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143:誕生

「みんな、朝早くからありがとう。ローランドさま達もいらしてるよ」

「「レイシアは大丈夫?」」

「心配しなくてもいいよ。まだまだ、時間がかかるって産婆さんに怒られちゃったくらいだからね」

「そうですか、手は足りていますか?」

「リュージ君、男性は役に立たないから、いつもの仕事をしているようにだって」

「そうですか、じゃあ王子さま達と合流しますね」

「ああ、少し気を紛らわせてあげてくれないか?」

「わかりました」


 ソルトが宿に来て、「レイシアの容態が変わった」と言っていたけれど、産婆の想定の範囲内らしく、屋敷の出産体制に変更はなかった。小さい頃から共に過ごしたソルトには衝撃的であり、何も出来ないもどかしさがあったのかもしれない。

レンとティーナとソルトはレイシアを励ます為に部屋を移動した。


「おはようございます、もうすぐですね」

「おはよう、リュージ。まさかこんな良いタイミングで来られるとは思わなかったよ。旅から戻ったら父上と母上とローラに怒られるな」

「報告はしても大丈夫でしょうか?」

「ああ、スチュアートとレイシアの手紙を届ける時にこれも頼めるか?」

「これは・・・、誰宛に届けますか?」

「母上でもローラでも構わない。ただ、直接渡して貰えないか?」

「分かりました、確かにお預かりします」


 近衛の二人は祈るように目を瞑っていて、マイクロは書面を纏めている。

セレーネとダイアナは手伝いに行っているようで、しばらくするとスチュアートがやってきた。

スチュアートは部屋の外に椅子を置き、外を見たり椅子に座ったり立ったりして落ち着かない様子だった。

それを咎められたので、男性チームの待合室に合流することになったのだ。


「呼ぶまで来るんじゃないって言われちゃってね・・・」

「珍しいな、スチュアート」

「ローランドさまも、そのうち分かると思います」

「そうか?俺は堂々と待つ自信はあるぞ」

「そういう事にしておきます」


 出産の話ばかりでは気が紛れないので、別の話をすることになった。

まずは二人・・・いや、三人の身の安全についてだった。

マイクロと自分でこの男爵領を広範囲に飛び回り、何箇所かの候補をスチュアートに提案した。

「うーん、どれも魅力的だね。でも、もうちょっとだけ、ここで頑張りたいんだ」

「俺がいるうちは何とかするが、そんなに猶予はねぇぞ」

「マイクロさん、ご迷惑をおかけします」

「迷惑だと思ったらやってねぇよ。可愛い舎弟とレイシアさまの為だな」

「誰が舎弟ですか。その領の当主を舎弟と考えるなんて・・・」

「冗談だよ・・・、半分な」

「そこは、全部冗談でお願いします」


 子供が産まれたら、大々的なお披露目を行う予定らしい。

当主が変わった事・レイシアという女性を嫁に迎えた事・そして第一子が無事産まれた事を宣言する為にだ。

貴族家が次世代を迎えるという事は、領民により良い未来が続くことを約束するものだった。

馬で通える範囲の場所を選んだつもりだけど、しばらくは領民の顔が見られる政治をしなくてはいけないらしい。

親子全員領民に迎えられて、初めて当主家族として生活できるのだ。


「そういえば、リュージ。もう王都に戻るらしいな」

「ええ、本当は1月くらい居たかったんですが・・・」

「色々忙しそうだもんな」

「ええ、農場を始めて、祭りの参加やら特別な依頼など多くてですね・・・」

「逆によく来れたな」

「そこはみんなが協力してくれますから。あくまで将来の目標は冒険者ですけどね」


「普通は冒険者で一旗上げてから、貴族になったり、故郷に帰って農業したりするんだがな」

「貴族になりたければ、いつでも言ってくれ。子爵くらいまでなら俺が推挙するから」

「「王子・・・」」

「いえ、あくまで冒険者を頑張って、その後の事はその時考えたいです」

「リュージ君が子爵になったら、僕より上になるのかぁ・・・。感慨深いね」

「スチュアートさんは、実際問題どのくらいの地位になるんですか?」

「そうだな、限りなく伯爵に近い男爵って感じか」

「マイクロさん、子爵が飛んでます」

「細かい事はいいんだよ」


 二人の子供の顔を見たら、ケインとフリーシアと一緒に王都に戻る予定だった。

レンとティーナはレイシア次第だと思うけど、残りたいと言ったら先に帰ろうと思う。

王子達も出産後、数日から一週間位で旅を再開するらしい。

収納にどのくらい食料が残っているか質問すると、あまり長期間もたないので早めに全部食べたらしい。

