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死んだと思ったら迷子になりました

はじめまして。

なるべく間はあけないようにしたいですが、不定期になると思います。

気長によろしくお願いします。



オペラ、ロシェ、ドラジェ、オランジェット、ブラウニー、――チョコレート。

誰もが虜になる魅惑の甘味。甘いと苦いが一緒に味わえる不思議なスイーツ。それをを嫌う者はいない......わけじゃないけど、大体の人が大好きなお菓子。


私も、魅了されたひとり。


チョコレートと、ぐっすり眠ることができればそれでいい。好きで、好きで、大好きで、いつでもどこでもいろんなチョコレートをすぐ食べたくて――......私はショコラティエになった。


そりゃあ、苦労した。なにせ元々お勉強は嫌いだった。プロのショコラティエになるのに他の資格も取らなきゃいけないなんて知らなかったから、泣く泣く机に向かったさ......何がなんでもショコラティエになりたかったから。苦労した甲斐あってこの通り、ショコラティエとして独立できた。


おかげで幸せの絶頂だ。好きなだけ好きなチョコレートを作れる。考えることは色々だけど、それは変わらない。


お店の経営は我が親友に全て任せているし、お店に並べる分用意しておけば私は私のやりたいこと......つまり、チョコ作りに集中できる。実益を兼ねた趣味なもんだからそのことに文句は出なかった。最高の環境だった。


――だったのになあ。


熱いのに、寒い。腹ばいになっているアスファルトはべっとりして冷っこい。そんでもってすごいうるさい。いやマジで周りがうるさすぎる。文句のひとつでも言ってやりたいところなんだけど、声がでない。さらに指1本動かせない。おまけに頭がぼんやりしてきた。


死ぬんだなあ、とわかった。だって、すごい衝撃だったんだもの。交通事故って凄いんだなあ。ダンプカーに突っ込まれて吹っ飛んで地面に叩きつけられるのスリーコンボが軽いわけがないね。このベタベタ具合だと出血もハンパないに違いない。つまり、死ぬしかない。現代の医療技術?絶対とは言いきれないんだから期待しない。


まだやりたいことあったんだけどな。例のグラデーションフレーバー、試してみたかった。カカオ豆だって別のヤツ厳選して届くの待つだけだったのに。おふとんも新しいの買い換えたばっかりで......


あー、もうなんにも見えなくなっちゃった。身体の感覚も多分ないな。それにしても死ぬ時聴覚が最後まで残るって本当だったんだ......少し音量落ちたけど相変わらずうるさいし。わあわあうるさいよ、寝れないじゃない......


「ちよこ!......!...!」


おや、我が親友じゃないの。近くに来てたんだね。ごめんね、私の汚い死にゆく様を見せつけるあげく、君を置いていってしまうよ。もう君の大好きなヘーゼルナッツのプラリネショコラ、作ってあげられないや。


あー......なんだかすごく眠い。こんなにも抗えない強烈な眠気は初めてだなあ。これが、うん、死ぬって感覚かあ。ははっ、なんだかんだでやっぱり怖いや......


【ああ、ちょうどいい。この子がぴったりだ】


声だ。死ぬ間際まで本当にうるさいな。聞き覚えのない声だけどこれじゃあゆっくり人生を振り返れな......。......――ん?そういえば、


「そうまとうが......。......?」


意識が完全に沈みきる手前で、噂に聞く走馬灯がなかったことに気づいた。そしたら、意識はあっというまに急上昇。頭も冴えて、すぐにおかしい事だらけなのにも気づく。


おかしい、ダンプカーに正面から突っ込まれて吹っ飛んで叩きつけられた大怪我がどこにもない。


おかしい、倒れた地面に触れた部分が全部ベトベトになるくらい大出血だったのにどこも汚れていない。


おかしい、あれだけ人が多くて騒がしかった都会が今や人気のない森のど真ん中。


何もかもがおかしくて頭がオーバーヒートしそうだ。こんなときは......


