113:反乱
壁にトスっと片手を置き、相手の目を真剣に見つめる。
「ソラ・・・。何故、目を逸らすんだい?」
「あの・・・」
「もし嫌なら、この腕を振り払って行ってもいいんだよ」
「ねえ、ローラ。それって新しい遊び?」
月曜の一般教養の授業前にローラとソラが戯れていた。
昨日、女性陣と男性陣の反応があまりに違うので、リュージに質問した所、「壁ドンとか顎クイッの方が凄いと思うけどな」と教えてもらったようだ。さすがに言葉だけでは分からず、先輩ばかりの寮ではお願いも出来ないので、仕方なくソラで試してみたのだ。
「ローラさん、ドキドキしました」
「やっぱり?じゃあ次は私にお願いできるかしら?」
そんな事を教授が来るまで続けていると、運悪く今日の講義はサリアル教授だった。
朝一番で学園長へ事件の解決を伝え、『グレーナ草』の栽培も出来るようになったと報告すると、想像以上の成果だったらしく大変な賛辞を受けた。
明日には冒険者ギルドのギルマスを呼び、特例の昇進試験を行うとまで言っていたのだ。
結構な時間を話したので二限目から講義に出ようと思っていたら、今度はサリアル教授からお説教の名目で捕まってしまった。
「学園生活を楽しみなさいとは言いました。ただ、在校生の見本になるようにとも願っています。仮にも一国の王女が壁ドンだなんて・・・」
「すみません、自分が教えました」
「他にはどんな事を教えましたか?」
「えーっと・・・、顎クイッ?」
「それはどんな事ですか?」
「え・・・言えません。ごめんなさい、ローラによく言っておくので簡便してください」
「うぉっほん、サリアル教授。子供の遊びなので目くじらを立てる程でもないだろう。リュージ君はよく考えて教えるように」
「「「「「申し訳ありませんでした」」」」」
二限目もほとんど潰れてしまった、残り時間でローラを探し出し全員で確保して言い聞かせた。
昨日の頭ポンポンの話もヴァイスの名誉の為、ローラとソラに緘口令を敷いておいた。
三限目は瞑想の講義を、ザクスとレンを誘って受けるとお昼はすぐそこだった。
学食へ行くと、キアラと二人の女性とソラとローラが同じテーブルにいた。
その二人の女性が頻繁にキアラの頭をポンポンとしている。
キアラはとても幸せそうだったので、少し離れた席に座る事にした。
月曜日はサリアル教授に、一週間の講義の報告をする日になっている。
ザクスが魔法に目覚め、レンが魔法を使いたいと言ったので、三人揃ってサリアル教授に報告することにした。
自分の報告は変わらない。魔法の基礎を向上させる講義を学園で受け、様々な努力は独力で行い主に体力と技術方面の講義を受ける方向で進めると伝えてある。
ザクスは1つだけ植物属性魔法を覚えた事を話し、魔法の使いすぎで倒れた事を伝えた。
レンは神聖魔法を覚えたけど、属性魔法を使ってみたいので是非適正を調べて教えて欲しいと頼んだ。
この短い報告の中で、何回ドカーンドカーン鳴っていたか分からない。
普段温厚なサリアル教授も、こめかみに怒りマークの皺が出ているんじゃないかと言うような空気感を出していた。
サリアル教授がフレアを黙らせるのは簡単だ。でも、見かけによらず繊細な一面を持っているフレアが、次にサリアル教授にコテンパンにされたら先生と生徒の人間関係は崩れてしまうだろう。
「少し静かにさせてきましょうか?」
「リュージ君、お願いできますか?」
「「がんばれー」」
「ああ、二人もちょっとこの戦い見てて。説明しながらやるから」
このグループの5割を超えた人数を引き連れてしまったフレア。
特に新入生はフレアの強さにやられてしまったようだ。
「フレア、うるさいよ。そんなに騒がしくしたらモンスターが寄ってくるぞ」
「リュージ、帰ってきたのか。リュージも俺と一緒に修行しないか?今なら新しく掴んだコツを教えてやるよ」
「一回も勝てた事ないフレアが何を教えてくれるんだ?」
「リュージ、突っかかるなよ。今やったら怪我するぞ」
「フレア、人に教えるよりまだ自分の修行の方が必要なんじゃないか?」
「よし、そこまで言うならやってやるよ。学園が禁止している以外、全てありありのルールでいこうぜ」
「わかった、負けても文句言うなよ」
サリアル教授が審判を務め、お互いに武器を構える。
両手棍を持つフレアに対して自分は練習用の鎌を出す、事前に鎌では攻撃しないよとフレアに話すと少し安心したようだった。魔法使い用の開始位置にお互い立つと、サリアル教授から「はじめ」の合図が聞こえてきた。
