077:あたたかい
「おい、その篭はパンだよな」
「はい、騎士の皆さんはスープだけで良いと聞いたので、こちらはサラとルーシーの分です」
「待て待て待て、誰かそんな事言ったよ」
「私がちゃんとこの耳で聞いたんだけどね」
慌てて否定するヘルツに女将さんがパンを頬張りながら答える。
「なんだ?騒がしいな・・・」大将まで食べながらやってきた。
「ヘ、ヘルツがいらないだけで俺達はまだ断ってないぞ」
「「「そうだそうだ!」」」
苦笑しながら様子を見てると、ヘルツが二日酔いを吹っ飛ばしてつかみ合いあいをしている。
「試食で沢山作っているので皆さんの分もちゃんとありますよ」
「そ、そうか。そこま・・・いやいやいや、ありがたく戴こう」
ふかふかの柔らかい丸パンを篭に盛って出すと騎士達が取り合っている、それを風呂の視察に来た村長と領主代行が口をあんぐりさせながら見ていた。
「あっふ、ふむ。うまいの」
「これは・・・ほふほふ、貴族でもなかなか食べられるものじゃないですよ」
「これも特産になりますかね?」
「うんうん、この美味しさが日常になるならパンの価格が上がっても売れるんじゃないかな?で、どうやって売るんだい?」
「まず、このパンは小麦粉とある粉で混ぜています。作り方も特殊です。」
「ふむふむ」
「一つはこれをきちんとした比率で混ぜたミックス粉として売る事。ただ嵩張りますし、どこかで偽造品が出た時にこの村の信用ががた落ちします」
「それは問題じゃの」
「もう一つは元の粉を少量だけその土地を管理する貴族、またはギルド経由のみにすることです」
「作り方をセットで売るんだね」
「そうです、多分後半の方が安定すると思いますよ」
「で、君への対価はどうしたらいいかな?」
「自分はこのパン以外の方で売り込むから大丈夫ですよ」
「王国からはきちんと報酬を払うように言われているんだけどね、帰るまでに何かお土産という形なら受け取って貰えるかな?」
「ええ、それならありがたく頂きます。サラとルーシーにも関わる事なのでマザーとよく打ち合わせをしてください」
「ああ、領主代行の名の下に誓うよ」
今日はこの後、パンを大量に焼いて試作を重ねるらしい。
レシピと帰る際のお土産も貰えるようで、王国でも宣伝出来るように大量にお願いをした。
それから皆で風呂場へ向かうと試運転となった。
魔道具の宝石に触れて魔力を流す、淡い紫の光が一瞬竹全体と包んだかと思うと変化が訪れる。
竹の上部の切れ込みからすぐ下の木枠にコポッっと一瞬溢れ出した湯は、すぐにトクトクトクと一定の湯量を小気味良く注いでいく。木枠に溜められた湯は一定量を超えると半分に割かれた竹を通り、湯船へ流し素麺の最後のような状態で落ちてく。
「これは溜まるのに何時間かかるんじゃの?溜まる頃には冷めてると思うじゃがの」
「そう思いますよね、この手の魔道具は注ぎ込まれた先でも増えるようですよ」
「ほぉぉ、そうなると今度は溢れぬかの?」
「減った量が補完されるだけのはずです、きちんと湯船の範囲指定もしてあるので大丈夫だと思いますよ」
「まあ、村長。質問は全部終わってからしてみようか」
一先ず風呂を沸かす流れは問題ないようだ、ゲイツさんや騎士達にお礼を言うと騎士達が上着を脱ぎ始めた。
「まだ早いですよ!」
「リュージ、こういうものは早いもの勝ちじゃないのか?」
「あ、待ってください。本気で待って」
溜まるまでの間に説明をすると、今後やって欲しい事をお願いする。
「まずは風呂の入り方です、皆さん普段風呂って入ってないですよね?」
「ああ、そうだね。そういえばこれを持ってきてたんだった」
領主代行が出したのは固形石鹸だった、王都からの支援物資にあったらしい。
雑貨屋で買った桶と椅子を出す、そして体を洗ってから湯船に入ることを徹底してもらう。
布を取り出して石鹸を使って洗うジェスチャーも交えてだ。
湯船の清掃時には魔道具のスイッチのオンオフをするやり方を説明する。
これはアンジェラかサラかルーシーが出来ると思う、試して貰ったけど問題なく出来たみたいだ。
最後に今後の雨対策の屋根と更衣室と備品についてお願いすると手配をしてくれるようだった。
そんなこんなを説明すると湯船に湯が大部溜まったようだ。
「なあ、もう良いんじゃないか?」
