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091:もう一つの依頼

農場の見学会が終わったら、みんなで少し遅めの昼食を取る予定だった。

いつものセルフサービス形式で料理が引き続き進められていた。

先に解決する問題があったので、レンの家から手伝いに来た侍女に話しかけた。


「今日はありがとう。あの、ちょっと良いかな?」

「お役に立てたなら何よりです、どうかしましたか?」

レンが隣にやってきて、「ちょっと話があるの」と言い二人で前に立ち侍女を連れて行く。

コンコンとノックをして応接に入ると既に3名着席していた。


ガレリアとポライト男爵夫人が正面に座り、その反対にローレル教授がいて侍女はその横に座るように促された。

一瞬こちらを見たけど今回の用事はこの侍女である、レンと一緒に邪魔にならない位置に立つ。

事情が分からないまま侍女が着席すると、ローレル教授が口火を切った。


「兄から話は聞いているよ、ルオンの事を献身的に介護してくれたようだね」

「侍女として当然の事をしたまでです」

「普通の侍女の分を超えた事だと聞いているけど」

「それについては返ってご迷惑をおかけしたと思っています」

「いや、そこを責めようと思って話している訳ではないんだ。ルオンが今元気なのも君のおかげだと思っている」

「そんなことはないと思います」


小さな声で言ったのでそれ以上の押し問答は発生しなかった。

「ルオンも順調に与えられた仕事やこの事業を頑張っているようだね。そこで兄から君達に課題が出たんだ」

「課題ですか?」

「そう、もし二人がこの先の関係を望むなら、それぞれ一人前になるまで離れる事。どちらかが望まない場合は今まで通りの関係で構わない」

「あなたの素直な気持ちを聞かせて欲しいの」レンが侍女に気持ちを確認する。

「私は・・・私はルオンさまをお慕いしております」

「こんな大勢が集まる席でごめんなさいね」ポライト男爵夫人が侍女を優しく気遣う。


「貴族家とは体面を気にする、結婚相手は政略に関わるものでもあって、それなりの相手を見つけないと低く見られるのだ。ぽっと出で男爵になった私が言うことではないがね」

「ガレリアさま、本当は貴族家でもピンからキリまであるのです。よく青い血と評されますが意識の低い家がどれほど多いか。本当は家柄など関係ないのです」

「ポライトさま、さすがに伯爵家だと・・・」

「そうですね」

侍女には話の執着地点が見えなかった。


「伯爵家の当主候補なら確実に貴族家より嫁をとります。別に正妻でなくても構わないと言う人も出るでしょうが、その者も貴族家から選ばれると思います。愛妾ならなくはないですが、場合によっては命の危険も発生するのです」

ポライト家は外交が得意でしかも色々な家に行儀見習いの指導にも出る為、聞きたくもない情報まで入ってくるらしい。

「そこで最初の話に戻すよ、兄から二人に対する課題は褒美でもあるんだ。ガレリアさまにお願いをして紹介してもらったのがポライト男爵夫人で、君は見事お眼鏡にかなったんだよ」

「いくらガレリアさまのお願いだとしても、仕事として受けるには相手にも失礼ですわ。あなたさえ良ければ私達の娘にならないかしら?」

「え・・・娘ですか?」

「戸惑う気持ちはわかるわ、レンから聞いたけどあなた御両親は?」

「小さい頃に生き別れたと聞いております」

「その経験は辛かったかしら?」

「いいえ、ルオンさまをはじめ皆様に優しくして頂きましたので」


「家族は良いものよ、うちは下級貴族だけど王家でも無下に出来ない実績と信用があるの。是非私の技術も学んで欲しいし、ここに集まる皆があなた達の幸せを望んでいるわ」

「形的にはクビになるし、ルオンのいない時期に出て行く事になる。ルオンは領地経営がうまくいったご褒美としてお見合いで出会う予定だ」

「あなたにとって悪い話ではないと思うの、数日考えても・・・」

「お願いします、この気持ちが変わることはありません。もしルオンさまに心変わりがあったとしてもお幸せでいてくれるなら・・・」

「大丈夫だよ、あの子は昔から一途だからね」


今日のルオンは父と同席で挨拶周りをしていた。

まだ「事業から手を引き領地経営に力を入れるように」という指令を直接は受けていない。

ポライト婦人とレンと侍女は一緒に別邸に戻り、私物を持って屋敷を出ることになった。

伯爵夫人へ挨拶をすると、「あなたが本当の娘になる事を祈っているわ、ポライト夫人から多くを学んで誰にも文句を言わせない令嬢になりなさい。そして幸せになるのよ」とエールを貰い二人は抱き合った。

こうして一人の侍女が姿を消して一人の令嬢が誕生した、養子縁組の手続きは滞りなく行われた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


