018:その鎌で何刈る気
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とうとう辿り着けました。
代官(領主)の屋敷に行く日を告げられてから3日間は監視がついていなかった。
初日で気がついたので2日かけてゆっくり挨拶回りをしようと思う。
まずマザーとシスターには「村の収穫の手伝いが終わったら旅立とうと思います」と伝える。
シスターは「寂しくなりますね」と俯き、マザーは自分の成すべきことをしなさいとエールを送ってくれた。
ゲイツさんや村長、大将と女将さんにも同様に挨拶をした。
また、お世話になったお礼の言葉も言い、落ち着いたら一度遊びに来ますと一言添えた。
孤児院の子供達には当日挨拶をして、悲しい気持ちにならないうちに出立しようと考えている。
開墾跡地は既に完璧な状態だった。
大量にあった石は玉砂利に変えてウエストポーチに仕舞ってある。
1番と2番の畑には収穫目前のサツマイモ畑があり、3番から6番までの畑は栄養豊富な土へと変化していて、いつでも次の畑の所有者が作業出来る直前までに仕上げていた。
開墾が終わるとやる事もないので食堂に手伝いにいく。
食堂の手伝いも間もなく出来なくなると伝え、手伝いの他は食べに来る人への挨拶になっていた。
兵士・衛兵・農家の方々に挨拶をすると意外にも顔が売れていたんだなと苦笑する。
この村の収穫は一週間以内に行われる。
村長による号令次第らしいが間もなく作業に入ることだろう。
食堂ではマイクロさんから「明日話があるから朝食後、村長の家に来てくれ」と話があった。
翌日村長の家に行くと既に村長とマイクロさんが待っていた。
話は勿論明日の土地の税に関する契約及び売買契約書だった。
この村では一人で耕した前例は勿論なく、「土地を所有して農業をするもの・土地を所有して貸し出し農業をしてもらうもの・土地を借りて農業するもの」と何種類かの方法はあったが、農村なので結局農業に従事する人がかなりの人数いることになる。
明日行うのは上記契約の締結である。
この世界の契約は地球で行っている二社契約や三社契約というものではなく、どちらかが羊皮紙に雛形に沿った文章を書きサインと拇印を押すという単純なものらしい。
但し、この拇印は個人が持っている魔力を特別なインク(朱肉?)が感知して強制力を持たせるという制約付きのものになる。従ってこの文章を持って優位になる方が作成する必要がある。
因みに本人に自覚がない状態で拇印だけを押しても効力は発揮せずサインとセットではないとダメらしい。
また制約にしても契約を守らないと死ぬとか突飛な条項は効力を発揮しないらしい。
「明日の契約なのじゃが、これを締結せねばリュージの所有物に出来ないんじゃの」と村長は残念そうに言う。
「決まりだからな、嫌ならこのまま逃げるのも手だぞ」とマイクロさんが言う。
実際問題金貨2枚分の報酬は貰ったので王都に行くくらいはなんとかなるだろう。
後は実際王都に着いて冒険者になる方法を模索しなければいけないけどね。
「マイクロ、頑張ったものが報われない世界ほど悲しいものはないぞ」
「村長、あの代官だぞ。なんとかにつける薬はエリクサーでも無理ってもんさ」とおどけて見せた。
「まず間違いなく特別な契約書を作るはずじゃの、この村には似つかわしくない物をの」
通常考えられる契約書はこの予定になるはずである。
①リュージは○番の畑を耕した功績により作物をつくる場合3年の間その土地に関わる税を免除とする
②この土地は規約により村の最高責任者に対してのみ売却することが可能である
③売却価格はこの村の規約により金貨1枚支払うものとする
要は仮の土地所有者としてそのまま農家をするなら3年で税を納めてもプラス収支になるように頑張れ。
無理そうなら早めに売って自分の管理する畑を頑張れという二択でしかなかった。
