161:芽吹き
「スチュアート、その頬の傷。治りが遅いわね」
「ああ、でもこのくらいは何でもないさ。それより急に呼んで、どうしたんだい?」
「そうそう、ウォルフがね。ママって言ったの」
「まさか・・・。ソルト、君も聞いたのかい?」
レイシアに見えない位置から首を横に振るソルト。
「うーん、ウォルフは成長が早いから言ったのかもね」
「やっぱりスチュアートもそう思う?ウォルフちゃんはママが好きなのねー」
この夫婦は甘々なので、ウォルフには強く男らしく育てようとソルトは心に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ティーナ、何でここにいるの?」
「リュージの考える事はお見通し。どうせならと私が立候補したの」
「なあ、タップ。もしかして、ばらしたのは・・・」
「リュージは、この迫力を前にシラを切れるのか?」
「あ・・・いや、出来ないな」
諦めて3人でダンジョンに入る事にした。
王国にもダンジョンはあったようで、1階にはゴブリンがいるようだった。
タップにお願いしたのは、ゴブリンを退治出来る所への案内だった。
ダンジョンに入ると、ティーナが短剣を出しタップが剣を構える。
迷わず実践用の鎌を取り出すと、二人は「「リュージは何と戦うんだ?」」と聞いてくる。
「え?ゴブリンだけど」
「どれだけオーバーキルするつもりなんだよ」
「でも、隊長はどんな相手にも全力を出せと・・・」
「騎士科の講師がそう言うのは、一般の学生だからだよ」
「でも、自分は魔法科出身で武器を持ってるんだけど・・・」
「・・・ああ、うん。もう任せるよ」
索敵に行ったタップが、ゴブリンを一匹だけ注意を引き付けて連れてきた。
「ほら、もうさくっと倒して満足してよね。冒険者としての常識は、その後でしっかり覚えて貰うよ」
「ありがとう、タップ」
「やっぱり、リュージは冒険者に向いてないと思う」
そんなティーナの呟きを無視するように、鎌を大上段に構えて・・・。
「かくして、リュージの旅は終わる事になるのじゃー」
「女神さまのお気に入りが各国を旅するようになるけれど、冒険者としてどうなのかしらね?」
「きっと、いーっぱい美味しい物を作って、世界が豊かになるんだろうね」
「お、おじいちゃん?」
「かまわずに続けるのじゃー」
「リュージ、戦闘中に余所見するなよ」
「ああ、ごめん」
人数と殺気に蹴落とされたのか、ゴブリンは逃げたそうにしていた。
「ぷらんとばいんどー」
「ウォータージェット」
「アースドリル」
「「「ふぅー」」」
「もー、邪魔するなら帰ってください」
「「ゴブリンごとき、さっさと倒せ」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自領の政務に燃えるルオンは、着実に実績を積み重ねていた。
寒さが厳しいが、リュージから貰った種生姜を育て、日々料理に使う事で体質改善を図っていた。
時折、ザクスが加工した生姜製品がレン経由で届いているが、ルオンはふと農場の事を懐かしく思っていた。
そんな彼の元に大量のお見合いの話が届いていた。
「いつも通り、断っておいてくれ」と頼むと、今度だけは会うだけしないと相手方に失礼になると執事が告げる。
政務を止めてまで結婚しない相手に時間を使う必要があるのか?