自分達の帰りの食料を確保して、残りは王子の収納に詰め替えた。

また、野菜類はスチュアートに餞別として送ることにした。

まだ時間がかかりそうだったので、一度冒険者ギルドへ引継ぎと王子の出立について報告に行った。


 思えばこの男爵領でも色々な事があった。

二人の幸せそうな姿に愛の結晶、セルヴィスの妻からの手紙も渡したし、時間があいた時はワイン工場も見学した。

夜中に酒場に繰り出せば、明るい親父さんや仲間と騒ぐ若者の声がした。

マイクロとの別荘探しに朝から晩まで駆けまわると、夜には何故か剣術の稽古があったりした。

ケインとフリーシアは、残り少ないこの領での暮らしを噛みしめているようだ。


 王都に到着したら、すぐに祭りの準備が大詰めとなる。

噴水の件や出店についても確認をしないといけない。

王都へのワイン納入について、スチュアートの考えを聞く必要もあった。


 アーノルド邸に到着すると、みんな結構な時間を待っているようで、ぐったりとしていた。

マイクロの「ワインでも飲むか?」の発言に全員考えたけど、不謹慎な気がしたので辛うじてみんな自重した。

コンコンとノックが聞こえると、スチュアートだけ呼び出される。

それから数十分後に、元気な産声が聞こえたような気がした。


「皆様、無事出産が終わりました。レイシアさまは大変疲れていますので・・・」

全員で王子を見ると、代表して王子が行くことになった。

堂々と待っていたはずの王子が駆けて行く、残った家人に子供の性別を聞いたら男の子だった。


「女の子ならまだ猶予はあったんだがな」

「やっぱり引越しは必要ですか?」

「ああ、お前達はまずこの旅が無事終わるまで王子を頼んだぞ」

「「はい」」

「こっちは俺がしばらく様子を見ておく。困った時にはお前達にも動いて貰うからな」

「「わかりました」」


 残った男性メンバーは一目見られるかもしれないと移動すると、丁度ソルトが宝物を抱えるように部屋を出てきた。

中にいた人達もぞろぞろ出てきて、今はレイシアとスチュアートの二人っきりになっているようだった。

多くの手伝いのメンバーが涙ぐみ、家人は何度も何度も産婆とスタッフに頭を下げていた。

王子が恐る恐る、顔付近に人差し指を差し出すと、赤子がギュッと握る。

たったそれだけの事なのに、王子は命の重みがこれほどの物かと動きを止めてしまった。


「ダイアナ、再度のお願いだ。この子の誕生を祝ってくれないか?」

「王子、私で宜しいのでしょうか?」

「ああ、出来ればレンとリュージにも一緒にお願いしたい」

「ローランドさま。異例ですが、そのお考え分かります」

「セレーネ分かるか?」

「ええ、ダイアナさまは協会関係者ですし、リュージさんとレンさんは女神さまの寵愛を受けております」

「二人の神聖魔法は結構すごい」

「もう、ティーナ。そんなことないよ」


 スチュアートが出てくると、指を唇に当て「シー」と周りにゼスチャーする。

「レイシアは大丈夫か?」

「ええ、今眠ったようです」

「嫡男誕生、おめでとう。お前も父親だな」

「ありがとうございます。みなさん、本当にありがとうございます」


 ソルトから赤子を受け取ると、愛しそうに見つめる。

外で騒がしくした事を詫びると、赤子の祈りの儀式を三人に任せたいと王子がスチュアートに告げた。

スチュアートが小さい声で「お願い出来ますか?」と確認を取ると、ダイアナが決意したように頷く。

レンが「一緒に頑張ろう」と、こちらを引き込んだ。

それからはダイアナと長い長い打ち合わせをして、翌日その時を迎えた。


 ベッドで上半身だけ起こしたレイシアは、まだ疲れが残っているようだった。

ソルトが赤子を抱っこし、スチュアートがこちらを真剣な目で見てる。

ドアは開けっ放しになっていて、家人も全員この儀式を見守っていた。


「この世に産まれ出でし 新たな命よ」

「その涙で世界を潤し その笑顔で世界を巡り その眠りで世界を鎮め その食欲で世界を暖める」

「女神と精霊と全ての人々に」

「「「その誕生を祝福させておくれ」」」

「「「「「祝福させておくれ」」」」」


 ダイアナとレンと自分で、自然と胸の前で手を組むと、淡く優しい光が室内に満ちていく。

「「「祝福あれ!」」」

室内の光は、赤子に集まり静かに消えていって儀式は無事に終了した。


 母を求めて伸ばした手がどんな未来を掴むのか?

その為には自分達が今を精一杯生き、希望を見せられる未来を紡ぐ事が大切だと思った。


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