108:少女との約束
馬車は軽快に走る。
天気は良好で途中何組かの商隊と一緒に走ったりしたけど、何事もなく目的の村へたどり着いた。
到着したのは夕方で早速村長の所へ行き、今回の依頼は学園が責任もって受けたことを話すと、とても喜んでいた。
村長が一緒について来てくれるみたいで、まずは宿の手配となる。
前回酒場で聞き込みをした所が宿屋も兼ねているので、まだ若干明るいうちに宿を取ることにした。
歓迎ムードの村長だったけど、一応依頼を受けた立場であり達成したなら未だしもこの時点で宴会する訳にはいかない。
一般的な定食っぽいものを頼みながら村長に話を聞いた。
墓場から声がする、登山中に声がするという現象は意外とよくある話らしい。
良くはあるけど聞こえる人は少なく、声が聞こえるのは大抵が夜だ。
夜に墓場に行く人は少ない、夜に山に登る人も少ない。
自然とそんな良くある話は、どうでも良い話として片付けられていた。
事前にここに来た生徒にも聞いてみたけど同じような内容で、念の為村長に連れられて確認して欲しいと言われて墓場に行ったそうだ。声が聞こえるような気がする。おおまかな場所は分かるけど、近くまでいけば声が大きくなると言うものではなかったようだ。
その生徒達は早々にギブアップした、姿も見えなければ何も干渉してこないので一刻も早く移動したかったのだ。
食事が終わる頃には、飲みに来たであろうお客が徐々に増えていく。
「黄昏時かぁ・・・、早速行って成仏してもらおうか」
「リュージが言うと、魔王が雑魚を一掃するようだよね」
「それはひどいな。リュージは人情と言うものがわからなのか」
「何を言ってるか分からないけど、理不尽な事を言われてる事だけは理解した」
村長と一緒に墓地へ行くと、辺りは薄暗くなっていた。
「お花でも持ってくれば良かったね」と言うレンの言葉で、死者に対する礼を欠いてた事に気がつく。
ヴァイスとティーナはすぐにでも剣を抜けるよう意識をしながら周りを警戒していた。
ザクスはのほほんと明かりを持っていて、ティーナに向かって顎の下に明かりを当てて「バァ」とやったらチョップされていた。
「・・・ぁぁ、・・・ぃ」
レンが真っ先に気がつき自分に視線を向けてきた、大きく頷くと声を聞きながら歩き回る。
そして一つの墓石の前にたどり着いた。
「村長、ここはどなたのお墓ですか?」
「ここに眠っているのは、村で身寄りもなく亡くなった者達です」
「では、誰とはわからないですか?」
「そうですね、記録は家に帰れば分かりますが・・・。この地域では山で亡くなる者も多く、寒い時期にはある保管施設で安置され数がまとまると王国から協会の関係者が火葬に来るのです」
「では、遺灰がこちらにあるのですね」
「ええ、協会で丁寧に祈って頂いているので問題はないと思っていました」
囁きと呻きの中間のような感じの、か細い声が聞こえてくる。
レンと1音ずつ確認するように声に出していく、ザクスから「なあ、リュージ。俺達にも聞こえるようにならないのか?」と質問が来たので少し考え込んだ。
「レンって何かそういう魔法ある?」
「え?ないよ。私が使えるのは癒しの魔法だからね」
「そうなると自分の分野かぁ・・・」
周りを起こさないように極々絞った聖光浮かべると、「キャッ」っと何かが一瞬転んで、すぐに墓石の裏に隠れた。
不意に頭部に鈍痛がする、ティーナが「女の子を怖がらせるのは良くない」と軽い突っ込みのチョップが落ちてきたのだ。
「ティーナ見えるの?」
「ん?見えるようになった。みんなは?」
周りを見回すと男性陣は首を振っていた、ティーナは聖光を消すように言うと、猫を呼ぶように女の子を誘い出した。
聖光に触発されたのか、さっきより存在感が増した少し透けて見える女の子は10歳位に見える。
心なしか自分に対して怯えているようだったので、少し距離を取るようにティーナから言われると聞き込みを開始した。
「お嬢ちゃん、お名前を聞かせて貰えるかな?」
「私の名前はマリーよ、お姉ちゃん達は?」
「私はティーナ、この娘はレン。後は覚えなくていい」
「ティーナさんにレンさん、やっと声が届いた」
「マリーちゃん。声が届いたって、ずっと呼んでたの?」
「うん、誰も気づいてくれなくて。ねえ、お姉ちゃんを助けて」
マリーの話によれば、流行病に罹ってしまったマリーの事を心配した二つ上の姉が、山のどこかに生えている『グレーナ草』を求めて飛び出してしまったようだ。
両親は既に亡くなっていて、もうダメだろうという患者を集めた隔離場所で寝ていたマリーは既に諦めていた。
願わくは強がりな姉が自分の事を早く忘れて、幸せな普通の生活を送って欲しかった。