代官(村)が所有する土地は余裕がある人に再分配されるし新しい作物を作る余裕も出来るかもしれないからだ。
「ちなみにリュージが開墾をした畑が子供価格で割引になったのは前例となってしまったよ」とマイクロさんが残念そうに言う。子供一人で開墾できるかと言われればそれまでだけど、もし今後の凡例として使われるなら悪いことをしたと思う。
とりあえず明日の訪問は村長とマイクロさんがついてきてくれることになった。
「俺は出来ることはないと思うが睨みだけ効かせとくよ」とにっかり笑う。
「文章は三人が読んで問題なければサインと拇印じゃの」と村長が言いみんなで頷いた。
お昼前に孤児院に戻ると花壇には赤々としたトマトが鈴生りに生長していた。
隣には白い花の真ん中が黒いパンジー・黄色いパンジー・青紫っぽいパンジーなど鮮やかに咲いていた。
パンジーも人気だったけど真っ赤なトマトにみんな興味津々だった。
死角にした状態でウエストポーチからザルを1枚出し、赤いのなら摘んでいいよと取り方を教えた。
みんなでシスターの所に行き、トマトの半分は湯剥きした後、賽の目切りにしてスープに入れた。
残りはヘタを取り輪切りにしてトマトサラダとして準備する、シスターにはこっそり塩一袋を渡すと驚いていた。
トマトには軽く塩を振ったらあまりの美味しさにみんな驚いていたようだった。
家庭菜園で採りたての野菜を食べるのは贅沢だよね。
花壇はマザーとシスターにお任せして、その後責任者を決めて管理して欲しいとお願いをした。
トマトはシスターの許可を得て採ること、勝手に食べてはダメだと子供達は念を押されていた。
翌朝、村長とマイクロさんに同行して貰い、代官(領主)の屋敷へ行くと門のところにゴーシュが待っていた。
「旦那様がお待ちです、こちらへ」というと前回と同じ部屋に通された。
代官の後ろにはいつもの位置にゴーシュが立つ。
対面には自分と村長が座り後ろにマイクロさんが控えていた。
「ただの契約なのに随分な人数が集まったものだ」と代官が言う。
「普段ならこんな手間をかけないんじゃがの」と村長が牽制する。
代官が合図を出すとゴーシュが契約書を持ってくる。
そしてサイン用のペンとインク、拇印用の特別な箱に入った赤い粘性の強いインクを置いた。
「よく読んでサインをしてくれ」と代官が言うと指を軽く組む。
契約の内容はこのように書いてあった。
①リュージは1番~6番の畑を耕した功績により作物をつくる場合3年の間その土地に関わる税を免除とする
②この土地は規約により村の最高責任者に対してのみ売却することが可能である
③売却価格はこの村の規約により一箇所金貨1枚とし計6枚を支払うものとする
④この土地を売却する場合、開墾者の責務として3年間この村での生活をするものとする。また、成人としての労役を行う義務が生じる。
上記の契約を締結しない場合は村の土地を不正に利用した罪により金貨10枚の罰金を請求するものとする。
また逃亡した場合、今まで匿った罪としてマザーを更迭するものとする。
とんでもない条項が多く盛り込まれていた。
自分が読んだ後、村長とマイクロさんに確認してもらう。
もう何と言って良いか・・・、村長はわなわな震えマイクロさんは大きなため息をついた。
「この4番の条項は必要ありません、現に何箇所かの畑にはもう作物が実っています」と言うと「ほう、では確認に行くか」と代官が言う。ゴーシュは契約関係の書類と道具をもって行く。
自分と村長を先頭にその後ろにはマイクロさん、代官・ゴーシュさんと続く・・・他に私兵4名もついてきた。
1番の畑につき端のサツマイモを引き抜く。
「これはなんだ」という代官さんに「甘い芋です、冬場に向けて美味しくなります」というと周りの皆が感心する。
「なぁ村長、これでもまだわからないのか」と代官が諭すように話しかける。
