085:プレオープン
4人で学園長まで挨拶をしに行くと、ザクスと学園長が打ち合わせをしていたようだ。
王子に迎えの馬車が来て、その後にセレーネの迎えが来た。
「レン、ありがとう。この御礼は必ずするわ」
「セレーネさま、気にしないでください。そして末永くお幸せに」
一列になって深くお辞儀をしてお見送りをすると、学園長から首尾を聞かれたレンが「ヒミツです」と口に指を当てていた。
寮に戻るとローラの引越しが始まっていた。なるべく少量に抑えた荷物だったけど、執事と侍女の二人は手伝いたそうにうずうずしていたようだ。夕食では大げさにならない程度の歓迎パーティーを開き、翌日の入学式を控えて早めに就寝することになった。
翌日は入学式で学園に在籍するものは、ほぼ全員出席することになった。
新入生代表をローラが務め挨拶すると、在校生代表としてヴァイスが務めることになった。
各科各グループの代表による説明と勧誘があり、最後は特待生からのエールを送る事になった。
代表してレンとザクスが前に出ると、新入生だけに贈り物がありますと告げ新入生以外は退席となった。
各科の教授が生徒を散らせ、新入生を学園長とローレル教授が先頭に立って昨日の温室まで案内した。
特待生5名で分散して新入生全員に見える位置に立つと、いちごの取り方を実演する。
何名かの教授が入れ替わり立ち代り入場したが概ね好評だった。
新入生には「今日の事はヒミツだよ、この1年僕はヒミツにしていおかげで色々美味しい物にありつけたからね」とザクスが告げると多くの新入生がクスクス笑いながら「ハイ」と元気いっぱいな返事が聞こえてきた。
学園長の依頼も無事達成すると、「君達5人なら達成出来るだろう、新しい課題を後で与えるので心して待つように」と宣言された。
そして決戦の日がやってきた、薄暗い店内で明かりがぼんやり灯ると円陣を組んだ。
「今日と明日がプレオープンです、今まで練習した事を発揮出来るようにお願いします」
「みんな、今までありがとう。とにかくゲストに楽しく飲んで貰えるよう楽しくやろう」
セルヴィスの言葉に「おう」と言い、それぞれの持ち場に戻っていく。
奥の薄暗い個室のテーブル席では既に乾杯が済んでいて、今はゆっくりのペースでデキャンタージュされた2種類の瓶を手酌で飲んでいた。「それでは開店です」カランコロンカラーンという音とともにドアが開かれた。
接客担当は黒いベストをびしっと決め、セルヴィスはあくまで裏方に徹するようで調理場の奥の方に下がっている。
「皆様、本日はお越しいただきましてありがとうございます。当店の主人は恥ずかしがり屋のようで、私のような若造に挨拶を任せて下がってしまいました」
参加者から笑いが起きる、すると奥の方から「聞こえてるぞー」と声が聞こえてきた。
「本日はご招待させて頂いたので無料になります。皆様どうぞ今日飲む量は程々にして、是非今度お金をいっぱい持って飲みに来て下さい」
「高かったらこねーぞー」とか「おやっさん、でてこーい」という言葉が聞こえてきて再び笑いが起きた。
全員にワインが配られるとガレリアが乾杯の音頭を取ることになった。
店内はテーブル席半分・立ち飲みが半分で、テーブル席の所には直接注げるように2個の樽が設置されていた。
主に飲み放題なのがテーブル席で入店時に会計を済ませ、おつまみなども随時支払う方式になっていた。
今日の招待客は【飲兵衛】ではない、ゆっくり味わって飲むタイプのお客を招待していた。
立ち飲み席ではカウンターや背の高いテーブルが設置してあり、何箇所かあるテーブルではテーブルの中央に円形の切れ込みがあった。テーブル席の奥の一角は招待客が団体だった為、2個を連結して大きなテーブルでワインを楽しんでいた。
「あぁ、うまい。とにかくうまい」「何でこんな美味い酒をみんな飲めなかったんだ?」など、久しぶりのアーノルド家のワインを味わったせいか心地良い余韻を楽しんでいた。
テーブル席に1名・立ち飲みの方に1名女性が配置されている。
そして調理場からカウンターへ料理が並ぶと、もう一人の女性が「おつまみを配りまーす、取り皿にお取りください」と大きな声が店内に届いた。
最初に配られたのはスライストマトだった、端に塩が盛ってありオリーブオイルがさっとかけられていた。
「ほう、さっぱりして旨いな」
この赤い実がどんなものかを想像して、何処の土地で作られているか領地を当てようと考えている団体客がいた。
調理場から背の短い七輪のような物が届くと、テーブルにある切れ込みが開けられるようになっていてそこにすっぽり嵌める。
天井からチェーンとフックがぶら下がっていて、調理場から届けられた丁度良い温度の油の鍋を引っ掛けると、いったん下茹でして粉を打ったジャガイモがやってきた。調理補助の女性が芋を揚げていくと空腹を刺激する香りが漂い始める。
バジル塩で薄く味付けした芋は立ち飲みでは好評だった、テーブル席は今回静かに飲む人が多いので調理場で調理した物が皿で届けられていた。
