70:カーラル砂漠-05
ライから頼まれて、怪我人の様子を確認したレイは、これくらいなら自分が使える光の魔法で治せるわね、と安心した。
少し面倒だと感じたのは、怪我の一部から毒の存在を感じたことだろうか。
「砂虫って、毒性の攻撃手段もあるけれど、通常は滅多に使わないと聞いたわよ。何か訳ありってことなのかしら、この怪我って」
「……えっと、詳しくは言えないが、私達は雇われて護衛をしていただけなのでね。隊商の主人に聞いてくれると、私達としては有り難いんだが。しかし、治療して貰った事には感謝しているし、そうだな……一つだけ。砂虫が高級食材になっていることが最大の要因ではあるよ。養殖で増やすことが出来ないか、という研究が進んでいるらしいから」
「はあぁ、世の中には馬鹿が多すぎるわね。身の程というモノを知れば、自ずと手を出すべき事柄と、そうではない事柄の区別が出来そうなモノなのだけれど」
「一を聞いて十を知る、か? 凄いね、君」
「あら、褒めていただいちゃったわ。でもね、私の兄と弟は、私以上に突き抜けているわよ。私なんて、まだまだ凡人の域に入るわ。あら、リン。そっちはもういいの?」
「うん。レイ姉ちゃん、治療は終わったんだよねぇ?」
「そうね、一応は終わったと言ってもいいでしょうね。少し毒が抜けきっていないかも知れないけれど、普通にしていても数日で正常な状態に回復すると思うわ」
「ふぅん。そうだね、大丈夫みたいだよ。あっちで、ライ兄ちゃんとルーイ兄ちゃんが話をしているから、僕はこっちへ来たんだけど……多分、このままだとまた襲われそうだ」
「ちょっと、それどういうことなのっ!!」
「そうよ。何で、そんなことが分かるのかしら、君」
「言っちゃっていいの? じゃあ、言うよ。あの隊商の荷物に、孵化をすぐ迎えそうな砂虫の卵が含まれているでしょ。あれじゃ、さぁ襲って下さいって言っているようなモノだと思うんだよねぇ。レイ姉ちゃんも、そう思わない?」
「リン……アンタねぇ、全くもう。その情報は、あっちの二人に知らせていないのでしょうね。まぁ、知らせていたら、今頃は放り出して元の旅路に戻っているわよねぇ」
「そうなると思うよ。だから、まだ伝えてない。でも、状況から言って、遅いか早いかだけの違いで知る事になるんだろうけどね。どうするのかなぁ、僕だけ瑠王と先に旅立ってもいいかなぁ」
「ちょっとだけ待ちなさい、リン。こんな下らない事態ならば、私だって放っておいて旅立ちたいわ。あの二人に、さっさと告げてしまいましょう」
レイは、リンを引き連れて、隊商の主と話しているライとルーイの方へ向かった。
何だか物凄い勢いでやって来たレイに、ライとルーイは、どうしたのか尋ねた。
「どうしたもこうしたもないわよ、リンから教えられて吃驚よ! それで、兄さん達の方は? 事情聴取の結果、どういう状況なの」
「リンから? そりゃあ、聞き捨てならないなぁ。こっちは、砂虫の巣に近づいてしまったから、そのままの流れで牽制していたら攻撃されることになった、と聞いたが……正直に話して貰えていたら良かったんだがなぁ」
「俺もライと一緒に聞いてみたが、自分達が襲われる原因が特定出来ないらしいぞ。まぁこの場合、どこまで本当だか怪しいという感じではあるんだがね」
「嘘ね。リン、こんな人達のことは放っておきましょう。さっさとここから遠ざかることが最優先事項だと、私も遅まきながら理解したわ」
「ライ兄ちゃんとルーイ兄ちゃんも、早く逃げた方がいいよ。後続の砂虫が近づいて来ているみたいだから、今なら逃げ切れるし。この隊商の近くにいる限り、問題の荷物を返しても、すでに敵属性から除外して貰えなくなるよ〜」
じゃあ、先に行くね、と自ら馬に乗ったレイと瑠王の背に乗ったリンは、その場からさっさと遠ざかり始めた。
それを見送る形になった男二人は、これは如何とばかりに後を追う決意を固め、その場から去ることを告げた。
「では、妹と弟を追い掛けるので失礼します。どうぞ、この後も同じような状態から逃れられないようですので、護衛の方ともよく相談の上、これからの旅を続けて下さい」
「それでは、お気を付けて。ライ、行こうか」
「あぁ」
「お、お待ち下さいっ!!」
「待つ義理はないよ、俺達にはね。だってなぁ、ライ」
「そうだな。ルーイの言う通り、俺達は親切心で手を貸したが、それも上辺だけで利用されて終わったしな。初めから、リンに指摘される前に、正直に打ち明けて助力を請えていれば、少しは変わっていたかも知れないが……時すでに遅し、だ」
「そんなぁ……」
「自業自得だ、ではな。急ぐぞ、ルーイ」
「おぅ」
ライとルーイも、リンとレイの後を追い掛けて馬を走らせ始めた。
先行している二人は、追い掛けて来る二人の心配など皆無の様子で、ひたすらに前に進んでいるようで、隊商の姿が見えなくなるまでに、それほどの時間は掛からなかった。
その彼等の上を飛び抜けていった一つ影が、すっと高度を下げたのは、ちょうどリン達が進んでいる辺りだった。
「あれって、アズールの相棒の鷹か?」
「多分、イシュルですね。リン君とも仲良しだし、大丈夫でしょう。問題は……」
「何だって、このタイミングでやって来たのかってことか」
「そうでしょう。おそらく、手紙を運んできていると思います。まずは、俺達が内容を知るにも、レイさんとリン君に追い着かないと駄目ですね」
「急ぐぞ」
「了解」