そうは思っても貴族として最低限の付き合いをしなければいけない。
どうやら、こちらに来てくれるそうで、時間は任せるので執事に早く済ませるように指示を出した。
何故かレンが遊びに来ているようだった。見合いの話を聞いた後で気がついた。
「どうした?レン。リュージ君と喧嘩でもしたのか?」
「それが出来たらね・・・。リュージは旅に出てしまったの」
「そうか、なら学生の本分としての勉強をだな・・・」
「兄さん、しばらく会わないうちに仕事のむしになったのね」
「ああ、立ち止まっている暇はないからな」
「そういえば、お見合いするんですって」
「なんだ、レンも知っていたのか。もしかして相手の事も知っているのか?」
「ええ、優しくて良い子よ。気に入ったなら結婚してもいいんじゃないかな?」
「レンまでそんなことを言うのか。俺はだな・・・」
「分かってるって。でも、考えるだけは考えてね」
「ああ、分かったよ」
数日後にルオンのお見合いは行われた。
某男爵家のご令嬢で、優しくも芯が強い姿が印象的だった。
初めて会うはずの女性に思わず抱きつきそうになったルオンは、付き添いの相手方の母親に窘められたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
季節は巡り、収穫の秋。
午後に学園長の許可を得て学園の畑にやってきた。
「あ、リュージさーん」
「ローラ、久しぶり。みんなも元気だった?」
昨年の新入生は学年があがり、下級生に指導する立場にあった。
きょとんとしている今年の新入生に説明する者もいた。
少し離れた所にレンがいて、囲まれている自分のところに近づけないでいた。
少し間をあけてもらい、レンの前に行くと「ただいま」と微笑む。
「もー、ずるいよ。そんな顔されたら怒れないじゃん」
「え?自分って怒られるの?」
「リュージさんは、もうちょっと周りを見るべきだと思います」
ローラの一言にきょろきょろと周りを見渡す。
「あ、そうだ。そういえばじゃが芋が上手くいったって聞いたけど」
「そう、そうなの。ザクスにも協力してもらって、今年は増やす事にも成功したんだよ」
「じゃあ、是非食べてみたいね」
学食へ行くと、寮の調理長のお姉さんが手を振ってくれた。
レンがこそこそと話すと、今までどこに行っていたか色々聞かれた。
そうこうしているうちに、料理が次々と出来上がる。
このテーブルは自分とレンしかいなく、何故か周りのテーブルにはまばらに品種改良グループがいた。
ジャガバタ・フライドポテトから始まり、何故か肉じゃがが出てきた。
ポテトサラダも出てきて、色々な角度から見てみたけど、もうトロみをつけるだけの野菜とは言えないものだった。
ジャガバタではバターの味を正面から、じゃが芋が受け止めていた。
フライドポテトは塩を極力抑えたみたいで、ケチャップやマヨネーズをつける必要もない。
「これって1種だけじゃなく、数種類品種改良できたの?」
「ええ、本当に苦労したわ。でも、ヒントどころじゃなくて、ほぼ正解を教えて貰ったからね」
「これが食べられたなら嬉しいなぁ」
「農場で育ててもいいかな?」
「レン、それでいいの?もうちょっと試すならルオンさんの所でいいんじゃない?」
「それは悪いよ」
「レンの夢だったんでしょ。家の役にも立てるし、領民も喜ぶと思うよ」
「うん、・・・それとね。リュージに相談したいことが・・・」
「ん?自分で出来る事なら何でも聞くよ」
「本当?」
「うん、何かな?」
周りのテーブルに座っているみんなは耳を大きくしていた。
ローラが咳払いすると、周りのみんなは一斉に席を立つ。
「リュージ、あのね・・・」
季節は巡る。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。
王国から多種多様な仕事は色々来るけれど、自分を必要としてくれるのは嬉しくもあった。
時々旅に出たい衝動に駆られるけど、きちんと周りを見ながら過ごそうと思う。
まずは、この大切な手を離さないように・・・。
『その鎌で何刈る気』 fin
これにて、『その鎌で何刈る気』完結となります。
拙い部分も多々あった事でしょうが、この後書きを読んでいただいた方・途中まででも読んでいただいた方には、只々感謝しかありません。
ありがとうございました。
独立した話として、『90分だけ貴女の味方です』という作品を書いております。
登場人物は一部共有されておりますが、こちらを読まなくても大丈夫なようにしています。
もし興味が沸きましたら是非に。