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104:謝罪

 その日、ミスディ男爵夫人はいつも通り優雅なお茶を楽しんでいた。

当主は極々真面目な男で特別秀でたものはなかったが、政務ではある一定の評価があった。

貴族同士の付き合いにより男爵家の妻を娶り、甘やかされて育ったこの妻を当主は溺愛した。

当初は蜜月のような甘い暮らしをしていたが、家人から男爵家なりの格を妻にも求めて欲しいとお願いされていた。


 付き合いは貴族が多く、必然的に格としては最下層にあたる。

社交性が高かった夫人は、話術とお金を湯水のように使うことによってその地位を高めていた。

当主による嗜めにより、公的な集まりに限ってそれをある程度認める事で夫人も合意した。


 当主は見学会での夫人の武勇伝に賞賛の言葉を贈っていた。

それもそうだろう、王妃を褒め静かになりがちな会を盛り上げた。

美味しい料理を食べ、きちんと節約したと都合の悪い事は全て端折ったからだ。


 侍女の呼びかけにより優雅なお茶が終わり、侍女も外の用事が終わったので別邸の中に入った。

ブブブブ・・・、コツン。

それは別邸にいるものは誰も気がつかない程度の音だった。

二階の寝室の外には尖兵として突撃した一匹が、対象物の状況を報告しているみたいだった。


 ブブブブの羽音がググググという重低音になり、まるで小魚が集まって大きな魚を威嚇するように小熊くらいの大きさになっていた。そしてGOサインが出たのか同じタイミングでその窓一面に一斉に突撃したのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「報告致します、昨日・・・」

「ああ、それについては直接更に上に報告するように連絡が来ている。執務室へ至急向かってくれ」

「え・・・それとは・・・。執務室ですか?」

「質問より報告だ急げ」


 執務室の前で一呼吸しノックをすると入室の合図が届く、ドアを開けると王子とラザーがいた。

ラザーが席を外し、王子から椅子にかけるように言われたので席に着く。

そして、最近の仕事についての質問等の世間話的な話をしていると侍女がお茶を4つ持ってきた。


 王妃がラザーと共にやってくると、見学会の様子を余すことなく当主へ伝え、緑の精霊さまが見ている前で新種の樹を折ってしまった事を話した。それを悪びれもせず投げ捨て、その後の数々の問題行動を話していくと、段々と当主の顔が青ざめていった。慌てて席を立ち、最終的には土下座をしていた。王妃の呼びかけですぐに席に戻る。


 当主は、季節外れに来た蝗の襲来の対策を促すつもりだった。

被害はガラス窓2面程度の皹で済んだし、恐怖したのは侍女と夫人だけだった。

当主の恐怖はどちらかというと、穀倉地帯に蝗が大量発生する事の方が大きかったからだ。


 ここ数ヶ月の慶事・事件・騒動などは王国に集中している。

過去の記録や伝聞にあった精霊さまの報告もあり、人としての身の正し方についてそれぞれ見直す必要があると王妃は説いた。

土地を荒らす者・水を汚す者・火を侮る者・風を遮る者、そして農業王国として植物を傷つける者は許すことが出来ない。


「その・・・疑う訳ではありませんが、本当に緑の精霊さまが・・・」

「それ以上は追求してはなりません、また詮索する事も禁じます」

「は、はい」

「私は事前にこの事件が起きる事を聞いておりました、そして実際起こったのです。あなたがどう思っているかは分かりませんが、場合によっては本当に王国の危機が訪れていたかもしれません。あなたにその責任は取れますか?」

「いえ・・・、考えるまでもありません。妻にはよく言って聞かせます」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王妃からの報告は以上だった、密かに広まっていた噂を本当の事だと認めて謝罪して周った男爵が、後で謝罪に来るだろうからその時は許してやって欲しいと言っていた。

この男爵家に対するペナルティーは特になく、当主には引き続き職務に邁進するようにと王子は伝えていた。


 王家との面談だと言うのに空気を読まずノックが聞こえる。

出てみるとやはりナナで、申し訳なさそうに面会に来た人がいると話してきた。

アポがない方は基本的にお断りしているけど、今話しに出ていたミスディ男爵だったので、この場はガレリアに任せて会う事にした。


 玄関で頭を下げ数々の謝罪を述べている男爵を一旦止め別室に案内する。

そして経緯はさっき王家の皆様から聞いたと話すと、頭が段々下がってきた。

「それ以上下げるとテーブルにぶつかると思うのですが・・・」と思ったが、どこで精霊さまが見ているかわからないので誠意は大事だと思った。


 男爵は懐からきれいな布を取り出すと、「食事代も満足に支払っていなかったと聞きました」と言い、是非受け取って欲しいと差し出してきた。このやり取りもナナと散々やったみたいで、受け取ってもらえなければ男爵位も返上しなければならないとまで言うので受け取ることにした。

