112:すぷりんぐはずかむ
日曜の朝に出て、土曜の夜に帰ってこれた。昨日は寮でぐっすり眠ると、翌朝は全員ローラに起こされた。
今日はソラとキアラと二人の女性がお茶を飲みに来るそうだ。
事前に少し遅く戻るかもしれないと話してあり、まだ外出は控えるように言われていたローラは一週間お世話になったキアラ達をお茶に誘ったようだ。
寮の侍女達も特待生がいなくてローラだけだとやはり緊張するようで、料理長と気合を入れて会場のセッティングとお茶菓子に凝っていた。
全員、今日の予定を聞かれたので、自分は「農場へ行くよ」と答えるとザクスも一緒に来るみたいだった。
ティーナとヴァイスも出掛けようかなと言うと、レンが「キアラにお礼を言いたいんだけど、ヴァイスも一緒に居てくれないかな?」と引き止めた。
ザクスとティーナと外に出ると、「リュージ、後でご褒美頂戴」とティーナが何やら強請ってきた。
「それって、ローラの護衛への報酬かな?」と聞くと驚くティーナ、やはり冒険科の仲間にお願いをしていたようだ。
「農場でご飯程度なら大丈夫だよ。それで良いか、みんなに聞いといて。日にちと人数は予め教えてね」
「ん、分かった。多分みんな喜ぶと思う」
ザクスと農場へ行くと、みんなに挨拶をしてから執務室へ入る。
ナナに一週間変わりがなかったか確認すると問題ないようだった。
今日もガレリアが来るので、詳細はそこで打ち合わせをして欲しいと言っていた。
鍬を持って農場をぐるっと一周しようと外に出ると、いつにも増して職員のやる気が満ち溢れていた。
「調子はどうですかー?」と聞くと、反応は二つに分かれる。
若干二日酔い気味の男性が少しだけいて、残りは爽やかに挨拶が返ってきた。
そういえば初任給が出たようで、早速昨日飲みに行ったみたいだった。
因みに飲みに行くならセルヴィスのワインバーがお得だ。
社員割引扱いにもなるし、この農場で食べられない物もたくさん出る。
ただ、男性なのでほにゃららな店も・・・、多くを語るとボロが出そうだから止めておこう。
ザクスが管理している一角へ行くと、楽しそうに畑の区画を整えていた。
いつの間にか食料というよりかは、薬草っぽい雰囲気の植物が沢山植えられていた。
早速、前回使った魔法をお願いされたので、草者一草の魔法を唱える。
「あ、リュージ。種からゆっくり育てるからね。たぶん、他所の環境とは違うと思うけど色々調べたいんだ」
「了解。でも、本当にいいの?いくらこっちの区画は採算で分けてるとはいえ、『給料はなしでいいよ』だなんて」
「大丈夫だよ、ここで育てた薬草をポーションにすれば儲かるからね。ちゃんと掛かった費用は計上しといてね」
「その辺はナナさんがやってくれてると思うよ。じゃあ、今度落ち着いたら飲みに行こうよ」
「うん、いいね。ヴァイスも誘って行こうぜ」
「一回はみんな誘ってワインバーに行って、一回は・・・だね」
「だな」
良からぬ計画を立てていると、ザクスが話題を変え来年の話をしてきた。
ザクスは来年に卒業した後、本格的にここで働きたいと言う。
特待生の多くは国の関係機関に勤める者が多い、ヴァイスの第一志望は王国騎士団だ。
ティーナは多分、冒険者として各地を転々とするだろうし、レンは貴族の子女ということで結婚の可能性もあるだろう。
自分も来年卒業しようと思っていた。そして信頼出来る人にある程度運営を任せて、冒険に出る計画を立てていた。
ザクスには正直にその事を話すと、「リュージなら出来るよ。でも、たまには帰ってこいよ」と言われてしまう。
レンにも言われた事だけど、思いの他この王国に愛着が沸いてきていた。
この話を二人だけですると、後で苦情が出るかもしれない。今度、機会を設けてみんなにも話をしようと思う。
森エリアに行ってゴルバに挨拶をして、樹木の成育状況を確認する。
もう、普通の職員扱いで良いのではないかと思い、外部顧問の報酬を受け取ったか聞くと、報酬は全部ワインで貰ったようだ。さすがドワーフ、しかも繊細なエルフ寄りの精神を持つゴルバは、エールよりアーノルド家のワインを選んだようだった。
収穫を見て出荷場所を確認し、加工場へ挨拶をして調理場へ行き、執務室へ戻るとガレリアがいた。
農場の本格稼動から一ヶ月が経ち、運営は順調だった。
様々な収益が入ってきて、援助に対しては株式に対する配当のようにお礼をする事を決めている。
ただ、どこからも援助を受ける事はせず、その辺の差配はガレリアが中心になってやってくれていた。
どちらにせよ1年運営してみないとその辺は決められない。
「リュージ君おつかれさま、無事帰ってきたという事はうまくいったんだね」
「はい、依頼は問題なしです。こちらは大丈夫でしたか?」
「特に問題らしい問題はなかったよ。一ヶ月経ったんで職員には初任給が出たね。給料はほぼ一律になったけど、それぞれの立場で少し修正があったくらいかな?それで相談なんだけど」
「はい、何かまずいことでもありましたか?」
「リュージ君の給料だよ。ザクス君やレン君の給料はきちんと計算してある。でも、リュージ君の給料は出さない訳にはいかないんだ。そして誰より多く貰わないといけない」
