いざ、異世界へ!
目が覚めたら、そこは真っ白な世界だった。
輝いていなければ、暗くもない。
只々、白い世界に老人と俺が居るだけだ。
暑くなければ、冷たくもない。かといって、丁度良い訳でもない微妙な感覚。
ルフィーニ小体もクラウゼ小体も働いてないのか?
なんとも不気味な感覚だ。
いや、死んだら体の機能なんて働かないや。働かなくて当然だ。
終活も無駄じゃなかったんだと思えた。
「やあ、間に合ったようやな」
変な関西弁を使う老人だ。
"違和感の塊"という言葉がしっくりくる。
「あんま、説明してる暇が無かったさかい、大丈夫かなーって思ってたんやけど、なんとかなったな」
「はい。半信半疑でしたけど」
俺は苦笑いしながら言う。
実際、何度も自問自答したんだ。
俺は何をやってるんだ? 何買ってるんだ? ってね。
「まあ、仕方ない。信じへんかったら困るんはアンタやさかい、儂を信じて正解なんや。ところで、件の冷蔵庫なんやけどさ」
老人がそう言って杖で地面を叩く。すると、どこからともなく俺の冷蔵庫が現れた。
そして、上からスコップとかカップラーメンとかが落ちてくる。
「上に積み過ぎやな」
「やっぱりですか」
どうやら、これがいけなかったらしい。
でも、どれも必要なんだよなー。
「まあ、実際に必要なのは分かる。ちゅーわけで、上の荷物は、こうしょ!」
冷蔵庫の上(召喚可能)
米10kg
小麦粉10kg
缶ビール24本
ウイスキー1
日本酒2
食用油2kg
カップラーメン4つ
ピーナッツ1袋
醤油(予備)1本
A4コピー用紙500枚×2つ
冷蔵庫の側面(召喚可能)
輪ゴム多数
アルミホイル
サランラップ
ふりかけ多数(お茶漬けの素を含む)
月1回限定(別途召喚)
フライパン
ヤカン
ザル
まな板
包丁2本
ピーラー2つ
スライサーセット
ツルハシ1
スコップ2
マグネット多数
「月一召喚用の魔法を後で作って教えるわ。これでどうや? かなり譲歩しとんねんけど」
なるほど。ある程度の消耗品は残してくれたみたいだ。
基準は分からないが、譲歩してくれているのは分かる。
いっぱいあり過ぎて何が減ったかわからん。
「はい。これでお願いします」
「そうそう。フライパンとかはとりあえず持っていき。一ヶ月後から召喚可能にするわ」
「え? この量をどうするのですか? そんなに持てませんよ?」
「問題はそれや。そこでやな。お前さんにはアイテムボックスを使ってもらう。無限収納っちゅーやっちゃ。フライパンとかはそこに入れとき」
なるほど。
便利な定番アイテムだ。
で、アイテムボックスはどう使うのだろう?
なんとなく、アイテムボックスと念じてみる。すると、頭の中にイメージが入ってくる。試しにフライパンに触れると、消えてしまう。
なるほど。こうやって使うのか。
「問題無さそうやな。他になんか質問はないか?」
「そもそも、ここからどうするのか、詳しく聞いてませんけど」
「……あ、そやった。忘れてたわ」
老人は俺の言葉に目を見開いて答えた。
おいおい、しっかりしてくれ。
「じつはな、寝ぼけてお前さんを異世界に移すように設定してしまったんや。スマン」
「は?」
「実は昨日な、仕事が立て込んでてな、それでな、間違ったんや」
「間違って、人を殺したのか?」
「……はい」
嘘だろ。関西弁だが、雰囲気は神様だ。だが、神様とはいえ、こんなポンコツで良いのか?
ダメだろ? この神、信用ならへんな。
エセ関西弁が写ってしまう。
ダメだダメだ。
それはさて置き、なるほど。
それがさっきの譲歩の理由か。
過失は向こうにある。
なら、限界まで譲歩させるしか無い。
「まあ、過ぎた事をとやかく言っても仕方ない。スキルを選ぼうか」
「……」
話を変えやがった。
まあ、とやかく言っても仕方がないのは事実だ。
「スキルやねんけど、この中から3つ選んでほしい」
「この中からですか?」
老人が提示したのは100枚程のカードだった。
ファンタジーなスキルや魔法とかが並んでいる。
魔法とか使いたいな。
逆に相手が魔法を使う場合は怖いな。そうなると、魔法の耐性が欲しい。まずは魔法耐性からだな。
えっと、炎魔法耐性というのがあるな。
他には……
探すが大変だ。
あった。闇魔法耐性。
あとは、風魔法耐性。
お? 木魔法耐性もある。
風とは別個の属性か。
土魔法耐性。
水魔法耐性。
光魔法耐性。
まだある?
