121:ユキちゃん
「ほーら、ユキ。こっちおいで」
「おねいちゃ・・・、おねーちゃーん」
真っ白い百葉箱の上部から顔を出すと、よいしょよいしょとまたいでこちらに来ようとしている。
しっかり抱えている雪だるまのぬいぐるみは首でしっかりロックしていて、半分くの字になっているのが苦しそうだった。
そして、他の精霊さま同様ふよふよと飛んでくる・・・、何故またいだのかと少し考えたけれどスルーしておこう。
「ユキちゃん、久しぶりなのじゃ」
「ユキちゃーん、こんにちは」
「ユキったら、お寝坊さんなんだから」
ユキは水の精霊さまとハグをしていた。一通り再開の喜びを噛み締めると、ようやくこちらの紹介をしてくれた。
「この子がリュージなのじゃ」
「うん、知ってる。女神さまのお気に入りの子」
「あら、寝てた割には随分知っているのね」
「私は寝るのも仕事なの、あまり元気よく遊ぶとみんな悲しい顔をするから」
「ユキ、あなたにはあなたの役目があるのよ。あまり人の顔色ばかり見てないで頑張りなさいね」
今年の冬が思いの他穏やかだったのは、ユキが寝ていたからかもしれない。
どうやら周期があるようで、そういう時はユキだけでなく同胞が集まるらしい。
「ねえ、ユキ。リュージには色々お世話になっているの。あなたの力を少し分けてあげられないかしら?」
「おねいちゃ、いいの?私達はもうみだりに・・・」
「うん、大丈夫。今までリュージの事は見てきたし。覚えられない子には関係ない話だもん」
「じゃあ、お手伝いするね」
手を前に出し胸の辺りで、柔らかい球状の物を包むように水の魔力を出す。
その正面にユキが立つと、雪だるまを抱えている反対側の手を口元へ持っていき、「ふっ」っと水の魔力に向かって息を吐いた。
キラキラ光る雪の結晶が、ゆっくりとゆっくりと水の魔力に触れていく。
水の魔力を球状に保つ為、水流で安定させていた魔力が、一瞬ピンポン玉くらいの大きさの氷になる。
すると、今度はそのピンポン玉にふわふわの新雪が降り積もるように徐々に大きくなっていった。
《New:スペル スノーボールを覚えました》
《New:エンチャント:【冷却/結晶化】を覚えました》
スノーボールを投げるように言われたので適当な場所へ投げると、ぽふっという音を立てて弾けた。
「ユキさん、これって攻撃魔法ですか?」
「緊急時に投げると目くらましになる」
「モンスターが襲ってくる状況じゃ攻撃手段にならないんですね」
「そういう時は・・・」
「そういう時は?」
「雪球に石を詰める」
「「「やっちゃだめー」」」
3精霊さまの突っ込みでユキはキョトンとする。
「あれ?水の精霊さま。氷属性魔法とか雪属性魔法って覚えないのですか?」
「そうよ、ユキは水の精霊の仲間だもん」
「なるほど、じゃあこれは水属性魔法の一種なんですね」
「物分りがよくてよろしい」
「それにしても、リュージ、凄い才能・・・」
「リュージにはちゃんと私達が基礎を教えたわ」
「じゃあ、これは覚えられる?」
さっきと同じように体の正面に水の魔力を維持すると、今度は大きく息を吸い込んだユキが勢い良く息を吐く。
水の魔力が今度は瞬時に凍りつき、水球が2まわり位大きくなった氷塊が発生した。
サンドボールの時もそうだけど、魔力を切り離して撃ち出さない限りキープは出来る。
《New:スペル ブロックアイスを覚えました》
《New:エンチャント:【氷結】を覚えました》
「これって、脆いところをつけばいけそうかな?」
土の魔法で学んだように、魔力で歪になっている氷の目に向かって魔力をぶつける。
《New:スペル クラッシュアイスを覚えました》
「応用まで出来るとは・・・」
「私達が教えたのよ、先生がいいの」
「リュージ、氷の目が見えたなら違う削り方も出来ると思うの」
「それはどういう・・・」
「まだまだ努力が必要なの、見本を見せるから頑張るの」
ユキの目の前に大きな氷の塊が発生する、それが超高速回転すると、角の脆い所に薄く刃を当てたように新雪のような削られた氷の山が生まれだす。
「なるほど、これならカキ氷に出来そうかな」
目の前に収納から簡易テーブルを出し、大皿を準備する。
胸元に水の魔力集めてから、ブロックアイスの魔法を唱えると、ユキの魔力の動きを真似てみる。