マリーには姉の名前を聞き、『グレーナ草』を探して近日中に来る事を約束した。
村長には村の記録を調べて貰い、自分達は宿で飲む事にした。
どう考えても10代前半の女性が、あの山に入って生きている訳がない。
そもそも何年前か、何十年前かも分からない事にはマリーの姉を探しようもなかった。
『グレーナ草』についてはザクスが知っていた。
以前の訓練でノウムという男を救助した時、彼が山に入った目的がこの薬草だった。
問題はあれからもう4ヶ月は経っているので、冬場に取れる薬草がどれほど残っているかだった。
前回の救出地点は覚えている、また前回の危険箇所の資料はきちんと持ってきてあった。
地図を見ながら山の保全と安全について打ち合わせをする、深酒にならないうちに就寝することにした。
翌朝は早くからハイキングに出掛ける。
村長には旅の行程を伝えていて、今日は初心者コースから前回の修繕箇所が壊れていないかチェックしながら、野生の動物の生息域と重なっていないか確認をする。そして前回休んだ場所で一晩明かし、上級者コースをチェックして帰ってくる予定だ。
野生の動物については、主に熊の爪とイノシシの足跡には注意が必要だった。
山には山の生活があるので、無用な殺生はしないようにしなければいけない。
「気分を変えていくぞ、特にザクスは気を抜くなよ」
「ヴァイス、今回ご褒美はないんだよ」
「「へー、前回はご褒美あったんだ」」
「前回は隊長がお酒を奢ってくれたんだよ。こういうのを言うと嫌がる人もいるからね」
「「へぇぇぇ」」
ジト目で見ているヴァイスにちょっと焦ったザクス。自分のフォローが女性二人にどこまで届いているか心配だったけど、再びヴァイスが「集中」と言うと、一般の人が歩くペースより少し早めに登っていく。
それでもいつもの朝練と比べると、歩いているようなものだった。
山に精通したザクスと、こういう屋外では圧倒的な実力を見せるティーナ。
ヴァイスが所々で休憩の合図を出すと、地図に書き込みを増やしていった。
お昼休憩は前回、ノウムを救助した場所で行った。
ブルーシートを敷いて収納から手軽に食べられる食事を出していく、農場の調理場で頑張ってくれた人達に感謝した。
食事をしながら今までに歩いた道の確認を話し合う、複数の目で見ても今までは問題なかった。
確かここでクリムゾン種のウサギと戦ったなぁと考えていると、ティーナが静かにするように皆に小声で伝えてきた。
ゆっくり樹が茂っている方を指差すと、影が動いたかなという風にしか見えなかった。
「熊。歩道には少し離れているけど、興味があったり怖がったりしたら襲ってくる」
「どうする?ティーナ。微妙な距離だったら村長に警告だけしとくか?」
「うーん、あれなら人間が怖い生き物だと思わせればいい。少し生息域を縮めても問題ない」
「「リュージ、準備を」」
何故かティーナとヴァイスから指名が来る、レンとザクスはゆっくりお茶を飲んでいた。
「えー・・・、本当に?」
「「本当に」」
「自分、魔法使いだよ」
「倒す事はない、倒したらいけない」
「大丈夫、出来ない事は言わないから。ちょっと鎌を持って・・・って、リュージ鎌買ったって聞いてたけど勿論持ってきたよな」
「いや、発注だけしてまだ取りに行ってないよ」
「大丈夫、本物だと傷つけてしまうから練習用の鎌を出して」
ティーナの無茶振りに仕方なく木製の鎌を取り出す。
こそこそ行くのも相手に警戒心を与えてしまうかもしれないので、普通にあちら方向へ歩いていく。
ヴァイスとティーナは完全に放任する訳でもなく、きちんと周囲を警戒しながらナビゲートしてくれた。
「リュージ、そこの樹見える?爪痕があるでしょ」
「あぁ、見つけたよ。熊を目視で確認、向こうはこちらを見てるね」
「子供を連れているみたい。絶対傷つけちゃいけない」
「わかってるよ、ティーナ。で、どうすればいい?」
「そこの爪痕の上から打ち消すように鎌で傷つけて」
「ちょ・・・、木の鎌で樹に傷つけられる訳ないじゃん」
「出来なければ相手が襲ってくるよ、出来る出来ないじゃなくてやるの」
熊にそちらから目を離してないぞと、意識を残しつつ鎌の先をだらんと降ろす。
そしておもむろに爪の削る向きとは逆方向に、下から斜め上に振り上げた。
熊の爪痕を打ち消すかのように×印のような形で樹の表皮を削る、緑の精霊さまへの謝罪は忘れない。
熊が呆然としていると、いつの間にかやって来たザクスがその樹の周りに何か液体をかけていた。
小熊が歩き出すと、こちらに興味がない風を装った熊は、ゆっくり山深い方へ歩いて行った。