雷撃魔法耐性。
うん。選べない。
なんで分けられてるんだ?
3つしか選べない時点で詰んでるんだけど。
何故まとめて[全魔法耐性]とかが無いんだ?
いや、そもそも、何故選ばないといけないんだ?
俺は殺されて、選ばされている立場だ。
ここは、賭けに出るか。
「魔法耐性全部だ」
「あのさ、話を聞いてた? 三つだよ?」
「そもそも、何故聞かないといけない? 俺は殺されてここに居る。普通は元の世界に戻すのが道理だ」
「うぅっ」
俺の言葉に老人の眉がピクっと動く。
「まあ、口ぶりからして、それは無理そうだけど」
「そ、そうやねん。大目に見てえな」
「大目に見るにしても、誠意を見せてもらわなくてはいけない。そこで、3つを選ぶのは了解しよう。誠意を見せてもらうには、まずこちらも譲歩しなければ」
「分かってくれるか!」
老人が縋るような目で見てくる。
ちょろい。
恐らく、神にも規則があるのだろう。
普通なら今すぐにでもスキルを選ばせ、俺を異世界に叩き落とす。だろう?
俺が神ならスキルすら与えず異世界に送り出す。
だが、それをしない。いや、できない。
つまり、この老人は何かの規則に縛られてるから、俺を異世界に落とす事ができないのだ。
よし。
ここまで来たら俺のペースだ。
「だが、スキルは俺が選ぶ」
「わ、分かった」
さて、では、最初はこれだ。
「回復魔法と補助魔法を除く全魔法無効化」
「いやいやいや、そんなチート……」
老人が慌てた様に手を振って言う。
だが、これは絶対に呑んでもらわないと。
「そもそも、貴方が俺を殺しましたよね?」
「はい」
「そして、魔法について知らないまま、俺は異世界に行く」
「はい」
「俺には冷蔵庫があるから、狙われる確率は高い」
「た、確かに」
「異世界に行っても、殺される確率が高いところに態々行きますか?」
「むむむむっ。由々しき事態だ」
「つまり、それが無いと俺は異世界に行くメリットが無い。ただでさえ、殺されて、これ程無いデメリットを被っているのに! だが、この耐性スキルがあればどうだろう……」
「……要件を飲もう……ぐぬぬ……」
老人が力無く杖で地面を叩く。
根は良い神? なのか?
悪く言うと、ちょろい。
「ステータスオープンと念じたら、スキルが反映されてるんが分かるわ」
「ステータスオープン。うん。問題無い」
脳内にウインドウがが出てくるイメージがある。
おーけー。スキルは付与されていた。
よし、作戦成功。
「では、次だ。俺はこの先、どこに投げ出されるか分からない」
「王国の村辺りに下ろすんやけど?」
「俺を殺した奴を信用できるわけがない」
「……確かにそうや。完全に儂の落度や。で、何が欲しい?」
「どこに落ちても逃げられるだけの力が欲しい。さっきステータスを見たらレベル1で弱そうだ。と言うわけで、全ステータス10倍増的なスキルは無いか?」
敢えて聞く形なのは、こちらも譲歩しているポーズだ。どんなスキルがあるか分からないだけとも言うけど。
「それやったら、レベル200から……いや。300から始めるんはどうや? ステータス倍増系は成長しないと効果が見えにくいねん。おすすめはせん。儂の本音としては、そんなレアスキルを簡単にあげられへんねんけど……」
老人は本当に困った顔でこっちを見る。
これが演技なら素晴らしい。だが、俺を殺した相手だ。容赦はしない。情けは人の為ならずの精神だ。
「Lv300は強いのか?」
「人間で一番強い奴は180やな」
「そいつのスキルは何だ?」
「あー、経験値四倍と魔法とかのスキルがいっぱいかな?」
じゃあ、300じゃ心許ないか?