「村長・領主代行、先行して解放していいですか?」
「こういうのは製作者の特権じゃの?汚さぬようにな」
「そうですね、使い方は後々広めましょう」
「ヘルツさんゲイツさん、皆さん良いらしいですよ」
上半身を脱いだヘルツが号令をかけると騎士が並ぶ、ゲイツはゆっくり真っ裸になっていた。
「一同構え!湯をかけて汚れを取れ」
石鹸を手渡すと布を使って丁寧に汚れを洗い落としている。
何個か仕舞っていたはずの桶として使えそうなものを順次出していく。
真面目に洗っていた騎士にゲイツが一番に湯船に入り「ふぁぁぁぁぁぁ」とおっさん臭い声を出していた。
チラチラ見る騎士達をうっとおしく思ったゲイツは、桶に湯を入れ騎士達に浴びせかける。
「おい、ゲイツ何するんだよ」
「チンタラチンタラ、それでも騎士か?」
「その言葉、もう一度言えるかな」
下も脱いだ騎士は桶でざっと洗い流すとゲイツに突撃して行った。
「サラちゃん、お風呂ってなんだか面白そうだね」
「ルーシー、私はちょっと怖いよ。でも、お姉ちゃんと一緒ならいいかも?」
「皆は後で入ろうね、あんな大人になっちゃダメだよ」
こっそり話すと「ちゃんと聞こえてるぞー」と湯船から声が聞こえてくる。
村長と領主代行と女湯の方も確認したけど問題がなさそうだった。
ゆっくりチョロチョロ流れる源泉かけ流しのような状態で、溢れた湯は発生地点の下部にある穴へ流れ消失していった。
「仮にですが女湯の覗きがあったらどうしますか?」
「これは後で話しあうの、まあ罰金といったところじゃの」
「そうですね、その辺はこちらで考えますから大丈夫ですよ」
「では、お願いします」
反対側に戻るとゲイツと騎士達が仲良く目をつぶって風呂を楽しんでいた。
「こんなカピバラの温泉風景見たことあるなぁ」
「何か言ったかの?」
「いいえ、うまくいって良かったです」
「色々ありがとうございました、それでリュージ君は何時までこの村に居られるのですか?」
「この後の予定も詰まっているので明日の朝にでも発てれば・・・」
「では、こちらもその手配をしておきますよ。マザーにもきちんと挨拶してくださいね」
「はい、では二人を連れて協会へ行ってきます。後はお願いします」
サラとルーシーを連れて孤児院へ戻るとマザーへ挨拶をする。
「慌しくなってしまいましたが明日この村を発つ事にしました」
「随分色々頑張ってくれたみたいですね、王都へ行っても元気で過ごしてください」
「ありがとうございます、村長と領主代行にもサラとルーシーの魔法についてよくお願いしましたので」
くすっと笑ったマザーは「もう大丈夫ですよ」とこちらの心配性を指摘した。
新年のレイシア王女についても自分の道を歩み始めたと言い、アンジェラについても決意を決めた子は強いと評価していた。
実は女神さまからの信託はアンジェラの事だけではなかったようだ。
「リュージ君の行く道には多くの仲間が出来る反面、多くの敵も増えることでしょう。点は線になり、線は面になり、面が世界を覆う。行く道を信じ照らして行く役目として、この遠い土地から見守っています」
「ありがとうございます、何度も別れを言うのもあれなので今度は遊びに来ますね」
「ええ、その日が来ることを待っています」
その後は学園の特待生でお世話になっている事、ガレリアやサリアル教授に師事している事、今度農園みたいなものを始める事、その他時間が許す限りとりとめのない話をいっぱいした。時間いっぱいまでみんなで過ごし夜は宿屋に泊まる事にした。
風呂を十分堪能した騎士達も夜には戻っていて最後の宴会となった。
翌朝は領主代行と村長が見送りに来てくれた。
残った課題は村で対処し、問題が解決出来ない時は王国へ打診を行うそうだ。
大将や女将さんから「レシピと焼きたてのパンを大量に預かってるよ」と餞別を頂く。
馬車が到着すると村からの餞別として極上の自然薯が何本か積んであった。
「んじゃ、そろそろ行くか?」ヘルツが御者を務めてくれるようで、お肌が妙にツヤツヤしていた。
「はい、お願いします。安全運転でお願いしますね」
「それはどうかな?」
にやりと笑うヘルツに嫌な予感しかしない。こうして10日の強行軍を再び経験して、無事王都についた頃には4月が目の前に迫っていた。