89:分岐点-9
人間、諦めが肝心だ。
そうさ、開き直ってしまえば、今まで恐れていたことも恐れる必要が無くなったりするのだ。
誰かに迷惑を掛ける訳ではないのなら、好き勝手に楽しく過ごせる環境を築けばいい。
この考え方が全てだとは思わないけれど、今の自分には相応しい気がする。
ハーラ家の中でも、更に飛び抜けているのは、最初に会ったレイで思い知ったが、タカツカサ家の三人は、誰にも束縛されることをよしとしないことを信条にしているのか、とにかく、こうと決めたら突き進む。
突き進むためには、途中でぶつかる壁など打ち壊してしまう。
その生き様が、いっそ潔すぎて気に入ってしまった。
幼少期からのいろいろがあって、半ば女性嫌い気味になっている自分に気が付いていたが、そんな自分であっても、レイとのやり取りは苦痛でもなく、女性らしくない訳でもないのに、何故か彼女だけは不快感を感じなくて済むのか不思議だった。
同じ隊で行動していて分かったのは、彼女の言動に因るところが大きいということ。
有言実行をもっとうにしているかのような、目的意識をハッキリと持って行動していることも、それに伴う会話も、同じレベルで語り合える友のような感覚がする。
レイに関しては、自分の苦手としている女性像から外れているから、不快感を感じる事が無くて済んでいたのか、と納得出来た。
その後も、何だかんだ言いながらいい関係を築けていると思っているが、彼女の兄と弟に会って思った。
この三人は、この世界で稀に見る逸材ばかりだな、と。
「俺で、大丈夫なのかなぁ……まぁ、為るようにしか成らないか」
「お、漸く踏ん切りが付いたのか。妥協って、人には大切なものだからな。俺が言うのも何だが、目標は一番を目指しながら、実際には二番を押さえるのが最適考だと思うしな」
「そうなんだけどねぇ。もう、何だかあんまり考えすぎても仕方ないかな、と思ってしまったのもあるんだ。とりあえずは、目の前の問題も片付いたみたいだし、食事を済ませて休息しないか」
「それについては、大いに賛同する」
「あ、忘れるところだった。さっき言っていた、お願いしたいことってなんだ?」
「……あー、まぁ何だ。そのだな、ガラにもなく熱くなったものだから、余計な方まで昂ぶってしまっている訳だ……だから」
「そういうことか。いろいろあって溜まっているところに、交戦したことで治まらなくなっているから、抜くのを手伝えと……」
「有り体に言えば、まぁそういうことだ。どのみち、数日は動けないから、街の方へ戻って、そういう店に駆け込んでもいいんだがなぁ……俺的に、ルーイのことが気に入っているから、もしも嫌でなければってことなんだ」
「どっち?」
「どちらでも構わん。が、俺を相手に起つのか?」
「……///、本当に恥ずかしいんだが……その心配は、多分だけど無用な気がする」
『どうでもよいが、発情した雄二人で、我の前におられても邪魔よ。さっさと、屋根の有る場所へ行って発散してくるがよい』
「「……そりゃ、ご尤も」」
ではそういう事情だから、とルーイを引き連れて街へ向かうライは、二〜三日後にまた来るから、と狼に言葉を残していった。
子が、腹から出ないことには、ここから移動しても自由に動けない事が分かっているので、ライの残した言葉通りに、この場で大人しくしているしかない。
しかし、二〜三日後とは、まるでこの先の予定が見えているかのような口振りだ、と少し不思議なモノを覚えた。
*
所は変わって、ライ達を見送って折り返す予定だったリン達だが、またしてもリンの趣くままに予定を振り替えることになっていた。
「それで、回廊を戻るのを止めて、今度は何をどうするつもりなの? リンが一人で行動している訳ではないのだから、皆の納得する答えを貰えないと許可出来ないわよ」
「うん。何だか、僕が留守にしている間の工事監督を任せた相手が、随分と頑張ってくれたみたいなんだよ。地下で眠らせておくのも勿体ないから、ある程度の範囲で地上へ引き上げようと思っているんだ。ただ、それを見られるのも嫌だから、二重に壁を作る事になってしまうけど、内壁を造って領区を隠してから実行しようかと思って……」
「そういうことなら、私とリンだけじゃなく、この辺りにいる狼も納得出来るかしらね」
リンとしては、なるべく領区内の区画整理を早く終わらせたくて、それに沿って水路を張り巡らせる段取りも考慮していたので、ここでそれを前倒しにしようと考えていた。
皇国側は、あまり刺激しないように壁だけ造ってしまうことを先行するが、共和国側は逆に、壁はあとでもいいので、先に領区内の整備を進めたかった。
それを見て、領区内で生活したいと考える人が増えれば、領区内で生活する人を呼び込む手間が省けるし、取捨選択が同時に出来ると考えた。
そうすると、共和国側に内壁を造るのも少し考えた方がいいかも知れない。
「レイ姉ちゃん、領区内で生活したい人の受け入れって、まだ何も相談していなかったと思うんだけど」
「そうね。皇国側と共和国側の双方からだけではなく、その他の国からも来てくれると嬉しいのだけれど、前広告次第かしらね」
「じゃあさ。こういうのは、どうかなぁ」
リンは、簡易的な境界になる壁を造り、それを後の内壁にする前提で、その内側になる領区内の区画整理を進め、共和国側の人に誘いを掛けてはどうか、と提案してみた。
少し考えて、レイも同意を示し、壁を造って内陣の整備を進めることに決まり、早速とばかりに、リンは地下に仕込んできた刻印魔法の仕上げに取り掛かった。