第一話
『イリミタタ』
女神アンリによって創られた魔法の世界。
そこには数多の種族が共存しており、人々は襲いかかる魔素癌を退治しながら生活している。
僕の住むシェロウ王国には、冒険者ギルドの総本部が存在し、大陸の中央近くに存在する関係も人の流通がとても多い。
この、『人の流通が多い』というのは必ずしも良い事ばかり起こる訳ではない。
そう、例えば…
そう考えていると、目の前のカウンターに勢いよく手が打ちつけられた。
その綺麗な手の持ち主を見ると、ちょっと怒った顔の彼女が目に映った。
「聞いてるんですか、メグレスさん!?」
「うん、聞いてるよ、カーフマンさん。」
なんでこんな事になったんだろ?
時は少し遡る……
今朝の掃除が終わった後に朝食を取り、ノルマ分の仕事が終わった後の事だった。
父さんは少し用事があると言い、僕に店番を任せ行ってしまった。
時刻はそろそろ昼時、お腹が空いてくる頃合になった時に事件?は起こった。
あまりに暇だった僕は、自分で作ったガラス玉を弄っていた。
今日作ったばかりの物で、小さいけどガラスの中に睡蓮の花を模した細工が施してある。
なかなかの自信作で嬉しくはあったが、また部屋に作品が増えることに思わず苦笑する。
ああ、また整理しないとなぁ。
「さて、と。そろそろお昼時だから一旦店閉めないとな。」
そう呟きカウンターから立とうとすると、チリンチリンとドアベルが鳴り、扉の開く音がした。
目を向けると、黒い羽が生えた女の人が立っていた。
羽と同じ色をした黒髪に赤い瞳、小綺麗で動きやすそうなドレスを着ていた。
お客さんなら仕方ない、もう少し待つか。
「いらっしゃいませー。」
挨拶をすると、女の人は軽く会釈をしてくれた。
小綺麗な格好をしているし、もしかしたら育ちが良いのかもしれない。
…獣人種の鳥人種?で、育ちの良い人か。
この街では見ない人だな、旅行で来たのかな?
この街『ヒナト』は良くも悪くも普通の街だし、そんな人が居れば話題の一つや二つおばさん達が話してる筈だし。
「…あの、少しよろしいですか?」
と、何か聞かれてたか。
さっきの事はあとで考えようっと。
「はい、何でしょう?」
「ここには、日用品しか売っていないのですか?」
「あぁ~、その事ですか。」
この人が言ったように、メグレス工房には日用品しか置いてない。
父さんがあまり作らないのも理由の一つではあるけど、一番の理由が…。
「実は、あまり工芸品の需要が無くて…」
そう、需要が無いんだ。
この街の人達は飾るだけのガラス細工よりも、ガラスで出来た日用品の方がよっぽど売れる。
もしかしたら、掘り出し物でも探しに来た旅行者さんだったのかな?
残念、それなら質屋さんとかの方が良いもの売ってそうだなー。
「そう、でしたか……ん?」
なんて考えていたら、女の人の視線が僕の手元に注がれていた。
なんで?と思いその視線を追って手元を見ると、僕のガラス玉にその視線が注がれていた。
「その、そのガラス玉は商品なのですか?」
「え?あぁー。」
どうやら、このガラス玉に興味をもったらしい。
どうしよっかな、そこそこ自信作だし、そもそも商品じゃないんだけど…。
「ん~…。」
「………。」
おぉ、すっごいキラキラした目で見られてる。
作品が気に入られてるのほ悪い気はしないけど、商品じゃない物を勝手に売っちゃ怒られるしなぁ。
────!
「すいません、これは商品ではないんです。」
「あら…そうでしたか。」
あ、落ちこんだ。ちょっと意地の悪い言い方だったかな?
「気に入ってもらえたようですし、せっかくですから差し上げましょうか?」
「え?よろしいのですか?」
「はい、いいですよ。また作れますし。」
売っちゃいけないのなら、上げちゃえばいいじゃない。
これは名案だな、これならこの人は喜んでくれるし父さんにも怒られない!
「えっ、アナタが作られたんですか!?」
うんうん、と心の中で頷いているとなぜか驚かれていた。
あれ?何か変なこと言ったかな?
「??」
「これほどの作品を…これほどの出来ならば…。」
何かブツブツ言ってる…何だか嫌な予感がするぞ?
具体的に言うと、母さんが父さんに無茶ぶりするときと似てる気がする。
「あの!お名前は!?」
「へ?ぐ、グラス=メグレスです。」
女の人に大きな声で名前を訪ねられた。
なんだか、さっきよりもすごい元気になってる。
そんなにこのガラス玉が気に入ってもらえたのかな?
でも、なんだか僕の名前を反芻してるからなんとなく違う気がする。
「…あの、メグレスさん?実は、少しお話があるのですが…。」
「?」
え、なんだろ?同じのがお土産に欲しいのかな?
それなら別に構わない───
「私の名前はクリスタ=カーフマン、カーフマン商会の次女です。
よろしければ、アナタの作品を世界に広めませんか?」
───予想外の爆弾が降ってきた。
そして、作品を売った場合に得る利益の話を聞き流して、冒頭の会話に至る。
「いいですかメグレスさん?先程も申したように、この作品には宝石にも迫る、もしくはそれ以上の価値がある筈です。少なくとも、街一つの中で収めてしまうには勿体ない程の価値が。」
なんだか過大評価にも思える程ベタほめされてる。
僕個人としては、自分の作品を広めてみたい欲もある。
だけど、なぁ……
「カーフマンさん、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……。」
「けど?」
「僕はまだ修行中の身ですから、作品の販売はできないんですよ。」
「……え?そんな、嘘でしょう?」
本当です、まだ『見習い』から卒業出来てないんですよ。
『見習い』じゃあ、『作品の販売』『店を持つこと』等が出来ない。
これはどこでも共通の認識だ、て父さんが言ってたな。
確か『破ったら破門』だっけ。カーフマンさんには悪いけど、受けられないね。
「そんなぁ……。」
あ、本気で落ち込んじゃってる。
しかも涙目になっちゃってる。
どうしよう、思ってたよりも期待されてたみたい。
この状況をなんとかする方法を考えていたら、扉が開く音がした。
あ、お客さんが来ちゃったか。今、空気悪いのに。
「いらっしゃ…あれ?父さん?」
「ああ、ただいま。……何かあったのか?」
「ああ、うん。ちょっとね。」
お客さんに挨拶をしようと思ったら、父さんだった。
あれ?父さんの後ろに誰か居る?
黒いヒラヒラとしたドレスに黒髪茶目、髪は後ろで団子状になってるみたい。
そして背中から黒い羽が生えて……あれ?即視感?
「父さん、お客さん?」
「ああ、彼女はレゾナーテ=カーフマンだ。古い友人でな、母さんにも会いたがってたから連れてきた。」
……カーフマン?え、偶然だよね?
「!?か、母さん!?」
「あらあら、クリスタなの?すっごい偶然ねぇ~。」
………どうなるんだろ、これ。