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女の鬼

 ミサキは、嫁ぎ先を決める年齢になろうとしていた。村長には、様々な村の有力な家からミサキの縁談が舞い込んでいるようである。結婚相手は、通常親が決めるものであり、本人の意思が尊重されるか否かは、その親次第である。ミサキの親は、かなり前に他界しているため、ミサキの縁談の決定権は、村長が持っている。村長は、可能な限り自分の村の有利に事が進むよう縁談を持ち込む相手に条件を提示していた。無論、ミサキが口を出す余地などない。しかし、万が一相手が気に入らなければ、逃げ出してしまうという手もある。逃げ出しても迷惑がかかる家族などもう誰もいないのだから。


 ミサキは、村の同年代の男からも言い寄られていた。昔と違って辛く当たられることも少なくなった。これは、相手が大人になるに連れ、世の中というものを学び、本来の我を覆い隠していくからである。何も知らない者からすれば、ただの「優しい人」に見えるかもしれない。しかし、ミサキは彼らの若い頃を知っている。幼少時代の性格は、言うなれば、その人間の本性である。人は、成長するに従って、人当たりというものを覚える。それが大人になるということである。しかし、それは根本から変わるということではない。表向きでは取り繕われていたとしても、家庭という閉ざされた場に入った時には、その人間の本性が現れる。また、普段は現れないとしても、人間、追い詰められた時には本性が現れるものである。


 今言い寄ってくる男どもは、十中八九ミサキの美貌に惹かれているだけである。果たして、ミサキの内面を見て好いてくれている者はいるのだろうか。ミサキには、それを見分ける術がなかった。世知辛いようだが、無条件に与えてくれる者など、この世にはほぼいないのである。


 これまでに、その条件に合う者が一人だけいた。裏山に住む鬼のコウキである。彼は、村人がミサキを見放している状況にあっても、見ず知らずのミサキに食事を与えてくれるなど、救いの手を差し伸べてくれた。コウキがミサキを助けたところで、彼に何ら利益はない。そういった意味から、コウキの優しさは、彼の根底にあるもので間違いないだろう。


 因みに、何者かによって食料が定期的にミサキの家に届けられる現象は、まだ続いていた。おそらく、コウキが持ってきてくれていると推定されるのだが、その痕跡を示すようなものは何もない。最近は、ミサキが村から排斥される傾向が弱くなってきたためか、届けられる食料の量は減少してきていた。その一方で、櫛や髪飾りなど年頃の少女にとっては嬉しい品も、稀に紛れて届けられていた。それらはとても高価そうな物で、そんな物を身に付けている村人は誰もいなかったため、ミサキがそれらを安易に身に付けて、外を出歩くことなどできなかった。


 しかし、最近は縁談が持ち込まれる折にそういったものの差し入れがある。村長宅に届けられた場合、何故かサカエがそれを横取りしてしまっていることもあったようだが、ミサキの自宅に直接届けられることもあり、最近は堂々と貰い物を身に付けることができるようになった。コウキが届けたと思われる品々は、その中でも一際美しいものばかりで、ミサキのお気に入りであった。


 コウキと出会った当時、ミサキは恋愛の「れ」の字も知らぬただの子供だった。当時は、彼を父親のような感覚で慕っていたものの、それは一人の男として評価されるべきものであったことを、今となって思い知らされている。


 しかし、コウキは別れ際に、もうここ(裏山)には来るなと言った。おそらく、もう彼に会うことはないだろう。会うとすれば、それは自分が死ぬ時だ。コウキは、今度会ったら食い殺すと、別れ際に脅しの文句を吐き捨てたのだから。初恋にすらならなかったその良い思い出は、思い出のままミサキの心に残っていくことだろう。ミサキの心の中ではそんな整理がされていた。



  ※  ※  ※  ※  



 そんなある夜、ミサキの家の扉を叩く者がいた。ミサキが扉を開けるとそこには女が立っていた。灰色の着物を身に纏い、橙色の帯を巻いていた。頭には手拭いを巻いている。衣服の構成はそこらにいる村娘なのだが、その衣服は全て真新しい。ミサキは彼女の格好に違和感を覚えた。


「どちら様でしょうか」


 ミサキは、女に問いかけた。


「初めまして。私はマキと言います。説明するよりも、これを見た方が早いでしょう」


 そう言って頭に巻いていた手拭いをするすると解いていった。蟀谷前方の額部分に二本の角があった。鬼である。


「コウキの知り合いなのですか?」


「コウキ様を呼び捨てにするとは……噂に違わず、ですね」


「コウキ……様?」


 思ったとおり、コウキのことを知っている様子ではあったが、友人という間柄ではないようである。


「私はミキと言います。山を3つほど越えた地の鬼の集落に住んでいる者です。集落近くの村でつわもの共が襲撃をかけておりました。あと2日もすればこちらに進行してくるでしょう。普段ただの人間に気をかけることなどしないのですが、コウキ様が気にかけている子供がいるという話を聞いていましたので、お知らせに上がりました」


 戦乱の世、他国の兵が村々の資源を略奪するという話は珍しいことではなかった。それでも、武装勢力に村人だけで対抗するのは無理であった。


「ありがとうございます。村の者にも伝えて、皆で避難したいと思います」


「……私は貴女だけでもいいと思います。全員が避難することは無理ですよ。やってみればわかります」


「それはどういう……」


 何やら外の方が急に騒がしくなってきた。遠くから掛け声のようなものが聞こえてくるようだ。ミサキが外を窺うと武装した男達が攻めてきていた。暗くて分かりにくいが、100人ほどはいるのではないだろうか。田園の向こう側なのでまだ距離はあるが、時間の問題である。とても身の回りの物を掻き集めて逃げている余裕はなさそうだ。


