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力の代償

 ミサキは、遠巻きに兵士達が惨殺される様子を見ていた。まるで、自分のいる日常とはかけ離れた世界の話のようであった。コウキも、マキのような力を持っているのだろうか。


「お待たせしました」


 マキが、ミサキのもとに戻ってきた。真新しかった衣は、ボロボロになっており、血がべったりとついていた。その殆どは返り血であろう。


 実際のところ、「待った」というほどの時間は経っていない。あれほど速く動いているとなると、鬼の時間感覚は、人間とは違うものなのかもしれない。


「おそらくですが……、伝令役がいて、今のことは本隊に伝わるでしょう」


「マキさんの情報が伝われば、こちらに来ないかもしれませんね」


「普通なら、進軍は避けられるでしょう。しかし、あれは裏で扇動している者がいて、そうはならないと思います」


 兵士たちがみすみす殺されるために来るとは到底思えないのだが、そのように仕向けられる者がいるということだろうか。ミサキには信じがたい事実であったが、マキが嘘をつく理由もない。素直に信じて対策をとることが得策と思われた。


「私が、手を貸すのはここまでです。既に干渉しすぎてしまいました。私も身を隠します。それでは」


 そう言ってマキは姿を消した。もう彼女の助けは得られない。自分たちでなんとかするしかないのだ。


 ミサキは、村中に襲撃が来ることを知らせて回った。村の者共は、村先で騒ぎがあったことを知っていた。敵兵の声が聞こえたことで、皆、外を覗いて見ていたようである。マキがミサキの家に来ていたことは気づかれていなかった。


 ミサキは、コウキなどのことも含め、ありのままを話すことも憚られたため、多少の嘘を混ぜて説明することにした。マキは偶然通りかかっただけで、もう近くにはいないこと。マキが村を去る際、たまたま見つけたミサキに敵襲を知らせたこと。ミサキは、この村に危険が迫っていて、逃げなければならないことを皆に伝えた。


「敵も恐れをなしてもう来ないんじゃないのか?」


「逃げ延びても、大方は略奪されちまう。家も田畑も失えば生きていけないじゃないか」


「苦労して育てた稲がまだ収穫されていないんだぞ。俺はあれを守らにゃならん」


 村人には、良くも悪くも農民としての根性が染みついていた。田畑と自分は運命共同体――そんな前提があり、村に残ると言い張る者も少なくなかった。


「嘘をついて私たちを嘲笑う気ね。そうはいかないわよ」


 サカエに限っては、ミサキの言うことを信じたくないという意思を見せた。もうどうしようもない女であった。


 一夜明け、ミサキの尽力により、逃げようとした村人は半数以下。マキの言ったとおり、全員を避難させることは難しかった。このままでは、多くの村人が死んでしまう。また、襲撃されれば、村はほぼ壊滅するだろう。これまでと同じ生活をするのは困難と思われた。下手をすれば、この村自体が滅びることになる。


 ミサキは、幼少時代から村人に疎まれ、不遇の中を生きてきた。この村にも、ここに住む村人たちとの間にもあまりいい思い出はない。それでも、この村が無くなってしまうかもしれないと思った時、ミサキは、この村や村人たちへの愛着が自分の内面にあったことに気が付いた。失いたくないと思ったのだった。


 だが、非力なミサキではどうしようもない。村を救う力はないのである。


「マキさんはもう助けてくれないし、どうすれば……。私にも鬼の力があったら、鬼……そうか!」


 ミサキは、近くに鬼が住んでいることを思い出した。コウキだ。コウキに頼むしかない。ミサキは裏山へと向かったのだった。



  ※  ※  ※  ※  



 コウキは以前、もう来るなとミサキに言った。それを実現させるためなのか、あれ以来、裏山でコウキの家には辿り着けなかった。実は、何度かあの時の順路を辿ってみたのだが、肝心の地蔵が出現しなかった。そのため、コウキの家には、行こうとしても行けなかったのである。今回も同じ結果になるおそれが高い。ミサキは祈るような気持ちで裏山を一周した。