ただ、嫌な予感がしたので「失礼します」と一声かけて包みを開くと10枚の金貨が入っていた。


「食事代としては多いのではないですか?」

「いえ、我が家の戒めとして伝手を使い聞き込みをした所、これだけの価値があるものを頂いたと聞きます。そして妻が支払った金額は支払っていないようなものです。妻の非礼を許して頂きたいとは言えませんので、せめてその価値がある物に対して正当な評価をしたいのです。是非お納めください」

「はぁ、周りに聞いたなら皆様が支払った金額もご存知でしょう」

「ええ、それは・・・。正直に言うならば、もし多いと感じたならば精霊さまに使って貰えればと思った次第です」

「あなたは誠実な方ですね。それならば・・・」


 ナナを呼び出すとお使いをお願いする。

少しすると持ってきてくれて、鉢に小さい苗が一本出ていた。


「これは当農場で育てているトマトの苗です、今ギルドや市場に出ているトマトとは違う品種で小さな実がなります。お食事代としてこちらは戴きますので、こちらをお土産としてお渡しします。緑の精霊さまが気に入るかはわかりませんが、上手く育ててみてください。ご自分達で食べずに女神さまや精霊さまへ捧げる気持ちでいれば届くと思いますよ。鳥や虫に食べられたとしても怒らずに、大切に育てたいという気持ちがあれば・・・」

深々とお辞儀をしたミスディ男爵は、農場を出た正面でも深々と腰を折っていた。

姿が消えるまで見送ると、いつのまにか緑の精霊さまがいた。


「今でも怒っていますか?」

「ううん、怒ってはないよ。ちょっと悲しかっただけなんだ」

「そうですか」

「リュージ、ありがとう。うまく言えないけどあの植物がちゃんと育つといいね」

「そうですね」


 応接室に戻ると王家の皆さん方とガレリアが談笑していた。

話は王子の旅についてで、近衛2名とダイアナを連れてセレーネと貴族領を中心に周るらしい。

婚前旅行と新婚旅行を兼ねたようなもので、ラース村で叔母に会うのを二人は楽しみにしていた。

ルートは襲撃の可能性を含めて公表は出来ないけど、月内に出発し最終地点は・・・と言っていた。


 魔道具はかなり高額な物も多いが、ダンジョン等で極稀に出土する高性能な物があるようで、今回は収納袋を持って出るらしい。大容量で時間経過なしの優れた収納で、今回手荷物類は限りなく少なくして、一応現地調達の名目で一ヶ月は姿を隠しても大丈夫くらいの食料は持っていくらしい。

なお、収納には若干の余裕があると言っていたけど・・・これって催促ですよね?少し考える必要があると思う。

後で、ガレリアかコロニッド経由で支援物資を贈りたいと思う。


 こちらは仕事の他は特待生としての近況報告をする。

間もなく学園長より講義というか依頼が来るようなので、気合を入れて取り組みたいと話すと、王子も承知しているらしく「頑張ってこい」とエールを頂いた。

直接的な被害は出ていないが・・・と言っていたので、調査系の依頼になるのだろうか?詳しいことは学園長から話があるので是非協力して欲しいと言われた。


 パン教室も終わり話に花も咲いた。

あまり王家の皆様を引き止めてはいけないので、最後に復習している料理人達の所に行き解散を促そうと移動すると、何故かラスクをつまみに料理談義をしていた。

やれ硬さがどうだとか、腹持ちがどうだとか、この料理の時はこのパンが合うだとか、いつの間にかクッキー等も普通に並んでいた。


 ローラがセレーネの手を引っ張り、「その話には私達の意見が必要ですね」と混ざると、ヘルプで来てくれた侍女達は本来の仕事に戻ろうとする。

それを王妃が呼び止め、「あなた達の意見も大切なのですよ」と言うと、再びお茶会が始まった。

甘い物は別腹らしい。


 今日はセレーネのエスコートもあるので政務は休みだと自己解決した王子は、家族と婚約者の仲睦まじい姿を暖かい目で見守っていた。




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