130:ナポリタン
ガレリアを待っていると、先にやって来たのはレイクだった。
この農場の担当となってからは、細かいお願いもよく聞いてくれていたので、こちらもなるべく対応できる体制は整えていた。
そんなレイクが4人のゲストを連れてやって来た。
ユーシスが何かに気がついたようにこちらを見ると、ナナを呼び先に応接に通してもらった。
「ユーシスさん、どうかしました?」
「ええ、あの方達は祭り実行委員会に参加されていた方です」
「なるほど、じゃあ同席してもらってもいいですか?」
「はい、ナディアさんも・・・?」
「そうですね、彼女も呼んで貰えると助かります」
ナディアが来る頃にはガレリアもやってきた。
結構な大人数だけど、応接は広くとってあるので問題はない。
「おまたせしました。GR農場のリュージです、宜しくお願いします」
ガレリアが続いて挨拶をすると、レイクが4名を紹介してくれた。
どうやら、このうち3名はナポリタンをやりたいと言っていた3人だった。
「率直に言います。このお三方にナポリタンを食べさせてあげられませんか?味付けはそれぞれ掴んでいるようですが、麺というものがどういうものか掴めていないようなんです」
「レイクさん、うちは食堂ではないんですよ」
「まあまあ、リュージ君。それで、もう一方は製粉を仕事としているんだね」
「はい、こういう料理はシェフのスペシャリテにもなる物だとは重々承知しております。ところが問い合わせが多すぎて本当に困りました。そこで、レイクさんを頼り多くの人々に食べてもらえるよう、麺をどこか一箇所で作れればという事でうちが手を上げました」
「じゃあ、ソースはそれぞれで工夫するんですね」
「リュージくーん。多少、似かよるのは簡便してくれないかな」
「うーん、・・・わかりました。条件付きなら製麺のレシピも提供しますよ」
「いいのかい?」
「ええ、いずれ広まってしまいますから。価値のあるうちに出来るお願いはしようかなと」
レイクは4名の代表としてある程度の資金提供も考えていたし、シェフ達もそれなりの見返りを要求されることは分かっていた。
「それはどんなものでしょうか?」
「まずは食事でも取りましょうか?麺もあるだろうし、今いる調理場のメンバーでも作れますから」
職員用の食堂へ案内すると、レイク以外のゲストはあまりの広さと人の多さに驚いていた。
「あの、こんなに多くの人がいて採算は取れるんですか?」
「ああ、採算とか考えていないです。みんなが楽しく一日働けるように考えていますから」
「リュージさん、利益はきちんと出ているようですよ。詳細はナナさんに聞かないと分かりませんが」
「ユーシスさん、ナディアさん。とりあえず食事休憩にしましょうか」
一旦大きいテーブルを確保し、ナポリタンを人数分調理場へお願いする。
「ガレリアさん、リュージくんっていつもあんな感じなんですか?」
「ああ、結構考えて動いている時と、素で動いている時があるな。レイクさんは今のリュージ君をどう見る?」
「今は素ですよね、こんな職員がいっぱいいるんだから誰かに指示すればいいかと」
「きっとその頭もないな。職員に敬語で依頼するトップがいても良いかと思っている。そして、そんな彼の力になれるメンバーを集めてやるのが私の役割だと思う」
「まもなく来ると思いますよ。まずは先入観なしで食べていってください」
まだ昼間なので、レモン水にサラダにナポリタンが人数分届く。
フォークを使って極力ソースが飛び散らない食べ方の見本を見せると、それぞれ食事を始める。
「これがパンに代わる主食か・・・。それぞれの野菜をトマトが優しく受け止め、麺に絡んだトマトがまた・・・」
「シェフって余所の料理の評価でもシェフなんですね。もう皆さん味付けについて住み分けは出来ていますか?」
「ここのソースがベースになるからね。出店したら一品目はギルドがチェックすることにするよ」
次第に加速していったのか、巻くペースを速め、最後の一巻きを疎かにしてソースが衣服につく。
シェフ達がソースについて意見を言いあう中、麺の美味しさに言及する製粉所の担当者。
このナポリタンに関してはB級感が大事だと思っている、なので極普通の麺に極普通のソースを心掛けていた。
安心出来るパスタの日本代表として、責任者に仕上げてもらったのだ。
ところが、普通だと思っていたものが極上のソースで極上の麺だったのは、知らず知らずのうちに全体の調理レベルを上げてしまったのに気が付かなかったからだ。
「今はうちの祭り担当者が離れている方がやりやすいでしょう」
「リュージ君、気遣いありがとう。それで条件を聞かせてもらえるかな?」
「リュージ君、今まで通り君に一任するよ」
「ガレリア先生ありがとうございます」
4人のゲストが息を呑むと二つの条件を出した。
一つ目は求められたら、どの店にも決まった金額でスパゲッティの麺を提供することだ。