 二回目の分岐点を通過し、暫く走ったところで、それは現れた。地蔵である。ミサキは迷うことなく道を折り返し、走り続けた。走り続け、懐かしいあの家へと辿り着いた。コウキの家である。


 ミサキは、息を切らしながら、家の扉を開けた。コウキは、囲炉裏の向こう側に、背を向けて座っていた。


「ここにはもう来るなと言ったはずだ。何をしに来た」


 コウキは、向こうを向いたままだったが、誰が来たかわかっていたようだった。


「お願い。村が他国の軍勢に襲われそうなの。助けて。お願いします」


 コウキは立ち上がり、こちらを向いた。あれから随分と時間が経っているはずだが、コウキの見た目は当時と全く変わっていなかった。やはり、時間の流れが人と鬼では違うのだろうか。コウキは、ミサキの方へとゆっくりと近寄ってきた。


「何故、俺が村を助けなければならない。助ける理由がないぞ。それに――」


 コウキは、ミサキの顎を上げ、その瞳を覗き込んだ。


「ここに来たら殺すといっただろう」


 やはりあれは冗談ではなかったのだ。コウキの顔は真剣そのものだった。だが、ミサキもそれは覚悟の上での再開である。ミサキの決意は、揺るがなかった。


「コウキが人の魂を食べるという伝説は、村にも伝わっているわ。私の魂を食べる代わりに、村を救って欲しい。そう言いに来たの」


 言った。ついに言ってしまった。ミサキの言葉を聞き、コウキは目を細めた。


「そこまでしてあの村を救って、お前に意味があるのか?あいつ等に何をされたのか、まさか忘れたわけではないだろう?」


「それでも、私にとっては大切なものなの。守る価値があるものなの」


 ミサキは少し感情が高ぶり、涙ぐんだ。


「お前は、「魂を喰う」ということがどういうことなのかわかっているのか?村には歪んだ形で伝承されたようで、表現が不正確だ」


 魂を喰われれば死ぬ。ミサキはそう思っていた。違うのだろうか。


「正確にはな、永久に俺の人形となるということだ。それが魂を食べると曲がって解釈されたようだな。俺は魂などというものは食わん。お前は、あの村人たちのために、俺に身も心も捧げることができるのか?未来永劫、身も心も俺に束縛されることになる。喰われて死ぬよりもつらいことだぞ?」


「……わかったわ」


 ミサキの決意は変わらなかった。


「…………そうか。わかった」


 暫く無言の時が流れ、コウキは静かにそう言った。


「だが、条件がある。敵をるのは、お前の役目だ。俺が貸し与えた力で、お前が手を下すんだ」


「そんなことが可能なの?」


「不可能でも、俺の命令は絶対になる。例え、その身が滅びることになっても、自分の意志とは別に殺人兵器となっても、お前が解放されることはない。その覚悟がお前にはあるのか?」


「コウキがそう命令するのであれば」


「場合によっては、村を救った後で、お前に村人を全員殺せと命令することもできるんだぞ」


「コウキは、そんなことするひとじゃないわ」


 コウキは、ミサキが判断を誤らないように最悪のケースを提示して諭してくれている。根拠はないが、ミサキにはそれがなんとなくわかった。


「コウキを信じているから」


 ミサキの真剣な眼差しを見て、コウキはふうとため息をついた。ついに根負けしたようである。


「お前は相変わらずお前だな」


 初めて出会った時のような優しい顔でミサキに微笑んだ。


「それではいくぞ。覚悟はいいな」


 ミサキは黙って頷いた。


 コウキが自分の頭の角に手を触れて引っ張ると、角は以外にも簡単に頭からとれた。だが、いつの間にか頭の角は復活しており、頭の角はなくなっていない。結果から言えば、新しい角が手の中に出たといったところだろうか。コウキはその角をミサキに向かって投げつけた。


 角がミサキの体に触れた時、ミサキは支配を受ける感覚に襲われた。身も、心も、ミサキの存在全てがコウキに支配されるということがわかる未知の感覚。ミサキは、コウキの言っていた意味を理解した。


 そこには、鬼となったミサキの姿があった。



次回で完結予定です。

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