「少し荒いけど、頑張れば大丈夫なの」
「まあまあね」
「氷の山がどんどん積みあがってるのじゃ」
「さっすが、リュージ」
《New:エンチャント:【超高速回転/切削】を覚えました》
全て削り終わると、氷の山の頂にあまり煮詰めていないイチゴジャムをぐるっとかける。
精霊さまの人数分スプーンを取り出すと、「どうぞ、召し上がれ」と両手を広げた。
不思議そうに首を傾げるユキに水の精霊がスプーンを取って渡す、一番最初に口に入れたおじいちゃんが急いで食べようとすると、頭を抱え、「リュージが罠をしかけたのじゃー」と両方のこめかみを掌で押さえる。
「急いで食べるとこうなりますので、ゆっくり食べてくださいね」
ゆっくり小さい湯飲みを出してお茶を入れる。その間、水の精霊さまが先頭になって氷イチゴを口にすると、ユキも喜んで氷イチゴを楽しみだした。
「おねいちゃ、これ美味しい」
「はいはい、急いで食べるとそこで転がっているおじいちゃんみたいに・・・、あなたはならないわね」
「うん、これ全部食べていい?」
「大丈夫ですよ、後で片付けに来ますのでごゆっくり」
「リュージ、いい。氷を食べるなんて新鮮」
レンとザクスは精霊さまの動きに呆然としていた。
「やっぱり規格外なのね」
「うん、自由というか、何でもありというか」
「よく想像力が足りないって言われるけど、ちょっとねぇ」
二人に肩を叩かれて慰められてしまった。
ローラも気が済んだのか戻ってくると、氷の山に驚いていた。
自由な精霊さま達を見るのもそれはそれで面白いかもしれないけど、この後の作業もあるので挨拶をしてその場を後にする。
氷はユキがいれば多分溶けることもないし、全部食べられると言っていたから大丈夫だろう。
おじいちゃんはお茶を楽しんでいるし、緑の精霊さまは交互に楽しんでいた。
事務棟へ行くとナナから、「応接でみなさんがお待ちです」と伝えてきた。
ガレリアが自分達を迎えると、そこにはティーナとヴァイスがいた。
ちょっと真剣な二人の表情に何かあったか質問をした。
「二人ともどうかした?」
「リュージ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん?出来ることならいいよ」
「私からもお願いがある、ほぼ同じ内容だから私が言うね」
「あらたまって言われると何か怖いな」
ティーナは前回作ったエコバックと同じ物を出して皮袋を置く、ヴァイスもドンと皮袋を置いた。
「これは?」
「私はこのバックに、ヴァイスはこの皮袋を魔道具にしたいの。内容はセレーネさま達に送ったものでお願いしたい」
「そんな事なら大丈夫だよ。お金が入っているようだけど、秘密にしてくれるならお金はいらないよ」
「リュージならそう言うと思った。でも、私達もそろそろ準備をしないといけないの。冒険者とは自分の事が自分で出来るようにしないといけない。培った縁に頼るのも良いけど、正当なものに正当な価値を見出せないといずれ失敗する。リュージは私に失敗して欲しい?」
「大げさだよ、ティーナ。じゃあ宝石代だけ貰おうかな?」
「リュージ君、君には私達のような失敗をして欲しくないんだよ。その為に断る時にはきちんと断る、依頼として受ける分には責任を持って事に当たる必要があるんだよ」
「ガレリア先生、わかりました。二人とも、依頼は受けるよ。でも、中のお金をどう使うか、こちらで決めさせて貰うよ」
「「勿論」」
「でね、お願いはもうひとつあるの。もし、支払った金額が多いと思ったら、ここの野菜や果物が欲しいんだ」
「ティーナ、それこそ任せてよ。何か欲しいもの決めてある?」
「やった。じゃあ貰えるだけ、とうもろこしが欲しい」
「リュージ、俺はちょっと差し入れをしたいから、みんなで分けて食べられる果物があると嬉しい」
「間もなく暑くなるからスイカが良いかな?後で見本持って来るよ」
二人に魔道具が使えるか確認すると、「「あっ」」と大事なことを忘れてた事に気が付いたようだった。
ザクスはこの後、時間が余ったらヘチマの研究に入るらしい。
安定のザクスを前に、レンとローラがその研究に興味があるのか、ついていくことになった。
明日、またみんなでサリアル教授の所に行く必要があるなと、少し笑いながら魔道具を仕上げるのであった。