100:閑話 精霊の戯れ
「突然じゃけど、今日はここをジャックしたのじゃ」
「おじいちゃん、大丈夫?坊やも心配そうよ」
「水の精霊は心配性なのじゃ、今日は記念すべき日なので大丈夫なのじゃ」
「本当に大丈夫かなぁ?リュージに怒られない?」
「あの子は優しいから大丈夫なのじゃ、ではタイトルコールをみんなで言うぞ」
「「「せーの、『女神さまのお・ね・が・い』スタート」」」
GR農場のトマト広場を日差し避けにして三精霊さまが生放送をしていた。
ラジオなのかTVなのかネット中継なのかは分からないがノリノリでやっていた。
「では、早速お便りコーナーなのじゃ」
「じゃあ、僕が読むよ。『質問があります、リュージの出す野菜や果物の種や苗がご都合主義じゃないですか?』だって」
「これは緑の精霊の管轄なのじゃ、みんなに納得いく答えはあるのかの?」
「うん、じゃあお答えするね。この世界には神様がいるんだけど、直接世界へ干渉する事は禁じられているんだ。出来る事は世界を見守ること、そして絶望的な破滅を回避する為に何らかの方法を取る事があるんだ」
「そうね、それで?」
「今、この世界的に興味を向けられている存在がリュージなんだよ。彼はいるだけでこの世界に変革をもたらす存在みたいで、魔法に目覚める人が増えて、僕達もよく近くに行くから今年は畑なんかも何もしないで豊作なんだよ」
「ワシのおかげなのじゃ」
「ちーがーう、リュージのおかげ。そんなリュージがたまに呟いたり夢で見たりした植物を僕がこっそり収納に入れてるの。この世界にない植物は、リュージが意識しないと具現化できないんだ。新しい植物っていいよねー」
「そんな特別扱いいいのかしら?」
「女神さまからもいいよーって言われてるよ。お芋やワインもそうだけど、直接女神さま宛てに捧げられたものではないと食べられないみたいで、女神さまはとっても喜んでいるんだ」
「なるほど、これはお礼なのじゃ。それではこの辺で歌をお届けするのじゃ、フォーリンラヴィちゃんからのリクエストで『音楽の時間』なのじゃ」
「今日はお便り特集なのじゃ」
「じゃあ、次は私ね。『ずっと鎌を出してなかったのに急に出したのは何故ですか?忘れてたんですか?』だって」
「これはワシが答えるのじゃ、そもそも鎌を使うのは稲刈りや雑草刈くらいでの。この世界についてからまだ半年くらいしか経ってないのじゃ。ちなみにリュージは農業に関する行動や魔法に補正が・・・」
「おじいちゃん、ストップ。そのゲーム的表現はこの世界観にふさわしくないわ」
「簡単に言えば脱穀という魔法や、草刈といった魔法も唱えれば使えてしまうので鎌は必要ないのじゃ」
「あら、じゃあどうして最近鎌をもっているのかしら?」
「それは補正が・・・」
「もう、いいわ。ありがとうね。それではおじいちゃんを絞めてる間、音楽でも流すことにするわ。針村さんからのリクエストで『横歩きの甲殻類食べにいこー』よ」
「本日最後のお便りなのじゃ、『冒険のタグがついているんだけど、いつ回収するんですか?後、らくのう魔法って何ですか?』という質問なのじゃ」
「じゃあ、私が答えられる範囲で答えるわね。今は特訓しているみたいだから、時が来たら冒険出来るんじゃないかしら?ゴブリン退治は・・・モゴモゴモゴ。もー、二人ともいきなり口を塞がないでくれるかしら?それでね、らくのう魔法なんだけど・・・モゴモゴモゴ」
「今日の放送はここまでなのじゃ。は、早く逃げないと恐ろしいあいつがやってくるのじゃ」
「えー、おじいちゃん。もう1曲リクエストが来てるんだよ、まだ時間があるから僕が紹介するね。狙撃者さんからのリクエストで『赤ちゃんパラダイス』だよ」
その瞬間、鋭い勢いで武器が振り下ろされるのを、三精霊さまは硬直しながらただ見るだけしか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よいしょー」
ナナと打ち合わせのあと鍬をもってトマト広場の隣を掘り起こしていた。
今日はもう学園に行く時間でもないし、各所にお願いをしたので後は待つだけだった。
一つ考えるとしたら、学園にある温室をそろそろ暖かくなるので解除しようかなってことくらいだ。
そうなるともう収穫が終わったイチゴをどうするか考える必要がある、いっそここに移せたらなぁと思いながら何か良いアイデアが浮かべばと鍬を持って無心で畑に向き合っていた。
「や、やめるのじゃー」
振り上げた鍬が声と共に止った、というかこんな所に何故おじいちゃんの声がしたのだろう・・・。
「僕もいるよー」
「私もいるわ、とりあえず見える位置にいくから待ってもらえるかしら」
鍬をゆっくり地面に置き、周りをキョロキョロするといつもの三精霊さまが目線の位置に現れた。
