107:隠れた才能
「兄達は日曜の遅くに出立するそうです」
寮の談話室でローラからそんな情報を得た、こっそり出るはずなのに特待生にだけこんな情報を流していいのだろうか。
きっと何がとは言えないけど、もうちょっと餞別が欲しいのだと勝手に解釈した。
「ローランド王子は何か欲しい物とか言ってた?」
「えーっと、兄は旅慣れてるから大丈夫だと思います」
「王子とセレーネさまと近衛二名とダイアナさんだよね。そうなると女性二人の為に何かあった方がいいのかな?」
「三ヶ月から半年くらいの旅よね。着替えや生活品だけで馬車がいっぱいになりそうな予感がするわ」
「そうですねぇ、セレーネさまとダイアナさんは少し困るかもしれません」
「王子は収納を持ってくるって言ってたけど、魔道具は他にはないの?」
「王家で貸し出されるのは、後は明かりくらいですかね。魔道具は高価なので周りの目がある時は使いにくいですし、収納は一つあるだけで一財産ですから」
「じゃあ、その辺を考えてプレゼントしようか。ローラは明日時間ある?」
「はい」
「じゃあ、グリーンフレグランスと生地屋でも行こうか。その後は農場に行くけど」
「はい、ついて行きます」
何個か考えが浮かぶけど、問題はどこまで国が関与するかだった。
王家の勤めとはある意味その家族の仕来りだ、近衛二名程度は仕方ないとして本来なら一個中隊くらい引き連れていてもおかしくない。本当に少人数で送り出すつもりか少し心配になった。
「ローラ、うちらも月曜から一週間出かけるよ」
「はい、ローレル教授から聞いています。周りも落ち着いてきていますし、ソラさんが仲良くしてくれているので大丈夫です」
「うんうん、それでね。ローラは気にしなくてもいいんだけど、私のお友達にキアラって娘がいてね。一週間さりげなくローラを見守ってくれることになったの。他にも手伝ってくれる娘がいるからみんなも宜しくね」
「ああ、キアラか。あの子は筋が良いから任せても安心だな」
「あれ?ヴァイス知ってるの?」
「え?同じ騎士科だし、出来る奴はチェックいれるだろう」
「へぇぇ、チェックねぇ」
「なんだよ、とりあえずローラも折角の機会だから挨拶して仲良くなっとけよ。何なら俺からもキアラに言っておくから」
「あ、それ彼女が喜ぶかも」
周りは何となく、「何かあるな」と感じたけど口に出さなかった。
『彼女が喜ぶ』とは王女に声を掛けられる事か、ヴァイスの口添えか深く考えない事にした。
翌日は最初、二手に分かれて行動することにした。
レンとザクスとヴァイスはすぐに農場へ向かい、自分とローラとティーナは買い物チームだ。
昨日ティーナとヴァイスがかき集めてくれた備品は収納に仕舞ってある、ザクスの準備が終われば何時でも出られる状態だった。
レンには調理場の責任者に月曜からの事情を話して、いっぱい料理を作ってもらうよにお願いしてある。
グリーンフレグランスは早朝にも関わらず営業をしていた。
ローラはソラと何度か来たことがあるようで、店員がローラを見た瞬間ピシっと背筋を正したのは少し笑えた。
それぞれが興味を持った売り場を見ていると、店員がローラについて行って説明を始めていた。
陶器の片手で持てるポットがあったので一つ選ぶ。
6個の小さいカップと小箱に入ったハーブティー用の葉や、蜂蜜もあったので贈答用として購入した。
「リュージ、女性でも自衛は必要だと思う。もし贈るならこれも一緒に入れて欲しい」
ティーナは派手なかんざしのような物を購入したようだ、この店は用途不明なかわいいだけの生活小物も置いていた。
「リュージさん、私もこれをお願いします」
ローラも何か贈りたかったようだ、化粧箱のような物を2つ入れていた。
生地屋はティーナが知っていたので案内してもらった。
「あれ?ティーナって裁縫出来るの?」と聞くと、「冒険者なら自分の事は自分で出来ないといけない」と腰に手を当てて、えっへんとポーズを取っていた。隣にいたローラは何故か拍手をしている。
「じゃあ、今回の道中の料理もやってみる?」
「パーティーならそれぞれの得意分野に口を出してはいけない」
「本音は?」
「リュージが関わったご飯は美味しいから作りたくない」
「素直で宜しい」
昨日は簡単な設計図を作っていた、エコバックのような少し頑丈で作りが少しチープな奴だ。
ティーナに見せたら簡単に作れると言っていたので、材料だけ見繕ってもらった。
底だけ少し強く作る必要があったので、丈夫な革を底に設置すれば問題なかった。
ローラが選ばれた材料の中から、少しでもセンスが良い物を選ぶと全て購入することにした。
多めに買ったけどティーナが使うなら悪い買い物でもないだろう。
大分遅れて農場で合流すると、正面には1台の馬車があった。
二頭立てで貴族が使うには地味で、商会が使うにしては頑丈さが足りないと思う。
一部で運営されている乗り合い馬車にしては積載量が少ない。