いや、当面はこれで良いか。俺もレベリングできるわけだし……
「分かった。Lv300にステータス6倍で手を打とう」
「6ばっ!」
「その最強の奴にレベルを追い抜かれても良いようにな。これくらいだろう」
それでも、老人は渋る。
「レベル300で大気圏は突入できるか?」
「いや、そんなに信用無い?」
「無い」
「即答やないかい……たしかに、Lv300ステ3倍やったらいけるんやけどな……バランス的にどうしても……」
「バランス? 考慮に値するとでも? 5倍なら、妥協できない訳じゃない」
「……いや、そう言われても。じゃあ、3.5倍は?」
「刻まない。ややこしいから」
「……しゃーない。レアスキルやねんけど、ボーナスや。4倍や」
「5倍って言ったが?」
「……ちょっとホンマに、それはアカン」
どうやら、これ以上は本気でダメな様だ。
「……ステータスは4倍で手を打つ」
老人は頭を抱えて杖を地面に叩きつけた。
よし、全ステータス値倍増のスキルが手に入った。
実質、Lv600なのだろうか?
そこは検証が必要だな。
「最後は全魔法適正だ」
「……いや、それはちょっと」
「適正については全魔法だが、一部以外はそこまで使えなくても良い。多少の攻撃魔法で敵を倒せたら良いんだ。ただ、治癒魔法と土魔法、補助魔法と生活魔法は例外無く使えるようにしてもらいたい」
「攻撃魔法の特化は流石に駄目なんやけど、土魔法はなんでや? それこそ、攻撃魔法になるんやけど?」
「農業とかは土魔法だろ? 工作系と連動する感じのやつだ。違うか?」
「……アンタ、魔法の無い世界から来たんやろ? なんでそんなに詳しいんや?」
え? 勘だけど?
と言うか、ゲームってそういうの無い?
「で、どうなんだ? さっきは譲歩したが?」
「……譲歩したのは、ワシの方なんやけど? ところでさ、アンタもしかして、他の神にも会った事ある?」
「さて、どうだか」
神は杖で地面を叩きながらそう言った。
まさか。神に会うのは初めてだ。こんなへっぽこでがっかりだが。いや、幸運なのかもしれない。
さて、これで完璧だ。
後は……
「最後に……」
「いや、三つ言ったやん」
「二つ目は譲歩させられたからな。スキルとしては弱いし。数に入れないよ」
「そんな横暴な……」
俺は黙って老人を見る。
一歩も譲歩する姿勢を見せないでいると、奴は観念したみたいだ。
「まだ何があるん? かなり譲歩してんねんけど?」
老人はちょっと怒り口調で言ってくる。
流石に譲歩させ過ぎたか?
「鍛治適正だ」
「……まあ、考えてることは分かったわ。これくらいならええわ」
さて、これで3つ揃った。
「あとは……」
「……は?」
老人は目を見開いて驚いている。
いやいや、そうなんだけどさ。
「いや、最後に武器が欲しいんだ。安物で良い。身の守れるものがあれば後は大丈夫だ」
「……あー、それならいええよ。なんや、えらい構えて損したわ……アンタ、自分の身を守る事に必死なだけで、案外無欲やろ?」
え? そうか?
「まさか、冷蔵庫に入りきらないほど詰め込んで召喚させる程度には図太いよ」
「たかが、冷蔵庫の中身やで? 服は? 寝る場所は? お金は?」
「あー、とりあえず、食べて雨風が凌たら大丈夫じゃないかな? その為のステータスなんやし」
「……強かやな」
そうなのかな?
結構、生きていけそうなスキルを貰ったと思うけど。
優遇され過ぎな気はしないけどな。殺されたし、当然の権利だ。
「武器と服はアイテムボックスに入れとくで。アイテムボックスやから量はかなり多いし大丈夫やろ。あ、傘も入れとくわ。じゃあ、異世界に下ろすで」
「ありがとう。で、俺がこれから行く世界はどんな世界なのだ?」
「あっちの世界か。まあ、魔法があるから科学は遅れてる。所によっては文化も歴史もかなり薄い。アンタの前世の知識を使っても構えへんよ」
そうか。
なら、冷蔵庫は役に立つだろう。
「では、早速するわ。ええか?」
「ステータスもアイテムボックスも確認した。大丈夫だ」
青い布の服をスーツの上に着る事で旅人の様相になった俺は帯剣しつつ答える。よし、行こう。
「では」
老人は杖掲げた。
そして、俺の体は光に包まれる。
「ごめんや」
消える刹那、老人からの謝罪があった。
主語が無かったが、何に対してかは明らかだった。