コートの側面に二つの応援グループが生まれる。
新入生は自分の戦い方を初めて見るようで、鎌を持っている魔法使いに奇異の目を向けていた。
おじいちゃんが教えてくれた火の精霊さまのお遊びを真剣に唱えるフレア。
その途中でその場を動かないでブゥゥンと素振りすると、フレアがびくっとして動きを止めてしまう。
「フレア。一対一でそんな事してたら、今の一振りで終わってたぞ」
「そこで鎌を振ったところで怖くはないぞ」
「そうか、じゃあ講義してやるよ」
鎌の弧の部分を地面につけると、魔法名を大きな声で出す。
これはパーティーを組んだ時、魔法使いが何をしたかメンバーに教える為にする事だ。
高圧縮されたテニスボールくらいの大きさのサンドボールがフレアの右肩へ当たる。
「おい・・・今、詠唱していたか?」
「それどころか、精神集中してた形跡もないぞ」
たった一つの魔法で新入生がざわついていた。
「まず、属性魔法では一番安定した形が球状になる。手加減しているから大丈夫だよなフレア」
「ふん、なめるな。俺は魔法を取り戻したんだぞ」
「謙虚さがなければ精霊さまに嫌われるぞ」
右肩にぶつかったサンドボールは、直前で手加減をしたので大したダメージを与えなかった。
その代わり当たった玉の容積より多くの砂がフレアの足元へ広がる。
また、詠唱を始めたフレアに今度は左肩目掛けてサンドボールを同じようにぶつけた。
「こんな魔法、いくら当たってもなんともないぞ。正々堂々と最大魔法で勝負しろ」
「フレアぁ、もうちょっと頭使えよ。そんなん付き合う訳ないだろ」
「うるさいうるさいうるさーい、俺の魔法は発動さえすれば俺の勝ちなんだ」
「じゃあ、受けてやるよ。それで決着がつかなかったらお前の負けだ文句言うなよ」
「泣いて謝るなら許してやるよ」
「さっさと集中しな、魔法が失敗したら新入生にも笑われるぞ」
フレアが真面目に集中を始めた。こちらは鎌を軽く蹴ると、くるくるっと回し剣で言う星眼の位置に構える。
「土属性は降り積もるように、水属性は形を定めて止めるように、そして火属性は瞬間のエネルギーを開放するようにって感じかな?」
鎌で魔法を待ちながら精神を集中すると、武技にまだ一個覚える枠があったなと思い出す。
鎌の刃の部分に魔力を纏わりつかすと水の魔力を流す、すると木製の鎌全体にうっすら青い光がともった。
フレアの指に膨れ上がった火の魔力が高まり、前回見たより大きな塊に見える。
サリアル教授が割り込みそうなのを目で制し、【魔之斬激】と呟き青い魔力を振りぬいた。
片方は大きな球状、片方は鎌の先がそのままカッター状のように飛び、中間地点で二つの魔力がぶつかった。
フレアのファイアボールは真っ二つに裂かれ、水の魔力は最後にカッターの形を失うと二つの火の魔力を包み込んで分かれた。
同じ魔力量だったら大きな水蒸気で火傷したかもしれない。勢いがあったフレアの魔法は最後、二つに分かれて自分の両側に飛んできたけど、二箇所でパシャーンという音がして地面を濡らしただけだった。
「フレア、まだやるかい?」
「リュージ・・・、お前手加減というより、手を抜いてるよな」
「まだ出来る事はあるけど、素直にやられてみる?」
「いや・・・、やめておく。みんなごめん、俺にはまだ自分の事で精一杯みたいだ」
フレアの敗北宣言でサリアル教授が「勝者、リュージ」と高らかに宣言した。
新入生の多くが自分の方へ駆け寄り、数名がフレアを慰めていた。
「さすが特待生」とか「魔法を教えてください」に混ざって、「付き合ってください」という言葉が聞こえてくる。
「ん?」と周りを見回したけど誰が何を言ったかよく分からない。
サリアル教授に助けを求めると、新入生の輪は徐々に散っていった。
レンとザクスの所へ行くと、拍手で迎えられた。
ザクスは魔法には拘ってないようだけど、折角一個だけ使えるなら効率的に使いたいと思ったようだ。
サリアル教授のアドバイスで杖の購入と瞑想の講義を勧められた。
そして暇があったら、このグループで新入生と混ざって魔力の効率的な使い方を覚えるといいと言っていた。
サリアル教授はレンにアドバイスをしようとしていたので、「おじいちゃんがレンに土属性の才能があると言っていました」と耳打ちをした。
すると、「リュージ君が私に教えてくれたようにやってみてはどうでしょう?」と言われてしまうのだった。