9:霖-04
「僕が、祖母から聞いた話では、その後に散歩中だった祖父と出会ったそうです。そのまま、言葉も分からない祖母を連れて帰った祖父曰く『一目惚れだった』ということだったようです」
祖父は、その時に何となく胸騒ぎがして庭を散策していて、そこへいきなり祖母が現れた。
何もない空間を裂くように、暗闇が垣間見えた後に、一人の女性が姿を現した。
見た目の年齢は、祖父と似たような頃合い。
しかし、明らかに違う人種だと分かる。肌の色や、髪の色も目の色も違っていた。
祖父としては、いきなり現れた異人に驚くよりも興味を惹かれたから、近くへ走り寄って声を掛けただけで驚かれたことにこそ、何をそんなに驚くのかと思ったらしい。
言葉が通じていないようだと感じた祖父は、立ち尽くしている祖母に背を向けて乗れと示したが、遠慮するように首を横に振る彼女に痺れを切らし、半ば強引に腕を引いてその身体を背負って帰宅した。
そこからは、地味な努力の積み重ねで言葉を覚えていった祖母。
その姿を一番近くで、根気よく見守り続けた祖父。
「祖母曰く、絆されて結婚しちゃったのよ、だそうです。でも、凄く夫婦仲も良くて、父がそう言っていました」
「ほぅ、そのようなことになっておったのだな。それから、アリシア殿はどうされたのかの?」
「三年前に、そろそろお爺さんの所へ行ってくるわ、と言ってそのまま亡くなりました」
「そうか。亡くなられたか……いろいろと聞かせて貰わねばならんことが、まだありそうじゃな」
「はい。僕は、祖母と一緒にいた時間が長かったから、いろいろと教えて貰いましたよ」
リンは、生まれつき身体が弱かったので、祖父母の住む家に療養目的で同居生活をしていた。
祖母と一緒にいると、リンの体調が大崩れすることもなく安定しているので、それなら少しでも調子良く過ごせる方がいいだろう、という家族全員の総意から、リンだけが祖父母と共に生活をする事になっていたのだ。
兄の頼と姉の麗と、末子の霖とでは、年が少し離れていることもあり、兄と姉からリンはとても可愛がられて育ってきた。所謂、家族の誰もが同様に、リンに対して過保護だったのである。
兄も姉も、時間が許す限り都合をつけて、リンにかまう為に祖父母の家を訪れていたし、父母も週末毎に祖父母とリンの様子を見にやって来るような状態で、何年もそうして過ごしていた。
それが、交通事故で父母を亡くしてから、兄と姉はそれまで以上に過保護に拍車が掛かってしまった。
祖父も亡くなり、祖母だけになってしまうと、それはまた更に酷くなっていった。
社会人になり、兄と姉が働きながら祖母とリンを養う生活が数年続いて、その後に祖母が亡くなってしまった。
「それからは、どうしておったのかね」
「祖母ちゃんがいなくなったから、一人で暮らすことも出来ないしね。兄と姉と一緒に実家で生活するようになって、一年に一回だけはどうしても外出禁止令が出る日があったかな。『厄日』だから、という理由で家に籠もって過ごすんだ」
「それはまた、どうしたものかのぅ」
「祖母ちゃんの遺言だって聞いているけれど、それを破って外に出たのが原因で、今の僕がここへやって来たことに繋がっているんだよ。ナイゼル祖父ちゃんは、これ知っているかなぁ」
リンは、紙とペンを借りて、そこへいくつかの図形を書き記していった。
祖母からは、お守りの魔方陣だと聞いていた。
「これは……ひょっとして、これもアリシア殿から教わったのか?」
「うん。僕には、必要になるかも知れないから、きちんと覚えておきなさいって。こっちの世界は、僕の住んでいた向こうの世界よりも自然が沢山残っているから、凄く僕の身体に優しい世界みたいだよ」
「そうかね。では、身体の具合は大丈夫ということだね?」
「概ね問題ないと思うけれど、さっきからちょっと気になっている事はあるかも」
「何だね?」
「ここへ向かっている生きモノがいるみたいだよ、何かがそれを知らせてくれているような感じがする。今までこんなことはなかったから、これって祖母ちゃんが言っていた力のことなのかな?」
「ふむ……それについては、後で少し調べよう。ここへ何かが向かってきているのだな?」
「多分そうだと思うよ。鳥、かな?」
鳥という言葉を聞いて、ナイゼルは思い当たる節があった。
おそらくそれは、アズールが寄越した鷹のイシュルがこちらへ向かっているのだろう、と。
それをリンに伝えると、非常に嬉しそうにしていた。
小さい頃から、特に動物が好きなのだ、とリンは言った。
「それならば、この家は満足して貰えるだろう。山へ続く森や林が近いから、ここら辺りは鳥や獣が多いのでな」
「うわぁ、それ本当? 凄く楽しみだなぁ」