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152:ぽかーん

 祭りが終わり8月になると、人々は無理のない働き方で暑さを凌いでいく。

農場は一定の温度に保たれているので、職員は変わらない日々で仕事に従事していた。

仕事で訪れた関係者がなかなか帰ろうとしないとか、避暑地として利用されるのは良くある事だった。


 あれからザクスとティーナの8月の予定を聞くと、ザクスは農場でやる事があると言っていた。

ティーナは長期の冒険に行こうと思っていたようだが、予定を変えてアーノルド領に行きたいと言っていた。

結果、ヘルツとローラとティーナが一緒に、アーノルド男爵領へ向かう事になった。


「レン、手伝いはいらないの?」

「うん、畑の場所も貸してもらって、種芋と朝顔もいっぱいもらったからね」

「品種は4つでいいかな?味が濃い物や煮込みに良い物など色々用意できたと思うけど」

「こんなに種類があるんだね、楽しみだよ」

「良い芋が出来たら教えてね。広め方とか、売り方も任せるから」

「え?いいの?」

「勿論、無償提供でもいいよ。でも、この農場でも仕入れられるようにしてね」

「うんうん、じゃあ頑張らなくっちゃね」


 レンは早速ザクスを確保すると、自分専用の畑のスペースへ向かっていった。

あれはザクスに拒否権はないなと少しおかしくなる。

ガレリアがやってくると、「何か良い事でもあったかな?」と質問されてしまった。


 相変わらず農場にはひっきりなしに、アポの依頼がやってくる。

大抵はガレリアが捌いてくれて、自分が会うべき人は最小限になっているけど、今回は毛色の違う依頼が多くやってきているという。それは次年度に向けた就職活動の人々だった。

学園からも、もう一つの貴族用の学園からも働きたいという話が多くあったらしい。


「貴族の方を雇って、何をやって貰えばいいですかね?」

「それは私にもわからんな。通常、貴族家子息なら騎士か文官を目指すだろう。王家との関わりを求めたい気持ちもわかるが、この農場で働く者で目をひくとしたら・・・」

「まあ、トルテさんくらいですかね?引き抜かれたら苦情を出します」

「そこは穏便にして欲しいが、気持ちは分かるな」


 農場に多く来るのは王妃とローラだけど、皆平等に声をかけ作業をしているはずだった。

貴族家が自分の家を売り込む為にここに来るのは効率が悪いと思う。

ユーシスとナディアとナナを呼ぶと、それぞれの部門で何が足りないのか確認をすることにした。

現状の畑仕事は問題なく、加工もこれ以上品種が増えないようなら問題はない。

ナディアからは来客や食事会があった場合と、パン教室のようなイベントがあったら、サポートメンバーが足りなくなる可能性があることを教えてもらった。


 ガレリアは農場に隣接する畑用の土地を買い取り、私塾を含めた一般の子供に向けた教育現場を作る土地の買い取りも進めていた。セルヴィスやベリアが隅っこで教えている剣術も、こちらで訓練して貰おうと計画している。

他にも、ラザーから例の取り壊されたノルド子爵家の土地で、何か出来ないか打診を受けている。

子爵家の別邸とは言え、そこは貴族の別邸が集まる住宅地だった。

接収されたその土地と家と財産は、取り壊し撤去料と多額の寄付による浄化作業で大部分を相殺していた。

土地だけあっても何も出来ないし、浄化されたからと言って人々の記憶にはまだ新しい。

ガレリア基金の管理用地として下げ渡されたけれど、なかなか扱いにくい土地であった。


「宿泊施設はまだ空いています。来年は増員しなくても大丈夫でしょうが、やがて人は足りなくなると思います」

「うーん、難しいところですね。ナナさん、資金的にはどうですか?」

「はい、農作物・加工品販売以外でも大変な収益ですので、10人や20人は大丈夫だと思います」

「そうですか・・・。トルテさんに調味料の試作を何個かお願いしてるので、調理部門にも欲しいですね。あ、ユーシスさん。来年、自分用の部屋とザクス用の部屋を確保して貰えますか?普通のでいいです」

「はい、分かりました」

「リュージ君、総合的に考えるとこんな感じかな?農作業数名・加工部門数名・調理場数名・侍女数名」

「そうですね、便宜上各部門5名で考えますか。商品開発だとか薬に関する人は紹介のみで」

「募集要項はどうするかね?紹介・自薦・他薦・身分など」

「どこかで就職説明会を設けましょう。二箇所の学園には通知して推薦という形で、後は商業ギルドと冒険者ギルドに推薦者と経歴でひっかかる人の照会をしましょう。レーディスおばあちゃんにも相談すると良いかもしれないですね」