「寝よ」


木の背が高すぎて何時頃かわからないけど、朝だろうが真っ昼間だろうがそんなことは関係ない。こういう時は頭ん中リセットした方がいいんだってお母さん言ってたし。ほら、あそこに丁度いいサイズのウロがあるし。まずは、寝よう。


この時点で、意識が沈みきる手前に聞こえた声のことなんてすっかり忘れていた。そして、この時の夢の中での邂逅すらも。


「......ぉあよー、ございま、あふ、すー」


良い1日は良い挨拶から。起きた時誰かがそばにいてもいなくても必ず挨拶は欠かさない。それは木のウロの中で全身がバキバキになってでもだ。固まった身体を無理やり動かしてウロから這いずり出れば、木漏れ日と少し冷っこい風が起こしに来る。きもちいーなあ。体内時計が狂ってなければ今は、朝の6時半のはず。自慢じゃないけど私は昼寝ようが夜寝ようが、誰かに起こされない限り翌朝6時半に目が覚めるのだ。


さて、身体はバキバキだけど邪魔されずにしっかり寝れたから気分がいい。夢は、うーん、見た気がしたけど忘れちゃったな。でも誰かがいたような......それよりお待ちかねの状況確認だ。


ぱっと自分の服を見下ろしてみる。特別おしゃれに興味がない私のファッションは動きやすさ重視だ。長くてゆるめのパンツに腕まくりしやすいパーカー、デニム仕様のマウンテンジャケットは使いやすいしデザインも好みのお気に入り。厚底スニーカーもやっと足に馴染んできていい感じだ。うん、家から出てきた時の服そのままだ。


ペタペタワサワサと、自分の身体を手の届く範囲で触ったり、手足を動かしてみる。どこも痛くないし、血も出ていない。トラックに吹っ飛ばされる大事故に遭ったにも関わらずに......あれは夢だったというの?ううん、違う。あの痛みを超えた焼けるほどの熱さも、身体の芯から広がる寒気も、ドクドク血が流れていく感覚も、親友の悲痛な叫びも、なにもかもが本物だった。私が普段から寝たがり眠気眼だからって、頭の中まで常に夢現というわけじゃない。......だけど、致命傷の“ち”の字どころか無傷の理由がわからない。てがかりもない。強いて言うならこの意味のわからない状況がてがかりかな。ケガで動けないよりはずーっとマシなのでとりあえずコレに関しては保留。


荷物はどうだろうか。愛用のショルダーバッグには多少土汚れがあるけど、傷やほつれはないみたい。これも愛用品で、シンプルでコンパクトな見た目に反して意外とものが入るので重宝している。


中身をひとつひとつ出してみる。大判のショール、財布、筆記具、A4のレシピノート、そして私のライフラインともいえるチョコ数種類がたっぷり。ショールが嵩張っている程度で、結構余裕があった。よし、中身も出かけた時に確認したとおり揃ってる。


続いてようやく、周りを見渡してみる。......木、木、木。木が三つで森という漢字が生まれたのには納得だ。これが林だったら少し先の様子が分かったかもだけど、みごとに生い茂る草花と木々が壁を作ってしまっている。花だとかは詳しくないから、それを見てもここがどの辺なのか検討もつけられない。聞き耳を立てるけど、そよ風に揺れる葉っぱの音や姿の見えない鳥の声しかわからなかった。ちなみに鳥にも詳しくない。でも猛獣っぽい鳴き声がしないのは収穫かな。


ここまででサバイバル素人の私で分かったのは、私が出かけ際の健康体であることとこの辺りが一応安全らしいということだけだった。


さて、どうしよう。


事が振り出しに戻ってしまいどうしようかと悩んでいると、一匹のどうしようもないモノが私の前に出てきた。


ぐうぅぅ......。


「......おなかすいた」


お腹の中の腹ペコ虫はこんな状況でも餌をねだってくる。こんな森の中でお腹が満足するものなんてあるだろうか。チョコレートはエネルギー補給には最適だけどお腹が膨れるわけじゃないし、数も限られてるからなるべくとっておきたい。私の心の平穏のためにも、とっておきたい。切実に。


ぐうううきゅるるるる。


「......」


手元にチョコがなくなることだけは回避したい。いずれは食べ切るだろうけど、少しでも先延ばしにしたい。意外と探せばくだものの一つや二つ、生っているかもしれないし......。


