧嘩を売ってボコられた後だったかも知れないけど、その辺の詳細はわからない。
そこは、人が住むには厳しい土地だった。
耕作地になんてならない山間の地、森と険しい崖に挟まれた川と野生動物達の楽園であった。
熊と狼と猪が隣人だ。
出会い頭に殺し合いが勃発する。
私達のご先祖様は山から滑落したり、崖から転落したり、木から滑り落ちたりしつつも、ようやくの思いで住む場所を切り拓いたようである。
概ね高いところから落っこちてばっかりなのは、我が国の海抜が高いせいだ。
好き好んで高いところを目指した挙げ句に落っこちたわけでは無い。
ご先祖様は馬鹿だったわけでは無いのだ。ちょっと不注意だっただけで。
そうして入植した彼等は、世代を重ねるに従い子供を増やし、また後発の諸部族も合流して勢力を拡大した。
生きるのに精一杯で喧嘩してる余裕なんてなかったので、蛮族らしくもない文化的な話し合いを経て諸部族の連合が作られたのだ。
そして我が国ハイランドが興ったのである。
これが今からだいたい百五十年前ぐらいの話。
歴史を見る限り、建国当時はまだ蛮族そのまんまの文化形態であったようだ。
今、私はそれなりに文明的な生活をしている。
半分お猿みたいだった蛮族集団が、完全なる人類へと進化を遂げることになった百五十年という歳月は、それなりの長さと言ってもいいのではないかと私は考えている。
さて私の話をしよう。
私リディア・ベルハイランディアは、ハイランド国主であるカイルレイン・ベルハイランディアの娘として生を受けた。
ごつい名字は初代の王様が箔付けのためにつけたらしい。
私は大変に迷惑している。
ハイランディアの前にくっついてる「ベル」は要らないと思う。
いや、いっそベルだけでいい。
リディア・ベル。
かっこいい。嫁に行くときはこれでいこう。
そんな迷惑な絢爛さを誇る姓の上にちょっと可愛い名前を授けられた私は、現在のハイランド王家における唯一の嫡子であった。
そんな高貴な身分に相応しい教育環境の元、私はのびのびと半野生の幼少期を過ごした。
周囲、森と山しか無いからね。
礼儀作法よりサバイバルスキルが優先だよ。
私は山に登り、川を下り、羊を追いかけ回して丘を下り、森でキノコを食って腹を下した。
比較的下りが多いのは、お国柄である。
山がちな土地柄故、もっぱらその産業は牧畜頼みだ。
私もご多分に漏れず近所のガキ共と一緒に労働力としてかり出され、家畜の世話に明け暮れることになった。
羊から頭突きされたり、山羊に蹴っ飛ばされたりする中で、私は他者への深い愛情を知る心優しい少女へと成長したのである。
とりあえず、やられたらやり返す。
ハイランド人、鉄の掟だ。
動物との関わり方で、私はいろんなことを学んだ。
動物にもいろんな性格の奴がいるんだとか、山羊はとりあえずキックしてくるんだとか、羊と目が合うと突っ込んでくるとかだ。
奴らは人と同じく、闘争心に満ちあふれてるのだ。
目と目が合ったら始まるのは恋ではなくて戦いである。
私も古参の山羊とは喧嘩友達なのだが、雄山羊のごっつい角に突かれた時には、流石に死を覚悟した。
私が生涯で恐怖した相手は、父と侍女のテレーズを除けば、このアルバート(山羊の名前)だけである。
まさしく強敵と書いて友であった。
ちなみにこのアルバートは、三年前の冬に捌かれてお鍋のお肉になった。
今は体の一部になって、私の中で永遠に生き続けている。
そんな私が王女をつとめる国に住まう民もまた似たり寄ったりの性格だった。
私にも愉快な仲間が沢山いるが、基本全員愉快なので、そういう意味では没個性である。
一応、一番近しい人物だけ紹介するなら、近衛侍女兼近衛騎士のテレーズだろうか。
幼い頃より私に使えてくれた彼女は、私の母代わりであり、姉代わりでもあった。
今の彼女の年齢は、十九歳から二十二歳の間で安定していない。
一応念のために記載しておくと、私が四歳のときに十四歳であると紹介を受けた。
今、私は十四歳。
流石に十代を詐称するのには無理があると思う。
最近の話をしよう。
このところ我がハイランドは羽振りが良かった。
強国ノースラント王国との関係が良かったからだ。
理由は我が国による兵隊の派遣である。
要は傭兵業だね。
うちの国民は、山育ち故か強靱で兵士としては申し分ない素質があった。
故に文明国である王国に、傭兵としてやとってもらう機会が増えていたのだ。
彼等は野蛮なことはしたくないらしい。
そのわりにはここ最近、王国はやたらと戦争してるのだからおかしな話だとおもうのだけど。
まぁ、うちは稼がせてもらう側だ。
最近はお金が不足気味ということで、近くの平地を一部譲ってもらったりもしている。
私達のご先祖様は騎馬民族であったらしいく、「我らが眠れる血の力を見せてやる!」と意気込んで馬に乗った我が父が、当然のごとく落馬の憂き目にあって、みんなから笑われていた。
もう百五十年もたってるんだから、もう立派な山岳民族なのだ。見栄をはってはいけない。
とはいえ、強兵が取り柄の我が国だ。
騎兵としての訓練も施されてめきめき戦力は向上した。
魔力のおかげで馬鹿強いと評判の私も、その中でタケノコのように頭角を現したのだ。
今の私はお父様と並んで我が国におけるツートップである。
その日、私は練兵のために山の麓にある砦に入っていた。
そしたら、王国から来た不審な馬車が、ずんどこ私達の国に入り込んでくるという報告が来たのである。
王国とは仲良くしたい。
でもその一行は、平原を抜けてどんどん山深くまで分け入ってくる。
流石にこれ以上は我がハイランドの面子に関わるのだ。
私は哨兵の報告を受けて決断した。
「迎撃する。続け」
そして私は出撃し、一人の女の子を拾ったわけだ。