その後はオニオンスライスを特製ドレッシングで、瓶詰めで小さなトングが刺さった小さいキュウリのピクルスが出された所で店の外から大声が聞こえてきた。
ガレリアと一緒に外に出ると4人組が2組いた。
「どーもー、善良な市民でーす」
「おうおうおう、この店の責任者出せや。誰に断って出店してんだごるぁ」
左手の団体は自称善良な市民らしい、バールや木剣を持ってるようだけど。
右手の団体は地回りだろう。出店するに当たりこの土地でそういう仕事に携わっている人を探してみたけど、該当する団体はいなかったと記憶している。店内の立ち飲みの客が「なんだなんだ」と出てくる、そして異変を感じたのかセルヴィスがやってきた。
「新しい店なんだってな、おい飲ませて貰おうぜ」
「いえ、まだ準備段階です。今日は招待させてた頂いたお客様だけ・・・」
「うるせーよ、ワインバーだって?誰に断ってワインなんかを扱ってるんだよ」
「何の騒ぎだ、お前達を呼んだ覚えはないぞ」
「あ・・・」善良な市民の方の顔に布を巻いて木剣を持った男が何かを言った気がした。
「おっさん、お前が責任者かよ。俺らを通さないで王都で店を開けると思うなよ」
「ほう、きちんと届けを出した店で更に許可がいるとな。そもそもお前ら誰だ」
「ごちゃごちゃうっせーよ。まあ、今日は金を払えば帰ってやるよ。感謝して有り金出すんだな」
殺気立つ客にテーブル席のゲストも外に出てくる事になった。
「痛い目に合わなきゃわからねぇようだな、おいお前ちょっと遊んでやんな」
立ち飲みの客に紛れていたヘルツがこっそり木剣を背に隠していた、指名された男は話が違うと指示した男に文句を言う。
「ここまできたら一蓮托生だぞ」その言葉に諦めたかのように、一人でセルヴィスの前に木剣を持って構える。
ヘルツがセルヴィスに木剣を投げると華麗に受け取り、何故か構えずだらりと片手で握っただけだった。
「おやっさん、ごめん」男が踏み込むと肩に打ち込む直前で寸止めをした。
「何故打たない、敵と認めたなら躊躇うなと教えたはずだぞ」
「おやっさん、俺・・・俺」
「何も言うな、お前にも立場があるのは知っておる。後で聞いてやるからその木剣を捨てるんだ」
「いや、俺はもう迷わない。おやっさんは俺が守る」
「まだまだお前に守って貰うほど耄碌しておらんわ」
木剣を構える2名に地回りチームが苛立ちを顕にする。
「お涙頂戴は終わったかい?少し痛い目を見てもらう必要があるようだな」そう言うと指をパチリと鳴らした。
合計20名くらいの【ならず者】が合流した所で、ある男が「おい、あいつうちに配達に来る【デントス商会】だよな」と口にする。
すると堰をきったかのように「あいつはうちの担当の【デントス商会】だよ」「あいつはうちの・・・」と全てデントス商会だと分かった。
黒猫が一匹足元に擦り寄ってきて、振り向くといつの間にかレイクとヘルツとレーディスおばあさんとウノ君がいた。
ガクガク震えている商業ギルドのウノは観念したのか一人の男を指差していた。
「ウノ、てめぇ裏切るのか」
「あれ?ウノ君のお知り合いですか?ちゃんと上司に紹介したいので名前を教えて貰えますか?」
「の・・・ノルド子爵家のゴレアさまで・・・す」
「ほう、この王都で店を出すのにデントス商会の許可がいるとは初耳だの」
グレイヴが前に出ると怯むゴレア、そして背後にいる男に向かって「初耳だの?デントス商会の?」
今日の先代会の会合はセルヴィスの招待という形を取りこの店で開催することになったのだ。
デントス商会の会頭には次回開催日と場所を秘密にしてたようで、急に連れ出されたようだ。
「お前達、何をしているんだ。私のいない所でそんな事をゆ・・・」
「黙らんか、もうとっくに調べはついているぞ」
あちらこちらからネコが集まってくる、会頭に向けて一斉に「にゃー」と鳴くと慌てていた。
「商会にとって情報とは金だ、しかしな情報は生かし方次第で毒にも薬にもなるんだ。お前は毒の扱い方を間違えたんだよ」グレイヴの言葉に何かを察した会頭は地面に膝をついた。
とどめを刺したのは最後に出てきた、王子とノルド子爵家と隣接した伯爵家と男爵家の当主三名だった。
「聞き取りにより3家の関与はない事が確認できた。しかし、男爵家と子爵家の息子の関与は看過出来ないものだ。プライベートの為、後ほど結果を報告するように」
王子の一言で戦意を完全に喪失したデントス商会の面々。実はセルヴィスの店の開店祝いに多くの者がこっそり潜んでいて、全員捕縛して転がした後プレオープンの続きが始まった。
先代会と王子が撤収し、それから【飲兵衛】達の宴会が始まった。
途中騎士がやってきてデントス商会が回収されていったが、椅子がなくなったと言う者がでたのが困ったくらいだった。
調理場からはピザが焼けましたという言葉に、料理の内容も分からずに沸き立つゲスト。
ジャーマンピザとマルゲリータを焼いても焼いても焼いても終わらず、「お前ら明日の仕事に遅れたら俺が承知しねーぞ」というセルヴィスの言葉にようやく解散になった。
どれだけ偉くなっても、どれだけ強くなってもおやっさんには敵わない。それが嬉しくもある教え子達であった。