「先行部隊がいたようですね。気が付きませんでした。……やれやれ、今だけ特別に加勢しましょう」


 そう言うと、ミキは目の前から消えた。



  ※  ※  ※  ※  



「前方に村が見えるぞ!」


 彦右衛門ひこうゑもんは、先行部隊として80人の兵を率いて本隊よりも先に進軍していた。偵察というほどの隠密行動ではないが、もし何かあればすぐさま連絡が取れるように用意はしてある。小さい村々は、自分たちだけで制圧することも任務の一つとなっていた。

 先に見えた農村はそれほど大きいものではない。おそらく、兵力は常駐していないとみて良いだろう。


「よし、制圧しろ!」


 彦右衛門が合図をすると、集落へと向かって一斉に駆け出した。だが、少し走ったところで、突然目の前に一人の女が現れた。艶やかな銀髪を靡かせる美しい女であったが、額の両端には角がある。


「あいつは鬼だぞ!気をつけろ!」


 人間と鬼が同じ町や村で共に暮らすということはまずあり得ないが、その異常なまでの戦闘能力の高さゆえに、傭兵として雇われることはよくあった。彦右衛門も鬼を見るのは初めてではない。一度戦いが始まってしまえば、死者が出ることは間違いない。


 いつの間にか鬼が部隊前方まで移動し、一人の首を刎ねた。首が無くなった体は、鮮血の飛沫しぶきを高く上げながら、その場にごろりと崩れ落ちた。一拍おいてから、首も地面へと落ちる。


「ひい!」


 生首と目が合ってしまった男は、悲鳴を上げ、一歩後ろへと引いた。


「かかれ!」


 彦右衛門は、一斉攻撃を命じた。こちらが手を出さなければ相手も何もしないのではないかとの希望的観測もあったが、やはり考えが甘すぎたようだ。


 鬼を取り囲むように次々と攻撃を繰り出すが、鬼の動きが早すぎて一太刀も掠りはしない。むしろ、鬼に瞬殺された兵たちが足元を邪魔して戦いづらい状況になりつつあった。


 そんな中、鬼が顔をしかめ、その動きを止める。鬼が背中を確認すると、右真ん中辺りに矢が刺さり、血が滲んでいた。動きが止まったところを見計らい、何太刀かが、鬼に打ち込まれた。そのうちの一太刀は、鬼の左頬に切り傷を入れた。


 鬼は頬を手で撫でて指先についた血糊を確認し、手を震わせた。


おん


 鬼がそう呟くと、鬼を中心とした円状の衝撃波が生じ、兵たちは3、4メートル後方へと飛ばされた。一般的には、妖術、魔術などと呼ばれるものであるが、鬼たちは、これを鬼道きどうと呼んでいるらしい。武闘だけならまだしも、未知の術まで使う。鬼との戦いは非常に厄介なのであった。


 その隙に鬼は背中の矢を抜くが、抜いた後からは血が流れ続けている。通常の人間であれば、まず止血を考える量であった。しかし、鬼は気にすることもなく、矢を傍らに投げ捨てた。


「人間の……たかが人間の分際でこの私の顔に傷をつけようとは!」


 鬼は怒りに声を震わせていた。左肩に頬を当て、流れ出た血を拭う。先ほど受けたはずの頬の傷は、跡形もなく消えていた。背中の傷も気にしなかったのは、直に回復してしまうということなのだろう。


「第二(つい)、発現」


 鬼が、何かを呟いたようだが、彦右衛門たちには聞こえなかった。しかし、目の前で起こった鬼の変化はよく分かった。額にあった角はメキメキと太くなり、牛の角のように湾曲した形で天へと突きあげる格好となった。また、頭頂部付近にも後方に向けて、新たな角が二本突き出した。兵たちはごくりと唾を飲み込んだ。


二対鬼についき……だと?」


 彦右衛門は、噂で聞いたことがあった。鬼の中には、稀に二対の角を持つ者がいる。恐ろしく凶暴で、1000人の兵をもってしても討ち取ることは難しく、この世で地獄を見ることになる。目にしたら必ず逃げること。手を出したら必ず死ぬことになると。


 聞いた話がどれだけ誇張されているかは知らないが、今いる兵は数十人しかいない。残りの兵力で勝てる余地など全くなかった。最悪なことに、手を出してはいけないと言われているものに、既に手を出してしまっている。今はどれだけ犠牲が出ようとも、逃げることを考えなければならないだろう。


「皆の者、引け!撤退だ!」


 彦右衛門は兵たちに撤退を宣言し、自分も体の向きを変える。目の前には鬼が立っていて、行く手を遮っていた。


「今のは、誰に向けて言ったのだ?」


 鬼は微笑を浮かべて彦右衛門に問う。周りでバタバタと兵たちが地面に倒れていくのが視界に入った。彦右衛門が辺りを見渡すと既に皆、絶命しているようであった。


 噂は本当だった。何ら誇張もされていない。人間が手を出してはいけない領域だったのだ。


 これは、今まで何人もの村人や敵兵を殺めてきた報いなのか、それとも単に運が悪かっただけなのか。自らの問いかけに、答えを出す間もなく、彦右衛門の思考は途切れた。


3話完結を目指していたのですが、

想定よりも戦闘などが長くなったため、

次回完結は微妙です。


あと、前回の予告は嘘となりました。

申し訳ありません。

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