ぐぅうるるる、ぎゅるるる。


「......一枚だけ」


行き倒れたらヤバイしね、ひとつだけ、ひとつだけならこれからの景気づけになるから、うん。腹が減っては戦はできぬともいうし......じゅるり。


「それじゃあ......ふふっ」


真っ赤なパッケージ――安くてたくさん買える板チョコの中で、ちよこが一番気に入っているブランドのもの――とアルミホイルをピリピリ破けば、タイル壁のように整列した板チョコレートが頭を出した。開けた途端に押し込まれていた甘い香りがちよこの鼻腔に届き、思わず笑みがついて出た。ぴりぴりぴりと、チョコレートが割れてしまわないように慎重に、右手とアルミホイルで螺旋を描いて剥いていく。全体の半分ほどまで止めずに続けるこの時間が楽しくて仕方が無い。剥いて破いてベロベロになった紙とアルミホイルの短い帯はまるめて、適当にバッグに詰めこんで処理。ポイ捨てはいけないよ、諸君?


「いただきまーす」


いわゆるチョコレート菓子は、基本的に一口サイズのものが多い。もちろん、最近増えてる特大サイズとかは別で、だ。ケーキみたいに作るブラウニーだって市販物やショコラショップで並べられたものはだいたいカットした状態で販売されている。だから、一口で口の中いっぱいになるほど頬張る機会も早々ない。あっ、何個もいっぺんに入れない限りは。だけど、板チョコは違う。あのサイズで一人前だ。一口で口の中がいっぱいになる数少ないチョコレート菓子なのだ。


それに、大胆に、下品に、そして贅沢に、大口開けて、齧り付く。普段、そう、人目のある普段なら一口サイズに手折ってちまちま食べても良かったかもしれない。一応、女性としての自重はしているつもり。......その方が長い時間楽しめるしね。


だけど、今は私ひとりだけ。恥も外聞もなく、好きなように食べて何が悪い。


パキッと小気味よい音をたててチョコを歯で割る。一口が大きいもんだから、舌でチョコレートをうまく転がせなくてモゴモゴと口の中でさらに噛んで割る。


体温で口の中のチョコレートがじわりと溶ける感触。口全体にしつこく絡みつくねちっこい幸せの感触だ。とろっと溶けたところから少しずつ飲みこんでは、さらに溶けたチョコレートを味わう。あー、めっちゃしあわせ。


「ごちそーさまでーす」


食べ終わったゴミはきちんとまとめてバッグの片隅につっこんで、ひとり律義に食後の挨拶をする。食べ物とその作り手への挨拶は大事だからね。


ここまででとりあえずの状況確認は済んだ。お腹は膨らまないけどエネルギー補充も済んだ。なら、いい加減動くとしよう。どうせこのままここでジッとしてたって誰も来やしないだろうし。何かしら新しい情報をゲットしないと、待っているのは孤独な死のみだ――主に食糧難で。ただなあ、今動くと1個だけ問題があるんだよなあ......。


ここは、来たことも見たこともない場所だ。散策者を案内する舗装された道もロープもない森の中、当然その規模も、私がどの辺にいるかもわからない。そんな場所で対策立てずに動けばどうなるかって?答えはひとつ、迷子になるだけだ。しかもただの迷子じゃない、遭難者になる。遭難からの食糧難で死ぬのは避けたいなあ......どうしたもんかね。


使えるものはないだろうなとは思いつつ荷物を探ってみると、私はそれを見つけた。


「......お?これ使えるっぽくない?」


細く小さくちぎった、食べ終わったチョコレートのアルミホイルを進んだ先の木の枝に巻いて歩くこと数十分。早くも壁にぶち当たりそうです、お母さん。


名案だと思ったんだよ。ひとつだけの自分ルールーー立った時の目線の高さにある枝に目印のアルミホイルを巻くだけ――を決めた時は事が進展すると信じていた。どんなに小さくて目立たなくても、自分がわかる目印があればどうにかなると。しかし所詮はチョコレートの包み(アルミ)、どんだけ広いかわからない森に対して、量も大きさもあまりにちっぽけだった。つまり、早くもアルミホイルがなくなりそうです。これはヤバイ。ふりだしに戻っちゃう。そしたらそれこそ“詰み”だ。あーもう、この際悪いことでもいいから何か起きてくれないかな。ゲームとかマンガが進展するみたいに都合よくイベント発生してほしい!そうすれば......。