「えーっと、ここにいるのはいいのですが、何をしていたのですか?」
「今日は特別な日なので、1日ジャックをしようとしてたのじゃ」
「ジャック?」
「あ、今のは秘密なのじゃ」
「はぁ、まあ大丈夫です。でも、作業中の人達もいるので危ない所にいかないでくださいね」
「ごめんなさいね、気をつけるようにするわ」
「いえいえ、安全第一なので」
「そうだ、女神さまからの伝言だよ。ワインとっても美味しかったって、何かお礼をしたいようだけど僕達で出来る事ないかな?」
折角の申し出なので、さっきのイチゴ畑の移動について相談をすると、緑の精霊さまとおじいちゃんがやり方を説明してくれた。
緑の精霊さまが両手をお椀の形にすると、そこに何かの苗が生まれた。するとその苗を魔力で捉えると、地面を魔力で捉えそのまま植え込むイメージをすると、両手にあった苗が消え指定した場所へきれいに植えられていた。
「リュージはあの温室の範囲を今も感じる事が出来ているじゃ?」
「ええ、今でも魔力の自動更新をしているので感じる事が出来ています」
「では、同じ範囲で植えたい場所を捉え、土ごと入れ替えるのじゃ」
実際に魔法を使ったところを見せてくれたのは大きい、魔法はまず出来ると思うイメージが大事だからだ。
初めての魔法なのでかなり大きく無駄に魔力を消費してしまったけど、魔法で捉えた二つを無事入れ替える事が出来た。
目の前に広がったイチゴ畑に魔法を使った自分自身が驚いた。
「魔法に好きな名前をつけるのじゃ」
「うーん、墾田永年私財法・・・、農地再配分・・・、長いな。再配分でいいか」
《New:スペル 再配分を覚えました》
《New:らくのう魔法のレベルが上がりました》
《New:土属性魔法のレベルが上がりました》
《New:植物属性魔法のレベルが上がりました》
「特別に私からも魔法を教えてあげるわ。たまには水の魔法も使ってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
二つの魔法を実際に見せてもらった、両方とも欲しかった魔法なのでとても嬉しいものだった。
《New:スペル 命の水を覚えました》
《New:水属性魔法のレベルが上がりました》
《New:スペル 癒しの水を覚えました》
《New:水属性魔法のレベルが上がりました》
「リュージはやれば出来るのに、まだまだ想像力が足りないのじゃ」
「不甲斐なくてすいません」
「あら、ゆっくりでもいいじゃない。でも、武器ばかりじゃなくて魔法の修行もしないとね」
「はい、これで武器を使わなくても魔法使いの役割を果たせそうです」
「でも、きっとリュージは武器を持って前でちゃうんでしょ、僕にはそんな未来が手に取るようにわかるよ」
「程ほどにしますね」
学園であの二グループに新入生が入ると通常は最初に開墾をする事になる。
ただ品種改良グループも基礎薬科グループも畑を開墾するのが目的ではない、それぞれ研究する事・改良する事が目的なのだ。全員で耕した畑は全員に使う資格がある、自分のように一人で耕す事が出来るほうが稀なのだ。
また、卒業生が耕した畑は一旦グループの顧問預かりとなり、グループ長により再配分されることになっていた。
新種の植物を栽培している事もあり、また精霊の加護か魔法の加護かはわからないけど温室での生育は頗る良い。
よくプランターや鉢を隅っこに置かせてという依頼もあったので、いっそこのタイミングで返却しようと思っていた。
明日は温室を解除してローレル教授に相談しようと思う。
それにしても、この魔法をもうちょっと早く覚えておけば良かったと思った。
サティス家のラベンダーは「別邸にあるのが良い」という意見と、「移した方が良い」という意見で軽くもめたので、工場近くの大きな畑に新たに植えていた。
水の精霊さまに命の水について聞いたらお酒を造る魔法のようで、癒しの水は回復魔法のようだった。
そういえばヘルツが回復魔法の使い手には、早めに冒険に出るための戦闘技術を教えると言っていたし、今までは使えても補助魔法だけだった。
収納持ちでポーターとしてだけでも優秀と言えば優秀だけど、自分の中ではお荷物扱いは嫌だった。
後は格闘訓練をしてポジション取り・危険回避の仕方などを覚えれば冒険に出られるだろう。
そういえば学園長から何か依頼があるとも言っていたはずだった。
新入生も入った事だし、自分も努力しながら指導の手伝いもしたいと思った。
「ところで、今日精霊さま達は何をしていたんだろう」
興味は尽きないけど、精霊さまには精霊さまの大事な役目があるんだろう。
花見で宴会しているくらいが平和だなと思いつつ、仕事があるのも学園があるのも嬉しい事だと思った。