午後の農場は仕事が落ち着いた者から早上がりにしていた。

事務方は仕事が残っているようなので遅くの合流になったけど、午後から徐々に職員で花見をしようという事になった。

奥様達の会合だったので酒を出さなかったけれど、セルヴィスからはワインや葡萄ジュースは樽で仕入れていて、現在アーノルド家のワインを飲めるのはこことワインバーのみであった。


時折、仕事でセルヴィスの所から護衛が来たり商業ギルドからレイクが来たりするくらいで基本的にご近所さんはいない場所だ。

まだ初回の給料も出ていないので、娯楽としての飲み会は大切だと思う。

ナディアは是非お爺ちゃんにも見せたいと言い、途中から合流したナナは見学依頼が増えるでしょうとうんざりした顔をした。


「もー、リュージ君。本当に良いんですか?」

「え?何がですか?」

「あの二人の男爵夫人、銅貨1枚ですよ。本当に信じられません」

「ああぁ、あそこまで失態をおかしたなら良いかな?どうせ出入り禁止は確定だし。会計処理は適正にお願いしますね」

「ええ、それは勿論。それにしても王家は素晴らしいですね、あんなにも沢山・・・」

「ストップ。ナナさん、あまりお金の事を大勢の前で言うのは・・・」

「あ・・・、ごめんなさい」


多くの人と話していたガレリアもやってきて、ナナは何があったかを自供するとガレリアに窘められた。

「もう、あの会計の話は終了です、後で追加の支払いに来ても『受け取り済みです』と断ってください。自分なりには1食に銀貨1枚はと思うけど貴族家ってやっぱり感性が違うのかな?」

「そんなことないよ、リュージ君。あれなら銀貨5枚でも食べられるか微妙なところだよ」

「ナナ、リュージ君は止めんか。なあリュージ君、私がそう呼んでいるのがまずいのか・・・」

「いや、そんな事はないのですが・・・。年下ですし」

「事業主に年上も年下も関係ない。みんな、とりあえず呼称が決まるまで『リュージさん』で統一する。後々、農場長と呼ぶか財団長と呼ぶか宮廷魔術師殿と呼ぶかは発表する」

「どれもなりません」

「冗談だよ」


レンが戻って来るとローレル教授が知らぬ間に近寄って来た。

と言うか、帰っていなかったんだと居る事に驚いていた。


「リュージ君、ありがとう。これでルオンも喜ぶと思うよ」

「いえいえ、二人が出会うにはまだ時間がかかると思います。冒険者ならアフターサービスも大事ですしね」

「そう言ってもらえると助かるよ。僕も安心して今の仕事に打ち込めるからね。そこでだけど改めてフリーになったレンはどうだい?」

「叔父様!私のことなど気にせずに早く相手を見つけるべきでは?」

「それがなかなか良い出会いがなくてね」

「あら、じゃあ私が紹介してあげます。貴族の出身で元騎士科にいた魔法を使える才女などいかがかしら?」

「あ・・・いや。そうだ、リュージ君。レンの事を末永く頼むよ。僕は用事を思い出したのでこれにて」

ローレル教授は人ごみに紛れて帰っていったようだ。


「へー、リュージさんは貴族のお嬢さんが好みなんだぁ」

「ナディアさん、何を言ってるんですか」

「このこのぉ、リュージさんもてますねー」

「ナナさん、さっき怒られたばかりでしょ」

「あんなのへっちゃらです」

「いや、少しは反省しようよ・・・」

「ふぁーい」

「リュージ、もてるな」

「ザァクゥスゥ、少しはこの心労肩代わりして」

「長年レンに連れまわされると慣れるもんだよ・・・」

「ザァクゥスゥ、よく言ったわね。最近買い物の荷物持ちも遠慮してたけど、次の休みの日には覚えておいてね」

「うへぇ・・・、失敗した」


それからはガレリアを交えて主要メンバーで相談をした。

本格的にレンがこの農場に関わることになり、ルオンが自領の経営をするので手を引く事が決まった。

ルオンには今までの報酬で多くは出せない代わりに、大量の種生姜にレシピを添えて贈る事にした。


枝垂れ桜の花が落ちるまでは、樹の下に限り予約した人達に無料開放を行った。

セルヴィスと【先代会】やレイクを筆頭とした商業ギルド関係者、話を聞きつけた職員の知り合いが来て連日宴会をしたようだった。

雪山訓練の時にお世話になった商業ギルドの木材部ゴルバまでもがやってきて、「是非この農場にある樹の仕事に関わらせてくれ」と頭を下げてきたので、レイクと相談し外部顧問になってもらった。

フリーパスで個人用に欲しい樹の実ならば少量なら持ち帰りOKという契約にした。


そして花見で樹の下が賑わう中、案の定二男爵家が「是非適正価格で食事代を支払わせて欲しい」と言って来たが農場側では拒否し、ガレリアが間に入って事を収めてくれた。

やはり頼れるガレリア先生は、政治にも長けている人だった。




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