超ウルトラスーパーデラックス就職氷河期
「えーやっぱり働いてる人ってかっこいいなって思いますぅ。
結婚するならきちんと働いてる人じゃなきゃイヤかなぁ」
「だよねー。スーツとかグッとくるしぃ」
モニターに映るのは、街頭でインタビューされている若い二人の女の子だった。
右上に『イマドキの女子、理想の結婚相手は!?』という文字が見える。
俺はそんなモニターを眺めながら、缶ビールをグビリと飲み干した。
次の缶ビールに手を伸ばしたところで、妻が俺に話しかけてきた。
「お隣のご主人、◯◯にお勤めなんですって。
素敵よねぇ。
それに比べてあなたってば」
ああ、またいつもの愚痴か。
缶ビールを諦めて、俺はリビングを出て寝室に向かった。
俺だって、◯◯に就職できるものならしたいさ。
そんな一言を飲み込んだ。
面白くない。
寝室にある冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
ぼんやりと窓の外を眺めながら缶ビールを飲んでいると、スーツを着た男が隣の家に入って行くのがちょうど目に入った。
本当に面白くない。
旅行にも飽きた。
テレビもそんなに面白くない。
小説を読むのも億劫だ。
最近じゃ何を食べてもそんなに美味いとは感じない。
ただぼんやりと昼間からビールを飲んで過ごすばかりだ。
インターネットに接続して求人サイトを開いても、ろくに求人がない。
求人数一人に対して応募が5000ならまだいい方だ。
最近じゃあ一万だって余裕で越える応募だ。
それでも、数少ない求人に俺は応募してから求人サイトを閉じた。
それからベッドにゴロリと横になった。
面白いことなんて何にもない。
目をつぶっているうちに、どうやら俺は眠ってしまった様だった。
目が覚めて時計を確認すると、朝の7時過ぎだった。
こんな時間に起きるなんて滅多にない。
滅多にないから、なんとなく家の外に出てみる気になった。
ドアを開けて外に出た瞬間、隣のドアも開いた。
「あ、おはようございます」
スーツをピシッと着込んだ隣の旦那が爽やかに挨拶をしてきた。
「……おはようございます」
俺が返事を返すと、隣の旦那は会釈をしてそれから颯爽と歩いて行った。
小さくなっていくスーツの後ろ姿を、俺は目で追っていた。
その日の晩のことだった。
隣の旦那である青木がやってきたのは。
「あの、ちょっと飲みに行きませんか?」
どうして突然そんなことを言ってきたのかさっぱりわからないが、別に用事があるわけでもない俺は青木と飲みに行くことにした。
そこそこな大きさの居酒屋。
外に飲みに行くのも、ずいぶん久しぶりだった。
隣同士に住んでいながら、改めて自己紹介しあった。
「青木です、◯◯に勤めています」
「横山です」
青木はニコニコしながら自己紹介した。
俺は無愛想な自己紹介だ。
しばらく青木が一方的にしゃべるばかりで時間が過ぎた。
俺にしゃべることなんてあるわけがない。
◯◯に勤めているこいつと俺は違う。
なんだこいつ。
自慢か?
イライラしながら話を聞いていると、青木が神妙な顔をして切り出してきた。
「あの、横山さん。
横山さんは今、仕事を探しておられますか?」
「……ああ」
俺は不機嫌な声で答えた。
「あのですね、もしよければなんですが。
僕の勤めている◯◯で働きませんか?」
「はあ?」
「あの、この度僕は昇進して賞与を受け取れることになったんです。
それで、一人サポートをつけることができるようになって、それでもし横山さんが良ければ一緒に働きませんか?」
俺は青木さんの手をがっしりと両手で握った。
「青木さん、よろしくお願いしますっ!」
メインコントロールパネルをチェックする。
安全基準値内にあることを確認する。
そうして巡回しているうちに、終業の鐘が鳴った。
更衣室に向かい、作業着からスーツに着替えているとちょうど青木さんもやってきた。
「ああ、横山さん。
どうです、帰りに一杯」
「いいですね、行きますか」
馴染みになった居酒屋で、青木さんとジョッキを軽くぶつける。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
カチンと硬質な音を立てたあとに、一気にジョッキを空にする。
「プハァ〜」
どちらともなくもれた声に、お互いに笑い合う。
「仕事の後の一杯はたまらないなぁ」
「そうですね、次もビールでいいですか?」
あらゆることが機械化され、ベーシックインカムも導入され、人は働かなくてもよくなった。
働かなくても、何でも手に入る。
働かなくても、それが当たり前。
当初は皆が幸せになるものだと思っていた。
しかし、次第にみんな飽きてしまった。
やることが何もない。
何をしても面白くない。
今じゃ、わずかな仕事をみんなが争うように奪い合う。
仕事をしていることがステータスになった。
青木が俺を仕事に誘った理由?
俺が優秀だからってわけじゃない。
メインコントロールパネルのチェックなんて誰でもできる仕事だ。
俺が仕事に就けたのは、青木の賞与のおかげだ。
青木は仕事帰りに飲みに行って、一緒に帰る同僚が欲しかったからだ。
仕事をしても給与が出るわけじゃない。
使い道もないしな。
一定以上の勤勉さを示すと、一度だけ何か願いが叶えてもらえるわけだ。
それを、一緒に飲みに行ける同僚を得ることに使ったってわけだ。
「働いた後のビールは旨いなぁ」
俺たちは、誇らしげにビールを飲み干した。