156:問題児
王家には様々な仕来りがあった。お食い初めのような一般的な物もあれば、今回の旅のような物もあった。
このような儀式は王家の男子に多く用意されていて、女子には女子用の儀式も存在していた。
そんな中、ローランドが特に印象に残っていたのが、『選択の儀』だった。
『選択の儀』とは、二者択一をするというだけの簡単なものだった。
小さい頃にはおもちゃを二つ用意し、どちらかを選ぶと、どちらかを取られてしまうというものだった。
『選択の儀』とは選ぶ事に意味がある。
小さいうちは「やだ、選ばない」と言えば済んだ事も、大きくなるにつれて王家の一員としての義務感が芽生えてくる。
正しく選択をすること、選択した事によって起きる現象を読み解くこと、そして結果に責任を持つこと。
ローランドは多少のやんちゃやイタズラはあったにせよ、多くを学んでまっすぐ育った。
その頃のローランドには、お気に入りの侍女が二人いた。
一人は生真面目で教育係りも兼ねた口うるさいタイプだった。
付き合う相手についても言及してきて、騎士団でみんなが真面目に訓練する中、遊びに行く計画をしていたマイクロとヘルツによくついて行って怒られたものだった。ただ、この二人と付き合うなという話は決してしなかった。
もう一人はフレンドリーさが売りの感情豊かなタイプだった。
多くの人と付き合う事によってその人の良さが分かると言い、たまに「ご友人としていかがですか?」と遊び相手を連れてくるタイプだった。『選択の儀』で片方のおもちゃを取られると、一緒になって悲しんでくれたし、物語の読み聞かせでは読んでいる本人が涙ぐむこともあった。
通常の『選択の儀』では、最終的に災害等の対処についての2択で終える事が多かった。
その先は実務的な王国の運営問題になるからだ。
時代によっては、おもちゃの2択で終わる事もあった。
「父上、仰っている意味が分かりません」
「ローランド、ではもう一度言おう。この二人の侍女のどちらかを選ぶのだ。これにて『選択の儀』は終了するものとする」
「どうして二人から選ばないとならないのですか?この王宮には多くの者が働いているではないですか」
「この二名にはそれぞれ上のステージを目指して貰おうと思っている。ただ、どちらかが選ばれれば、その者の部下になるだろう。二人ともそれは納得出来ない。そうだな」
「「はい」」
「どちらかが選ばれれば、残った方はこの王宮を去るという条件だ。さあ、ローランド。お前の答えを聞かせておくれ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
孤児院で部屋を用意してもらい、子供達とにぎやかに食事を取ると早めに休むことになった。
何故こんな昔の夢を見たのだろうか?あの頃は王宮だけが世界の全てだった。
たまに抜け出して色々なものを見せてくれた悪ガキ達も、騎士団の訓練では良いお兄さん達だった。
あの時自分が選んだのは・・・、今も自分の右腕として働いてくれる教育係りだった。
ただの生真面目な者だと思っていたら、独自の情報ルートもあり、より正しい選択を出来るようにいつもサポートをしてくれた。
どうして彼女を選んだのだろうか?その時の自分には分からなかった。
「ローランドさま、もうお目覚めですか?」
「ああ、起こしてしまったようだな。セレーネ、もし良かったら散歩でも行かないか?」
「はい、お供致します」
ローランドは朝早くから働くマザーとアンジェラに挨拶をすると、セレーネを連れて散歩に出掛けた。
実り豊かな畑を見ながら、ローランドは感動していた。
あれほど絶望的に思えたこの開拓村が、一年でこれほどの成果をあげている。
実際ここ一年で劇的な変化があるような施策を、王国としては考えていなかったし進めてもいなかった。
タイミング的にこの村に現れたリュージが、女神さまからの使徒ではないかと思えてしまう程だ。
「もし、この景色が全ての領で見られたらいいな」
「ええ、それは皆の願いですね」
「ああ、レイシアはいつも嘆いていたよ。もし、食べる物が満足に行き渡ってるなら争い事の半分は消えるでしょうと。だから、おれは考えなければいけない。決断しなければならない。そして生きなければならないんだ」
「それが王家の務めですものね」
「ああ、そして間もなくこの旅も終わる。お前に迷惑をかけてしまう事もあるだろう、苦渋の決断をすることもあるだろう」
「ローランドさま、そこまででお願いします。私は貴方について行くと決めたのです、全ての者が異を唱えても私一人だけは味方であり続けます」
「ははは、その時は誰かに諌めてもらうさ」
「もー、結構勇気がいる決意表明なんですよ」