これは間に商業ギルドが入るので、自ずと決まった金額になるだろう。
そして何種類かパスタのバリエーションを提供する事を話し、そちらについては価格と店によって販売価格に差をつけるのも良しとする。こうしておけば、スパゲッティを大量生産出来て安価で提供出来るようになると思う。
もう一つは穀物の加工についてお願いした時、協力して欲しいと製粉所の担当者へ依頼する。
「それって・・・、ほぼ無料で提供するってことじゃないかい?」
「レイクさん。今考えている穀物がちょっと手間なんです」
「そんな事でいいのか?私達も謝礼をきちんと考えていたのだが・・・」
「その辺は製粉業の方へ力を入れてあげてください。安かったらうちも買いに行きますし、昨年の冬はナポリタンも沢山出たので」
「みなさん、今の条件で如何でしょうか?」
「「「「異議なし」」」」
まだ食べ足りない4人に、調理場から篭に入ったパンとクリーム系スープが届く。
そして一口サイズのカッペリーニが届くと、「是非うちの調理場で力を発揮して貰いたい」と3人から引き抜きの依頼がかかる。
念の為、「どうします?」と聞いてみたけど、この環境の良さに一人も誘いに乗る者がいなかった。
「責任者は今、別の場所で作業しています。引き抜きの際には、私の目の前で行ってくださいね」
「ああ、申し訳ない。何年も何十年も修行するのがこの世界だ。あまりの才能に目が眩んでしまったよ」
この後、この3名のシェフ達は今の食事に悩まされる事になる。
製粉所の担当者にレシピを渡すと、合格ラインを出すのは調理場の責任者にお願いすることにした。
中途半端な物を出すのは、最初にレシピを提供した者の責務として正しくない。
パスタマシーンはレイクを通してエントにお願いすれば大丈夫だと話すと早速注文するようだった。
出店用の料理が完成したら、招待状を送るので是非来て欲しいと言われた。
4人が帰ると、レイクは出荷場所で色々作業をするようだ。
入れ替わるようにラザーと協会関係者と思しき人がやってきた。
ガレリアと一緒に応接へ行くと、ラザーから協会からのアドバイザーを紹介された。
「協会からヴィンターさまにお出で頂いた。是非とも二人に紹介したっかったのだ」
「リュージです、宜しくお願いします」
「ガレリアです。シスターダイアナにはお世話になっています」
「またまたご謙遜を。ダイアナよりガレリアさまの事は聞いております。とても高潔な方で、かといって偉ぶる事もないと・・・、いや失礼。今は貴族となっておりましたな」
「末端の席にはついておりますが、王国に身を置いてその土地と共に生きております」
「いやはや、ダイアナはとても良い人々に出会えたようですな」
ガレリア達による常春としての功績は、この王国に暮らす者で知らない者はいない。
ただ、協会としては世俗の技術革新とは無縁の世界にいる。
どちらかと言うと、自分が焼き芋を売っていた事の方が、協会としては話題だったようだ。
そんな二人が代表をしているこの農場が、王妃だけでなくラザーまで通うのは、ある種異様な光景に思えたらしい。
ラザーからヴィンターを紹介されたのは噴水の件だった。
女神信仰があるこの王国では、多くの者が事あるごとに女神さまへ祈りを捧げる。
その補助をするのが協会の役割の主題であり、また生き甲斐としてその職務に就いていた。
噴水の件で女神像の話があがり、ラザーは真っ先に協会へ案を上げると、早速協会で様々な議論が巻き起こった。
そして最終的には、「気軽に信仰対象の女神像へ会えるのは喜ばしい事だ」という意見と、「協会で神聖な気持ちで女神さまへ祈りを捧げるのが原則」という二つの意見に分かれた。
女神さまを商用に利用する事は原則禁止されている、『女神さま饅頭』も『女神さまキーホルダー』も作る事は許されてはいない。また、政治利用も協会が嫌がる事の一つだ。
神事として王国との連携は取るが、基本は政教分離を掲げていた。
そして今回ヴィンターが来たという事は、女神さま像が認められたという事だった。
噴水については、石工の棟梁とエントが中心となって設計を進めてくれている。
女神さま像が認められない時は、第二第三の案に移る必要があった。
今回、協会からのアドバイザーとしてヴィンターが来たという事は、彼が責任を一身に背負う事を表していた。
その信用に足るメンバーがこの事業に関わっているかを確認しに来たらしい。
ヴィンターは忙しい業務の中、時間を作ってきたようで早々と退出した。
この後もラザーとガレリアを交えて祭りの話をしていった。
月曜日には第二回目の祭り実行委員会が開かれるという。
お茶会も成功裏に終わったようで、侍女二人とアイが全て取り仕切ってくれたことを報告された。
ガレリアには間もなく学園から依頼がありそうな事を伝えてある。
後一週間が期限だろう、引継ぎ事項を明日までに残そうと思う。