87:分岐点-6
森の深さは、それほどでもないようだが、本当にこの森の何処かに隠れ里があるのだろうか。
ライは、案内役が見えるのだ、と言う。
その言葉を信じて、案内役の後を追うように、二人で森の中を歩いている。
唯、黙って追従する形で足を進めていたが、不意に周囲の気配が変わったことに気が付き、警戒を深めたルーイだった。
「そろそろかねぇ。問題の仕掛けは、さっきの感じで無事に通り抜けたみたいだし。どう思う? ルーイ、そんなに警戒しなくて大丈夫だと思うぞ」
「しかし、まだ何も見つかっていない。気配が変わったことは、俺も気が付いているけれど……あぁ、人が見えたな」
「おぉー、本当だ。なら、後は無事に話が聞けるといいんだがなぁ」
まぁ、何というか。
所謂アレだ、お約束ってヤツだな。
不審者扱いの上、とりあえずとっ捕まえようと言う様子が在り在りと見える状態で、このまま大人しく捕縛されるのも業腹だったので、とりあえず名乗るだけ名乗っておこうと思ったライの判断に従ったルーイは、一歩引いた位置から現状を観察していた。
何だかよく分からないが、ライの判断は正しかったようで、自分達がハーラ家の血筋であることは、二人を捕縛対象ではないと認識させることに繋がったらしい。
どういう絡繰りで、自分達二人の血筋を証明出来たのか。
里の中へ招待されてから、それを尋ねたら笑われた。
「だって、そんなの簡単な話だろう。属性の子供が、お前達についていろいろ教えてくれたから、すぐに分かった。ライの方は、妹と弟がいることも知っているし、ルーイの方がこの国と皇国のどちらの血も引いていることも知っているぞ。この国の王族と繋がりがあるし、皇国の血は母方らしいな。母方の血筋を遡ると、この里の出身者だな」
「「えぇっ!?」」
「そんなに驚くようなことか? 曾祖父か曾祖母、その辺りがこの里の出身者だろう。父方は、この国の王族だったようだが……こちらにも些少ながら、この里の出身者の血が混ざっているようだな……今の王とは、腹違いか? 王には、この里の血は混ざっていない」
「この里に住む人は、随分と情報通だな。確かに、俺の父は、この国の王の兄で、腹違いだが、ここまでスルリと知らされるのも妙な感じがするねぇ」
「ルーイの素性は、この際だからスルーするとして。この集落は、この先もここで存在し続けるつもりなのか? 今はまだ、何もかも始まったばかりなんだが、俺達は自治領区を手に入れた。まぁ、当初の予定の半分という半端な領区ではあるが、残り半分も手に入れるため、今はこの国へ来ている。移住するつもりは、あるか?」
「そうですなぁ。この里の周辺で生息していた魔物達も、どうやら移動しているようであるし、我等も同じ行動を取る事になるとは思っておりましたが。成る程、自治領区を手にされたとは……」
少しばかり、昔の話を致しましょうか、と殊更に勿体ぶった話しぶりで、この里の成り立ちのようなモノを話してくれることになった。
そもそもの話、ハーラ家の人間と呼ばれるようになったのは、自治領区が瓦解した頃からだった。
元は、一つの部族で『ハーラ族』と呼ばれていたのだが、混血が進み、その一族の特徴が薄れ始めた頃から、彼等は若い年の内から定住をするようになっていった。
一族の特徴というのは、束縛されることと嫌う傾向が強く、自由な気質が強いこと。
身体的な特徴はなかったが、狼と鷹の類と友好関係を築きやすいという、曖昧な特徴があり、稀に意志の疎通が叶う者も生まれていた。
この里に残っているのは、傍流筋のハーラであり、本家筋のハーラが皇国にいる一族達であるが、これらの間に行き来がある訳では無かった。
お互いの存在は、先に生まれた者から伝え聞いているので知っている、その程度にしか知らない間柄で、そのままで何も問題もなく今に至っていた。
「カルディナ自治領区というのは、旧時代と新時代とで、その領区が違っていることを知っているかね?」
「いや、初めて耳にしたな。そもそも、旧時代と新時代というものを聞いたのも初めてだ」
「そうか。旧時代は、この辺りも含まれるほどの広い領区だったが、新時代では、現在のカーラル砂漠のある地域程度の広さに縮小していたらしい。書物的に残されている自治領区の領区などは、全てこの新時代が元になっているようだから、旧時代の事を知っているのは、その頃に生きていた長命な一族の関係者くらいのものだろう」
「あぁ、それであの狼から聞いた領区の範囲が、俺達の知っていた範囲よりも大きかったのか……成る程ね……これは、リンと相談する必要が有るな」
「旧時代から新時代への変動期頃に、魔物が生息地を追われる事が繰り返された。棲むところを失った魔物は、人を襲うようになり、人が魔物を更に狩り立てる。この連鎖を断ち切ろうとして、旧時代の自治領区と新時代の自治領区の差分、つまりはこの辺りになるのだが、そこを魔物の生息地として手放したというのが、そもそもの始まりだったが、人というのは欲深いもので、それをいいことにこの国の中枢部の者達が、魔物の棲む自治領区を自国領として抱き込んでしまったのだよ」
「なるほど。では、この辺りの旧時代の自治領区までを手に入れようと考えるなら、更に面倒なことになる訳だな。新時代の自治領区の範囲に治めておいた方がいいな」
「あぁ、自治領区内で生活する人の数は、それほど多くならないだろうしな」
この里で伝わってきた話では、ハーラ族の傍流が各地に点在しているという。
それに、魔物との意思疎通が出来る者がいたり、稀に自然現象さえ操る程の強い属性力を保持する者がいたりするそうだ。
「リンは、勿論だが。ライもレイさんも、属性力が強いよな」
「そう、なるかね。まぁ、ルーイも同じだがな。まだ目覚めきっていないらしいし、完全覚醒したら、どれくらいになるのか分からないが。その時が楽しみでもあるなぁ」
「そういうものか?」
「そういうモノだと思っておけよ」
この日は、一晩だけ里で世話になり、翌朝に二人は里を出た。
この里のことを教えてくれた狼の元へ戻る二人は、何となく嫌な感覚を覚え、それとなく進む足を速めていた。