それとは対照的に見事な二頭の馬が、凛とした表情で立っていた。
ガレリアがこちらに気がついたようで、レン達と一緒に出迎えてくれる。
そして、この馬車が先日のパン教室に出席した公爵家からの贈り物だと言う事が分かった。
そういえば前回は学園が全て手配してくれていて、冒険者を雇っていたのを忘れていた。
ヴァイスとティーナに確認すると、御者は出来るようで護衛もあの距離なら必要ないと言っていた。
前回は冒険者側でも、新人教育として通常行う護衛と野営の訓練として、格安で引き受けてくれたからウィンウィンの関係だった。
早速ガレリアに月曜から学園からの依頼で旅に出ることを話すと、この馬車を借りられるようにお願いをした。
すると、この馬車は自分個人への御礼という扱いらしく、別途ガレリアの元へは報酬が届いていたそうだ。
この馬車は自分個人の用事では最優先で使えて、維持管理はガレリア資金で行えるよう手配してくれた。
職員の中に馬の扱いに詳しい者もいて、餌やりや躾なども問題ない。
ここまで従順に育てられた優秀な馬なら、そんな必要もないけどねとガレリアは笑っていた。
農場へ入るとそれぞれ仕事に取り掛かる、最初ティーナと一緒にエコバックを作る事にした。
大胆に鋏を入れる割には繊細に細かく縫って行く、ローラが興味深く見守っていると、今度は革の部分を針と糸を変えて次々と縫い付けていった。
ローラがうずうずし出したので、「余った布で何かやってみる?」と聞くと、ほぼ完成間近のエコバックを見てティーナに「刺繍を入れていいですか?」と懇願するように上目遣いでお願いしていた。
「ローラ、私の技術を見て言うとは自信があるのね。よし、失敗したらリュージに材料を買ってきてもらうから、いくらでも頑張りなさい」
「はい、頑張ります」
「ティーナ、あまり時間がないんだけど・・・」
「リュージ、女の子に優しくないともてないよ」
「ああ、それは困りますねー」
「何その棒読み。でも、これが完成品でいいのかな?確かに頑丈に出来ているけど」
「後で細工しようと思ってたけど、今はこれでいいと思うよ」
集中した二人はそっとしておいて、毎週のお約束としてガレリアと打ち合わせをしに行く。
途中、調理場の責任者に挨拶をすると、調理場では職員の他に何名かの手伝いがいた。
「リュージさん、話は聞いていますよ。ガレリアさんから紹介状を貰っている人限定で、前回の教室に参加した方も見えています」
「皆さん、よろしくお願いしますねー」
調理場から明るい声が返ってくる、さりげなく王宮の料理長がいたのは見なかった事にしよう。
ガレリアのいる部屋に行くと、次週の予定の打ち合わせをする。
最悪、二週に渡って農場に来られない可能性もあると伝えると、面談予定者はガレリア邸で対応すると言っていた。
レイクも頻繁に来ているようだし、経理についてのナナは問題ない。
ナナに関して言えばガレリアと打ち合わせをしていれば問題ないはずだ、ガレリアも自分が不在の時は農場へ多く顔を出すようにしてくれるらしい。
後一人しっかりしてくれる人がいれば良いなと思う、候補としてはナディアか見学コースを案内してくれる男性が良いなと思う。
旅の途中で職員の初任給が発生するので、出来ればその姿を見たかった。
こればっかりはガレリアとナナにお願いするしかない。
もし希望者がいるならお金を預かってもいいし、必要な物で大量購入出来る物があればレイクにもお願いできるはずだ。
お金の使い方については多くは言いたくはないけど、初任給だけはガレリアから一言だけ添えて貰えるようお願いをした。
一旦休憩して全員が食堂で食事休憩をすると、ティーナとローラが完成品のエコバックを持ってきた。
レンが縦に横にと引っ張ると、「買い物カバン?」と質問してきた。
「レン、これ欲しい?」
「うーん、普段の買い物でなら使ってもいいかな?刺繍はかわいいけどね」
ティーナが少し不満顔をしているのとは対照的に、ローラはニコニコだった。
この反応は自分にとっては良いものだ、このエコバックなら盗まれる可能性も低くなる。
リスクの分散として極々小さな宝石を忍ばせて、付与魔法でエコバックと化粧箱に【伸縮/拡張】と【重量軽減】を乗せる。
ついでに陶器製の小さなティーポットには熱湯が出るように付与を行った。
午後にはザクスがポーションを全て完成させて、後は夕方までに出来上がる料理を仕舞えば準備は完了だった。
付与が終わった時点でレンがローラとティーナを連れて公爵家別邸へ行くと、それぞれの道具の説明をしながら頑張ってと応援を送ったようだ。これで今出来る準備は整った、後は移動して事件を解決出来たらと思う。
そういえば、ゴブリンは出るのだろうか?冒険と言えばアンデットも出るだろうけど、やっぱり最初は一番弱いと言われている、ゴブリンを倒して自信をつけたいと思うのだった。