 8月の最終週で日にちを決めて開催することになった。

問題は出向者達の扱いだった、彼らは主に商業ギルドの商品開発部門の者が多いが期限を決めてはいない。

商業ギルドとは友好的な関係だし、多くの利益を出すように便宜を図っている。

今月の課題として、ユーシスとナディアに協力してもらって確認する必要があった。


 朝の涼しい時間に乗馬と御者の訓練をすると、午後には農場の様子を見ながら計画を立てていく。

セルヴィスやベリアの剣術の稽古に混ざると、キアラとマーリンの戦いに思わず唸ってしまう。

ここにヴァイスが混ざった姿をこっそり見たけど、キアラとラブラブすることなく真面目に訓練をしていた。

そう言えば、マーリンが昼間にいる率が結構上がっている。

多分、家庭の事情もあるだろうから、直接は聞かない事にした。


 8月も中頃になると、一年のうち暑さがピークの時期になる。

1週間から10日くらい休みに入るのが普通で、農場では早めにローテーションを組んで休暇に入っていた。

そんなある日にダールスがやって来たのだ。


「ダールス殿、今日はセルヴィスさんはおりませんが」

「ああ、ガレリア殿。突然来てしまって申し訳ない、今日はもう一人の若者に会いに来たのだ」

「ダールスさん、もしかしてマーリンさんに稽古をつけているベリアさんですか?」

「リュージ君、どうしてそう思うんだね?」

「どうしてと言うか、セルヴィスさん以外だと彼しかいなさそうですよね」

「なるべく迷惑かけないようにするさ」

「そう思うなら、農場の外でお願い出来ますか?」

「これは敵わないなぁ・・・」

「これでも農場の責任者の一人ですからね。最近、ここを農場だと思っている人も少なくて・・・」

「まあまあ、リュージ君。それの対策も進めてるから」


 三人で稽古の場所に行くと、ベリアが3人と護衛の弟弟子に稽古をつけていた。

「お父様」

「ああ、マーリンか。そろそろ決断出来たか?」

「いえ・・・、そのまだ」

「ダールスさま、その・・・稽古の途中ですので。家庭での話ならご自宅でお願い出来ませんか?」

ヴァイスとキアラは剣を振る手を止め、弟弟子達もなりゆきを見守っていた。


「ベリア君、悪いね。ただ、君にも関わる話なんだよ。実はな・・・」

「お、お父様。それは・・・」

「ふむ、困ったな。これでは話を進められん」


 ベリアが弟弟子達にダッシュを指示すると、ヴァイスとキアラはこちらに来てマーリンとダールスの話を見守っていた。

「そうだ、ここで一本勝負をしてみないかね?」

「お父様、それはベリアさんに失礼というものです」

「父親としては、娘の先生の実力を知りたいものだよ」

「良いですよ、おやっさんには後で報告させてもらいます」

「よし、では早速始めよう」


 ダールスとベリアは木剣と木盾を持つと、ヴァイスが審判を務める。

「やっぱり、こうなるんですね」

「リュージ君、何事も諦めが肝心だよ」

「農場で剣術をするのがまずいんですよね、早くあの施設作っちゃいましょう」

「そうだな、急ぐように指示を出しておこう」

「いっそ、これを見世物にしましょうか?」


 ダールスが講師のように相手の出方を伺いながら、ベリアは教科書通りに打ち込む。

盾と剣を使いダールスがいなすと、打ち込んだ剣の重さや質・スピードを正確に分析する。

実直な剣に嬉しく思ったダールスは、それでも騎士団の中に入ったら普通レベルだなと思った。


「では、いくぞ」

「はい」


 一瞬ダールスの剣の出所が見えなくなると、瞬時に危険を察知してベリアは後ろに飛ぶ。

「ほう、今のをかわすか」

「嫌な予感がしましたので、おやっさんの剣と似た嫌な感じが」

そう言うと、ベリアは盾を捨てた。


 迷わず盾を捨てたベリアにニヤリと笑うダールス、余程の実力者でない限りダールスの剣を片手で受けるのは危険だった。

ベリアが両手で剣を握りなおすと、ダールスは次で決めようと宣言する。

ダールスの殺気が膨れ上がり、審判を務めているヴァイスでさえ動けなくなってしまう。

剣が一瞬ブレたかと思うと、ベリアは迷わず前進し間を詰めて空間を削り取る。

腹部を薙ごうとしたダールスは打点を外しながらも、短い距離で剣を振りぬいた。


「おしかったな。だが、俺でなければ振りぬけなかっただろう」

「参りました」

「それまで、勝者・・・ダールスさま」

「ヴァイス、何故言いよどんだ」

「はい、ベリアさんにはあの位置からの技があり、発動寸前まで確認出来ましたので」

「それでは、何故私が勝者なのだ?」

「お互い手加減をしたのは分かりました。ベリアさんが最初から勝つ気がないのなら、勝者はダールスさましかおりません」


 ベリアに駆け寄るマーリン、そんな姿に負けたのは自分だと痛感したダールスは、「二人の事を認めてやろう」と一言告げて去って行く。呆気にとられたのは、ベリアを含む残された者だった。

何かを察したキアラがヴァイスを引っ張り、皆はそれに続いて事務棟に戻っていく。

マーリンがベリアに告白したのは、このすぐ後だった。


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