「この村はまだ大きくなる可能性が残されている、しかも今その人材までいるではないか」という代官に「お主こそわからぬかの、突然現れた幸運に浮かれるのは分かる。その幸運が不運に変わる可能性もあるんじゃの」と言うと他の畑も確認作業に入る。
3番の畑で「もういいかの」と「もういいか」と二つの言葉が生まれる。
代官がゴーシュに目配せをすると私兵二人が剣を抜きマイクロさんに動くなと牽制する。
また私兵の一人が剣を抜き村長にも動くなと恫喝する。
残りの私兵が剣を抜きゆっくり自分に近づいてくる。
「私も手荒な真似は苦手でね、君にとって悪くない契約にするつもりだよ。特別に魔法使いとして個人的に雇ってもいいくらいだ。君は多分だけど土か水の魔法が使えるんだろう」と代官が言う。
ゆっくり近づく私兵と契約書を持ったゴーシュ。
ジリジリと下がっていくが・・・遮蔽物もない畑はいつまで経っても畑でしかない。
「それとも魔法で私を倒すか?もし可能ならやってみるがいい」とクックックと笑っている。
ジリジリと下がりながら怒りが限界付近を行ったり来たりしている。
村長やマイクロさんに迷惑をかけ、この契約を締結しないとマザーが更迭される。
静かな怒りが込み上げスーっと感情が凪のように支配する。
「・・・・った」と言うと「ん?なんだ、契約する気になったか」と代官が言う。
「もう逃げません、そしてこんな事をしたあなたを許さない事にしました」3番の畑の中央に立ち、自分を中心に円を書くと魔力を込めて土の一部を硬化する。
「ほう、ではやってもらおう。どうせマイクロは職務的に動けまい」と言うと私兵全員が4方向から囲うようにジワジワ警戒しながらやってくる。
「土の魔法に水の魔法か、せめて火の魔法だったら良かったのにな」と代官が嘲笑う。
ウエストポーチからジョウロを取り出し、先を取って本体は地面に置く。
ジョウロからは水がトクトクトクとこぼれだしている。
そしてジョウロの先を掲げるとスプリンクラーと呟く。
水が上から降り注ぎ地面を濡らしていく。
「ほう、便利な水撒きの魔法だな。今謝るならまだ許してやるぞ」と言う代官。
畑の外にいるマイクロさんと村長は動けないでいた。
私兵の持つ剣先が後数歩でこちらに届こうとする間際、膨大な魔力を地面に流し想像した魔力を具現化する。
そして大声で「蓮根沼」と叫んだ。
黒々とした土が一瞬で沼化する。
突然の地面の変化に対応しきれずズブズブズブと足を捕られて沈んでいく私兵達。
ゴーシュだけが環境の変化に気がついて走り出したが、持っていたものが悪かったようですぐに足を取られていく。そして自分以外全員首まで沈んでいった。
《New:スペル 蓮根沼を覚えました》
通常上のほうは水が多いはずだけど、まだまだ想像したものが具現化するには魔力操作がうまくいかなかったようだった。粘度が高い土が全体的にあるという感じで上半身も動かなかったようだった。
「えーっと、土と水魔法しか使えないとは言ってないですよ」と言うとウエストポーチからディーワンの杖とシャベルを出すと、両方をひとつにしてあまり具現化したくない武器を出した。
「あなたを許しません、でも傷つけたくもないですがどうすればいいと思います?」と言うと刃の部分を下にする。
「わ・・・私が悪かった、代官の職務も辞退する」というと「確かに聞いたぞ、撤回は出来ないものと思え」というマイクロさん。
「それだけですか?」と言うと「もう、お前には付きまとわない。そして報酬はきちんと準備する」と言った。
「ありがとうございます。でも、さっき言いましたよね。あなた達を許さない事にしましたって」そう言うと少しずつ歩ける範囲を広げ代官の前にしゃがみこみ鎌を水平にして刃を構える。
「さて、開墾したら収穫しないとですよね?」とさっきの嘲笑に対抗してみる。
「そ、その鎌で何刈る気・・・」代官が意識を手放したのはその数秒後だった。