「悪いな。まずは『婚姻の儀』を滞りなく済ませよう、王国だけでなく隣国からも祝いが来るからな」
「はい、末永くお願い致します」
散歩が終わると、今日の夕方に旅の安全祈願をしてくれると言っていた。
代官も村長もきっとやきもきしてるはずだから、早めに挨拶するようにとマザーから助言を受けた。
ダイアナはこの村にいる間はマザーとアンジェラの仕事を手伝い、近衛達は宿屋を移る事にした。
「マザー、焼きたてのパンをいっぱい貰ってきました」
「アラン、ありがとう。朝食の準備を手伝ってもらえるかしら?」
新鮮な野菜に柔らかいパン、卵もあればハムやベーコンなどもあった。
みんなで食事の挨拶をすると、賑やかな食事が始まった。
「ほう、・・・そうか。ここでこのパンを開発したんだったな」
「お兄ちゃん、凄いでしょー。柔らかくて美味しいのー」
「いっぱいのご飯うれしー、美味しい卵もうれしー」
「それね、私が取ってきたんだよ。クルックも警戒しなくなったの」
「そうか?俺が行くとみんな一斉にこっちを向くんだけどな」
「卵泥棒に認定されちゃったんだね」
「俺がみんなに教えてあげたんだけどなぁ・・・」
「みんな毎日楽しいか?」
「「「「「うん、楽しいー」」」」
時として子供は、大人を不意打ち気味に嬉しくさせるのだ。
そして、この子達は自分達の身分について一切分かっていない。
利害関係がないのだ。単純にお客さんをもてなそうとして、精一杯の歓迎を考えてくれている。
この村が豊かになって、この子達の暮らしが良くなったのならリュージの功績は計り知れない。
報告書で届いた情報と生の情報には驚くほどの開きがあるのだ。
「あの頃は、ピリピリした感じと諦めの気持ちがありました」
「マザー、それほどだったのか?なら俺を頼ってくれても」
「それは出来ません。何より騎士を定期的に派遣しているだけでも破格の対応だったのでしょう」
「それはまぁ、そうなんだが」
「しかも、あなたの懐刀を派遣してくれたので、これ以上は私が口を出す事ではありません」
「そうですか、そんな時にリュージが来たんですね」
「ええ、正直たった一人の男の子が何かを変えるとは思っていませんでした」
突然山から現れた少年にマザーをはじめ、村長や先代の代官達は困惑していた。
こんな寂れた村に来る人物は滅多にいない、それは隣国からのスパイにおいてもそうだった。
利がないのだ。それならばいっそと、全てを引き受けたマザーは春まで大人達から匿う決意をした。
すると、今度は「働き出す」と言い、放棄された畑まで手をつけ始めたのだ。
守るべき存在から逃がすべき存在になってしまったので、仲間を増やしてリュージを守る体制を整えていった。
「リュージ君は、とても危なっかしい子でしたよ」
「それはなんとなく分かる、何というか無欲なんだ。金を稼ぐ事に意味を持ってなくて、善意の結果ついてきたものはありがたく頂くというスタンスだな」
「それが今では農場の経営者をしているそうね。変わらないというか変わったというか」
「彼を守る為に学園にも入ってもらったんですが・・・。良い出会いはたくさんあったようですが、危機意識が相変わらず薄いですね」
「それが彼の良い所でもあるのです。人との出会いは運命とも言えるでしょう」
「そういえば、リュージについて神託はあったのでしょうか?」
「それはどうかしら?」
「マザー、はぐらかすのは止めてください」
「それを聞いてあなたはどうするのです?彼を繋ぎとめますか?それとも・・・」
「これ以上はここでは言えないかもしれません。とにかく危なっかしい、リュージが心配なだけです」
大人の会話に割り込んではいけないと、孤児院の子供達は大人しく食事を楽しんでいた。
だが、いっぱいのお客さんがいるのだ。うずうずしていたサラとルーシーは、こっそりとセレーネに「この後、お庭の花壇をみませんか?」と誘うのだった。
それを興味深そうにみんなが見ていた。
「子供でもキレイなお姉さんが好きなんだな」と、近衛が言うと笑いに包まれる。
「ぼく、子供じゃないもん」
「ルーシー?」
「サラちゃん、ぼくたち子供じゃないもんね」
「ん~?うん、そうだね」
「子供じゃないなら、なんなんだい?」
「ぼくと」
「サラは」
「「魔法使いなのです」」
ローランドはここにも問題児がいたと頭を抱えた。
確かに代官からの報告書はあった。ただ、久しぶりのマザーとの会話にすっかり抜けていただけだったのだ。
後で、この子達の村での生活と今後の方針について話す必要があった。
今日は挨拶まわりで一日が終わってしまうだろう。
ただ、実り豊かだとはいえ見るべき範囲は少ないので、仕事の一環でこの村を見るのもいいだろう。
何せここは王都直轄領なのだから。