「――ぇぇぇん」


......えっ、ホントに何か起きた。声が聞こえちゃった。このタイミングでイベント?が発生したってことは行けってことだよね。うーん、ホントに行って大丈夫かなこれ。えっと、この声って泣き声......?......なら、急に襲われるってことはないよね、きっと。


獲物を誘う罠かもしれない声を目指し、私は木々の隙間を縫い歩く。目印のアルミホイルはもう使っていない。


――そうだ。罠の可能性が頭にあるのに、迷いなく進んでいた。この時気を付けていたのは、声の方角を見失わないことと飛び出た木の根に引っかからないようにすることくらいだ。この時まったく意識になかったけども――相手が善人でも悪人でも――誰かに会える大きな可能性に、鼓動に合わせた歩みを止められないくらいには、ひとり森の中にいることに不安だったらしい。


枝葉を掻き分けて目標に向かって進めば、あっという間に声の元に辿り着いた。


無尽蔵に犇めいていた木々が整列したように道を作っている。奥からサアサアと斜めに横切るように水が流れてきては過ぎて行く。ここだと空を仰ぐことも出来て、ようやく今がお昼手前だと分かった。陽の光を邪魔するものもなく、またたくように反射して光っている――その透き通った輝きは飲み水としての品質の高さを語っていた。そう、そこは、水の流れが緩やかな小さな川の辺だった。大きな岩とかもなく、起伏も少ない、キャンプにぴったりな場所だ。


美しい小川の認識とともに覚える強烈な喉の乾き。この森で目が覚めてから水分をとっていないから当然といえば当然で――死んだと思ったら無傷で、どこだか分からない森の中で迷子して、いわゆる極限状態というやつだったかもしれない。――川があるとわかった途端にそれを思い出した。


私は何をしようとしていたか忘れ、いや、それどころか水を飲むこと以外蹴飛ばし跳ねのけて川岸にスタートダッシュをきった。川の手前で勢いを殺しきれず両足揃って水の中に突っ込んだけどもおかまいなしにその場で膝をつき、その場に覆いかぶさるような姿勢でむさぼり飲み込み続けた。はたから見れば、人の形をした獣にしか見えなかっただろうなあ、四つん這いみたいなもんだったし。


さて、ここで想像してみてほしい。普段コップなり手掬いなり器から水をあおる人間が、勢いのまま何も考えずに水面から吸い込もうとすればどうなるか。まして、穏やかであってもうねり流れる川だったら?


「うぶっ!?げへっ、げっほ!え゛ほっ」


A.むせる。


......まあ、うん、当然だよね。あとから思い返してみれば、我ながら無様だったと思う。けれどその後のことを思い出せば、これはこれでアリだった。


「だ......大丈夫ですか?」


最初の目標だった泣き声の誰かの方から、聞き覚えある声をかけてくれた。背中をさすってくれる手があったかい。そして誰かは女の子だ。私は喉のひっかかりが小さくなるまでむせ続けて、ようやく礼を述べた。


「ごほっ......あり、ありがと」


さりげなく差し出してくれたハンカチもちゃっかり借りて顔を拭う。うわ、ハンカチ汚れてる......1日?近く無防備に森にいたからかな。流石にこんなに汚して申し訳ない。謝らないと。


背中をさする手を止めないでくれているその人に顔を向けて、その人の顔を見た私の言葉は消えてしまった。


「ごめんなさ......。......トカゲ?」


「えっと、竜人族……です」


艶やかな蒼い鱗に覆われた、人とトカゲを足して割ったようなみための少女――っぽい子が戸惑いながら返してくれた。


ううーん。もしかしてこれって我が親友が少し前ハマってた、異世界トリップってやつかな。



( ˇωˇ)スヤァ

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