「とりあえず、自分の給料は前回の持ち出しと相殺してください。多分これからも無茶を言うので表向きに処理できない案件が出た時に、そのお金を使って貰えると助かります」
「良いのかい?それでも余る分については、きちんとナナに管理させるよ」
「では、それでお願いします」
ガレリアはナナを呼び次々と指示を出していく。
指示を受けたナナは仕事が出来る人のように見えた、これは指示の出し方にも問題があるのかと少し反省する。
その後は面会の相談へ移った。レイクが乾物商と話をつけてくれたので、何時でも会うことが出来るようだ。
提携しているガラス工房へ新しい容器を発注し、植木鉢やプランターを作ってもらってる所へ土鍋を試作してもらっている。新しい調理器具が出来ると、レイクが食いつきコロニッドが便乗する。
結果として提携をして安価に商品が入る事になる。
一見自分が損しているように見えるけど、仕入れは本来の価格で計上していて、差額分はきちんと自分が売り上げた営業成績として残っているようだ。そして謎の営業手当て等、各種手当てが充実していく。
そのうち酒蔵や味噌蔵などを作りたいと画策しているなんて言えない・・・。
職員はみんなやる気に満ちていた、ガレリアの評価が特に高かったのがナディアだ。
さすが商家の娘と言うか、商品の出荷状況と販売先の情報を仕入れて把握していた。
ナディアは主に加工場と出荷場所を担当していて、一ヶ月にして職場のアイドルになった。
転売目的の商会には【先代会】からグレイヴを通して苦情を出し、商業ギルドを通さない出荷では許可を取って商会を使い各地へ広めていく。半年か1年を区切りとして、適材適所な人事を行いたいと思う程だった。
ワインバーは順調だった。
セルヴィスは週に一回か二回顔を出すくらいで、裏方に徹するようになった。
5月に入り最初の週末も繁盛していて、預かった三男を連れてワイン樽の配達に回っている。
この農場とワインバーがメインで、王子が高級キャ○クラ店の支配人と一緒に来たことを話すと、最近納入を再開したようだ。後でお礼に来たいと言っていて、その際には果物についての話もしたいらしい。
土日なら予定を組める事を話すと、アポイントはガレリアが取ってくれるようだ。
そして、もう一つ相談事があるようだった。
何でも【先代会】からセルヴィスに向けた依頼で、通常この国の祭りとは収穫祭を指している。
9月から11月の間に一回、女神さまへ収穫に対するお礼をする祭りがあり、今回はこの時期に王子の婚礼の儀が予定されていた。めったにない祝い事なので、国民による祝いとしては同じタイミングでやる予定だが、国としては女神さまへの感謝の念を蔑ろにする訳にはいかない。
そんな理由で王国から商業ギルドへ依頼が行き、国民主体で納涼祭と銘打って豊穣を祈って女神さまに感謝する祭りを開こうと話がきたようだ。
ちなみにこの農場には、協賛か出店のどちらかでお願いが来ている。
ただ、農場もワインバーも出来て1年未満の商売なので、強くお願いは出来ないとは言っていた。
今度、『祭り実行委員会』が出来るので、まずは説明会だけでも参加して欲しいと依頼が来ていた。
大体の打ち合わせが終わり、明日からはまた学園に行くことになる。
5月と言えば大型連休があるというのは前世の話だ、学園は夏まで大きな休みはない。
寮に帰ると談話室でヴァイスが『ぐでー』っと突っ伏していた。
とりあえず無視してお風呂の湯を溜めてくると、改めてゆすって起こしてみる。
「ああ、リュージ、ザクスおかえり。今日は休みなのに疲れたぁ」
「何か大変な事でもあったの?」
「いや、何もなかったと言えばなかった。ただ女性の集まりの中にたった一人、男の居心地の悪さと言ったら・・・」
「ああぁ・・・、ご愁傷さま」
「結局、侍女の二人に座って貰って、執事と一緒に給仕してたよ」
「ヴァイスにしては珍しいね」
「ザクスはそういうの拘らないもんな」
談話室に女性陣も集まってくると、今日の事情を教えてくれた。
話を聞くとキアラがやたら緊張してたようで、皿に盛ったクッキーをヴァイスが持ってくるとキアラ達の武勇伝を聞いた。
なんでも、ローラに心酔した男性が握手をしたいと飛び出してきて、見えるところにナイフを所持していた為、取り押さえたそうだ。キアラにとっては赤子の手を捻るような難易度で何でもない事だった。
それを聞いたヴァイスが丁度立ち位置的に、座っているキアラと立っているヴァイスだったので、頭をポンポンとして褒めたのだった。
口元を押さえるローラに男性陣は不思議顔だった。
「あ、そろそろお風呂の準備が出来るね」
そう言うと嬉々として席を立つヴァイス、説明していたレンに頭をポンポンとして「風呂に行ってくる」と告げた。
久しぶりの風呂に興奮していたのかもしれない。
ザクスもあまり興味が沸かなかったのか、レンの頭をポンポンして風呂に行く。
この流れなら自分もやらなければならない、レンの頭をポンポンして「続きは食後にね」と話し風呂に向かった。
「ねえ、レン。あなたの顔が赤くなったのは何回目か言っていい?」
ティーナの意地悪に、「ダメ」と答え顔を隠すレンであった。